第15話 Xmas partyは無事終わるのか⁉︎
12月23日水曜日、天気はいいが、昨日よりまだ寒い。
車の中が暖まらないうちに "ダークブラウン" に着いてしまった。
少し手前で優ちゃんと未央ちゃんを見かけたが、2人は今日も自転車だ。
若いなあ、でもはっきりした年齢は知らない。鳥居夫妻はもう中にいた。植木もすぐに来たが、昨日までのような大げさな喋り方はしない。
なにより優ちゃん、優ちゃんと連発しなくなった。
その分、俺が気を使って優ちゃんに話しかけなきゃ行けなくなったけど。
鳥居夫妻はもう昨日のうちに下ごしらえをしてあるので盛り付けが楽しみだと言っている。優ちゃんはサラダの具材をいろいろ買い過ぎたから2つの大皿に盛るとか盛らないとか、別にどっちでもいいんだ、セロリとパクチーさえ入ってなかったら。
俺と植木は昨日のうちに飲み物を運んでおいたから、あとは夕方タクシーで乗り合わせて行くだけだ。
みんなそれぞれ思惑があるようで、今日のモーニングは早めに切り上げた。
仕事は慣れた物ばかりだったのでスムーズに終わったが、時々心配事が頭をよぎった。
少し早めに職場を出てマイルームに戻り、ちょっと心構えをしておくことにした。
優ちゃんパパと鳥居夫妻は多分亡くなった長男の話をするだろう。それ自体は常識ある大人の会話だから何の心配もないのだが。問題はアイツだ。
パパにも責任があるとか、鳥居さんがかわいそうだとか無神経なことをいわなければいいけど。
アイツの爆弾発言は本当に恐ろしい。
こっちが焦って爆弾発言をしてしまう。
どうか食べることに専念していて欲しいけど。
あと、創君の友達がドサクサに紛れて優ちゃんにお金の話をしないかも心配だ。
少し気にかけておこう。
そうだ、俺が優ちゃんのそばに居れば、彼らもお金の話はできないだろう。もし話しかけてきたら、うんと大袈裟に聞き耳を立ててやろう。よし、これで行こう!
楽しいクリスマスになるよう普段は着ない赤のセーターにグリーンのブレザーを着てみた。
うん、やっぱりクリスマスはこの色だな。
タクシーで植木を拾って10分前には "ダークブラウン" に着いた。
鳥居夫妻はもうすでに来ていて、テーブルのセッティングをしている。お揃いの暖かそうなセーターで一段と仲良さそうに見える。
マスターと玲さんはカウンターの奥でグラスやら取り皿やらを出している。俺と植木はマスターが用意してくれたどこか懐かしいようなキャンディのガーランドやサンタの置物、小さなツリーなどをピンで壁に留めたり、観葉植物の間に置いたりした。6時ちょうどに優ちゃんと未央ちゃんがキャッキャ言いながら入ってきた。
「ねえ、ねえ、外見て!雪降ってるよ!早く見ないと少しだからすぐ止んじゃうかも」
マスターが店の電気を消してくれた。
みんなで窓辺に行くとオリーブの木に吊るされたブルーのイルミネーションが雪に反射してゆらゆらと儚げだが美しかった。
「ほら、写メ、写メ!」
インスタ映えする撮り方を熟知している植木がすぐにカメラを構えた。
幻想的な雪の邪魔にならないよう、でもみんな映りたいので慎重に窓辺に近寄っていった。
と、その時、青白いイルミネーションのすぐ横にある窓ガラスに頭が三つ、こっちをみてる!。
その不気味さに全員叫んだ。
さながら男版の貞子とでも言うべきだろうか。
マスターなんかカウンターの奥まで行ってる。
おばさんがポカンとして言った。
「あ、そう」
植木が不気味そうに聞いた。
「何がそうなんですか?」
おばさんは申し訳なさそうに言った。
「あれ、うちの創と友達です」
おばさんが入口から入って来て、と指で示したが中が真っ暗だったので伝わっていない。マスターが入口を開けて呼ぶとガヤガヤ入って来た。おばさんはやっと余裕ができて笑いながら聞いた。
「ねえ、どうしていきなり窓に顔くっ付けたりするの?みんな凄く驚いたのよ」
「ああ、すみません。中が真っ暗だったから何か間違えたかと思って窓から覗いたんです。どうしたんですか?」
植木は雪が止まないうちにと焦っていた。
「はい、はい!じゃあみんな窓辺にくっ付いて!未央ちゃんの横は開けといてね。あ…」
つい出た本音に優ちゃんがクスクス笑っている。無事思い出の一枚も撮れてみんなでテーブルのセッティングをした。
あ、優ちゃんのパパがまだ来てないや。
でもまあ、サンタの格好だから誰か判らないし、写メに写ってなくても、ま、いっか。
優ちゃんの携帯にパパから"もう着く"というLINEが15分前に入ってたそうだ。もうすぐ着くからまだ始めないでくれということか?
優ちゃんが気を使って言った。
「パパはもう着く、もう着くっていつも人を待たせるの。気にしなくていいからもう始めましょう」
そうはイカの塩辛だ。高額なプレゼントを持って来るのに。
「じゃあ、ご馳走だけ小皿に取り分けてましょう」
玲さんがそう言うのでみんなで取り分けていると、優ちゃんのパパがガランガランゴロンゴロン入って来た。
「いやあ、申し訳ない!やっと今タクシーが捕まって、こっちへ向かいながら着替えてたんだけど、ズボンとベルトがないんだよ。でも帽子と付け髭があるから何とかサンタに見えるでしょ?」
確かに首から上はサンタだが、首から下は立派なスーツが赤い法被を着ているみたいだ。優ちゃんのパパは植木と未央ちゃんをかき分け鳥居夫妻の隣りに行った。優ちゃんが睨んでいる。マスターが気を効かせて一番年配の優ちゃんパパに乾杯を頼んだ。
「では、サンタさん、乾杯お願いしまーす」
すかさず優ちゃんが言葉を発した。
「パパ、全然サンタに見えない。
どう見ても夏祭りの法被着た商店街のおじいさんじゃない!」
やっぱり優ちゃんにもそう見えるか、いや、多分みんなそう見てる。
パパは約束通り自分から話しかけないでいてくれるだろうか?
ああ、そんな約束は全く覚えたいないようだ。
乾杯が終わるとパパは鳥居夫妻の方を覗き込みながら自己紹介をした。
「初めまして、佐藤優の父です。いつも娘が仲良くして頂いてありがとうございます」
鳥居夫妻は戸惑いながら頭を下げた。
「こちらこそ、仲良くして頂いて元気をもらっています」
俺は鳥居夫妻の表情が気になった。直感だが、パパを知っているなと思った。優ちゃんは眉を顰めている。ああ、また話しかけなければ!
「優ちゃん、サラダのお皿二つあるけど、中身は一緒なの?」
「あ、ちょっと違うの。こちらは野菜メインでそっちのはフルーツメインになってる」
話が続かないので鳥居さんのオードブルの話題に切り替えた。
「鳥居さんのオードブルも美味しそうだね。ポテチにチョコかかってるよ、手作りだよね、あれ」
「ほんとだ!未央の好きなチョコがけのポテチがあるよ」
「そうなの、鳥居さんの手作りよ、余ったら持って帰ってもいいって」
凄く美味しそうな匂いがすると思ったらマスターがローストしたての七面鳥を持って来てくれた。玲さんと2人でみんなの小皿に取り分けちいる間、鳥居夫妻と優ちゃんパパは何やらヒソヒソ話しているが、時折3人とも笑っているので心配する必要はないだろう。
心配なのは俺の横でパパを睨みつけているコイツだ。
何か、爆弾発言をしないうちに気をそらさなければいけない。
創君達がこちらを見て頭を下げたので俺も頭を下げ、優ちゃんを誘って隣りに行った。
この3人が、優ちゃんから大金を借りたこと、借りようとしていることに対してどう思っているのか知りたい。
「初めまして、"ダークブラウン" の常連で佐藤浩二といいます」
「あ、初めまして、俺、創の同僚で賢、こっちは颯斗です」
賢に颯斗か、君らに苗字はないのか、俺はフルネームで紹介したのに。
「お二人もドラゴンロードで働いてるの?」
賢と名乗るヤツが一人喋り始めた
「俺は隣町のドラゴンロードなんだけど、こっちは別のチェーン店の隣町」
初対面で年上だというのに全く敬語を使わない。
よくこれで客商売ができるな。感心するよ。俺ならこんなヤツらに絶対金を貸したりしない。
3人とも優ちゃんの方を見ている。
創君が喋り始めた。
「優ちゃんオードブルこっちにあるから取ってあげようか、何がいい?
浩二さんのも取りますね、好きなの言ってください」
創君はあの2人よりはまともだ。でも大金を受け取っているのが引っかかる。
鳥居夫妻と優ちゃんパパにマスターが加わって昔のフォークソングの話で盛り上がっている。
植木は未央ちゃん、玲さんと料理の話をしている。植木が料理の話に付いていけるはずはないんだが、未央ちゃんの横で嬉しそうに相槌を打っている。
俺達5人はこれからが正念場だ。
3人のプライドを傷つけない程度に間違ったことをしてるんだという自覚を持たせたい。優ちゃんは相変わらずパパと鳥居夫妻の方ばかりきにしている。
俺から見ればとってもいい雰囲気で何の問題もないと思うのだが、優ちゃんはパパの態度が気にいらないのだろう。
お腹もほぼ満たされたころ、マスターがみんなに言った。
「はーい、じゃあこれからサンタさんがプレゼントの入ったフクロを持って行きますからみんな一つずつ選んでね」
そう言うと、パパがニコニコしながらみんなのところを廻った。
そして解説した。中身は商品券なんだけど、業績が悪くて困ってる知り合いから頼まれた物だから遠慮しないで使ってくださいね。いつも優と仲良くしてくれて本当にありがとね。これからもよろしくね。あ、私も時間がある時、モーニングセットいただきに来ることになりましたのでそっちもよろしくね。と言うことでした。
優ちゃんはどうでしょう、怒ってますねー。でも、この親子のことはもうどうでもいい。
問題はあの3人だ。創君がこのまま優ちゃんから、いや正確には優ちゃんパパから大金を借りたままでいいはずがない。
その上残りの2人は多分あわよくば自分達も無利子で借りようとしている。
優ちゃんが誰にでも無利子で大金を貸してくれるという噂でも広まったら大変なことになる。
絶対に止めさせなければいけない。
一通り廻ってみんなプレゼントを手にした。10万円分の商品券が1つ、5万円分が2つ、あとは1万円分だ。
みんなで一斉に開けた。
創君の友達の賢というヤツが奇声を発した。
「うっわー、俺10万円分入ってる!えー、いいの?本当にもらっていいの?」
良かったじゃないか、どうか、もうそれで満足してくれ。俺は1万円。でもその方が気が楽でいい。
友達の颯斗がブツクサ言ってる。
「賢いいなあ、俺なんか1万ポッチだぜ、今度の休みにおごれよな!」
何がポッチだ、1万円分の商品券をただでもらったんだそ、解ってんのか、コイツは。
賢よ、絶対おごるな!大事に使え。
5万円の商品券は優ちゃんと創君が当たった。優ちゃんは凄く嫌そうな顔をしている。一方創君は対照的で、少し申し訳無さそうにしながらも賢の方を見てニヤニヤしている。パパと目が合った創と賢はペコッと頭を下げた。颯斗よ、お前も1万円分貰ってるんだから頭くらい下げろよ。颯斗は三人の中で自分だけ1万なのが不満らしく、まだブツブツ言っている。颯斗よ、日頃の行いがものを言うのだ。あ、俺も一万か。
優ちゃんが突然颯斗の方を見て言った。
「私、商品券要らないから颯斗君使って!」
「え、いいの?」
颯斗よ、とびつくな!それは結構ですとは言えないのか。
優ちゃんも優ちゃんだ。やっぱり言うしかないな。
「ねえ、優ちゃん、誰にでも平気でお金をあげたり貸したりしちゃいけないよ」
颯斗は少し眉を顰めながら言い始めた。
「誰にでもじゃないですよ。夢があるけど資金がない俺達のことを優ちゃんが応援してくれてるんだから。
いや、そうじゃなくて、本当は俺達今日は優ちゃんが応援してくれるのは嬉しいけど、お金は借りないって言いたかったから来たんだよ。俺達だって自分が頑張って貯めたお金でお店持つのが理想だと思ってるよ。
ただ、給料が安過ぎるだろ?毎日一生懸命働いてるのに、時給千円だぜ?」
マスターが応援に来てくれた。
「若い人には若い人の不満があるよね」
颯斗は口をとんがらせて言った。
「はい、俺なんかがいくら頑張ったって、必死で切り詰めて、ひと月5万円貯めるのがやっとだよ。でも成功して裕福な人はお金が有り余ってる。そんな人からちょっとくらい無償で借りたって別に痛くも痒くもないだろ?」
颯斗よ、その考えは間違っている。
マスターよ、ビシッと言ってくれ。
「颯斗君、君の言う通りだよ!」
ええー、それはないだろ、マスター。
「でも、君の考え方は間違っている」
あーー、良かったぁ。マスターは続けた。 「大きな会社も小さなお店もほとんどの経営者はちゃんと決まりを守った上で報酬を決めているから何も悪くはないよ。
でも僕から見ても庶民には住みにくい世の中だと思うよ。でもそれを変えられるのは自分たち一人一人の行動なんだよ」
「行動ったって、俺達に何か出来るわけないだろ」
「できるんだよ。一人一人が政治に興味を持てば世の中は変わるんだよ。いろいろな政党や政治家がどんな発言や行動をしているか、暇な時にネットニュースを見て興味を持たなきゃ。そして、選挙で一票を入れることが一番現実的なんだよ。自分が一票入れたって何も変わらないと思うことが一番いけないんだよ。ね?選挙に行こう!」
マスターよ、いい話だが、今は優ちゃんの大金の話をしてほしかった。
俺はできるだけ穏やかに颯斗の方を見て言った。
「颯斗君が今日借りないって言うつもりだったのはやっぱり自分でも良くないことだって思ってるからでしょ?」
「そりゃ、思ってるよ。自分で何とかしたいよ。いつになるか解らないけどね」
「良かった。言わなくても解ってると思うけど他の人に優ちゃんが大金貸してくれるなんて絶対言っちゃダメだからね」
「そんなこと言う訳ないだろ!」
「うん、そうだよね、颯斗君も賢君も常識があって良かったよ。
あー、ホッとした、七面鳥食べよ」
こんがり焼けた七面鳥の背中部分を頬張りながら優ちゃんの方を見ると久々に床に取り憑かれていた。
でもまあ、これで一安心だ。植木と未央ちゃんは俺の苦労も知らず、ニヤニヤヘラヘラしている。
優ちゃんのパパがビールを注ぎに来てくれた。
「浩二君、ありがとう。君は優しい人だね。」
「いえ、お節介だと言われたことはありますが、優しいって言われたのは初めてです」
「これ僕の分のプレゼントなんだけど、良かったら浩二君使って」
なんか、この親にしてこの子ありだな。俺は有り難く1万円の商品券を貰った。
なんだかあっという間に八時半になってしまったが、みんなで最後に乾杯をして片付けも済ませた。
帰り、タクシーに乗ろうと植木を誘うと未央ちゃんと帰るから優ちゃん送ってってあげてと言われた。
俺は呆れた。はっ、まだ控えめにするんじゃなかったのか。
それに優ちゃんはパパと帰るんじゃないのかなと思ってパパの方を見ると、いつの間に現れたのか、ちょっとケバいおんなの人と腕を組んで歩いていた。
優ちゃんは地面のセメントに取り憑かれている。
「優ちゃん一緒にタクシー乗ろうか?」
「はい、乗ります!」
優ちゃんが俺の方を見て言った。
「まだ九時前だからどこかでコーヒー飲んで行きませんか?」
ちょうど優ちゃんちがあるマンションの下がカフェだったので、そこで一緒に降りてボックスに座り、優ちゃんと向かい合わせでコーヒーを飲んだ。
優ちゃんは明るい表情で話し始めた。
「今日はありがとうございました。私、みんなに心配かけてたんですね。これからはもっと慎重に行動しますね」
俺はホッとした。
「本当?良かったあ、実はね、優ちゃんが誰にでもお金を貸すっていう噂がすでに広まってたらどう対処すればいいのか悩んでたんだよ。
でもみんないい人で本当に良かったね」
「そうなんです。賢君も颯斗君もいい人なんですよ」
「でも、もう大金を人に貸したりしたら絶対ダメだからね。あ!創君に言うのを忘れてた!」
「創君も返してくれました。
やっぱり自分で頑張るって。
お金は借りないけど、お店持てたら来てねって。
一緒に行ってくれますか?」
「え?うん、いいけどお店持つなんていつの話か解らないよ」
「いいんです!10年後でも20年後でも。行ってくれますか?」
「あ、いや、でもその頃もう優ちゃん結婚してるよ、多分」
「してません!私は浩二さん以外の人とは結婚しません!一緒に行ってくれますか?」
優ちゃんの爆弾発言に俺は面食らった。
なんだよ、それ⁉︎
付き合ってる訳でもないのに、この脅迫されてるような恐ろしさは何だ⁈
「いや、それは解らないよ。優ちゃん今日結構飲んだでしょ」
「はい、生まれて初めてあんなに飲みました。だから本心が言えるんです!」
あんなにってどんなにだよ、そう言えば、いつ見ても床に取り憑かれたままグラス傾けてたもんな。
こえーなぁ、どうにか今日のことは忘れてくれないかなあ
「優ちゃん多分飲み過ぎだから今のは明日になったら忘れてるよ。
部屋まで送って行こうか?自分で帰れる?」
「…帰れます」
ああ、目が据わってる。
明日のモーニング行きたくねーなあ。
一階のカフェでそのまま別れてマイホームに帰った。優ちゃんよ、どうかさっきのことは忘れてくれ、頼む。
今宵は星の数を数える余裕はないが横になると。すぐ眠りについた。
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