第13話 全部アイツのせいだ!
12月21日月曜日、今朝は格別寒かった。
雪が降ってもおかしくないほどの寒さと雲なのに、雪は降らない。
いつも通りカランコロンを開けるといつもの席には誰もいなかった。ふと横を見ると、未央ちゃんが奥のボックスで手を振っている。
「おばさん達、今日はちょっと風邪気味だから用心してお家でゆっくりするそうです」
優ちゃんは今日もにこやかで床に取り憑かれていないから俺も話しかけ易い。
「そうなんだ。大したことなければいいけどね。植木もまだなんだね」
そう言っていると、ガランガランゴロンゴロン植木が慌しく入ってきた。
大げさに回りを見渡して未央ちゃんが手を振っているのを見つけ、やってきた。
「おはよう、鳥居さん来てないの?土曜日の
疲れが出たのかなあ?」
「はい、少し風邪気味だから用心するそうです」
優ちゃんは奥の席に座ってたので、俺もさり気なく奥の席、つまり優ちゃんの向かいに座った。
植木もさり気なく未央ちゃんの向かいに座った。
未央ちゃんと優ちゃんは最初、え?というような顔をしたが、植木が話し始めたので、すぐそっちに気を取られた。
「ねえ、昨日の写メプリントアウトしてきたからあげるね」
それはみんなで写した物が2枚ずつ、優ちゃんと未央ちゃんだけが写った物が一枚あった。どれも楽しそうでバックのイルミネーションも素敵だ。一枚部屋に飾っておこう。
未央ちゃんがすごく喜んでいる。
「ステキ〜、鳥居さんキャアキャア言って喜びそう」
優ちゃんもニコニコしている。
「とっても綺麗ね、いい思い出ができちゃった」
今日のモーニングはなぜか全員バタートーストだったので出来るのも早くアツアツ、しっとり、こんがりの美味しいトーストを食べられた。
クリスマスパーティーに持ち寄る一品を具体的に詰めることにした。
未央ちゃんのケーキはフルーツたっぷりの生クリームケーキか、ブッシュドノエルか聞かれたがブッシュドノエルが解らなかった。
なんと植木が知っていた。
「あの切り株の形したケーキでしょ?僕、それじゃない方がいいな」
あ、解った!昔、八人くらいでクリスマスパーティーした時に植木の彼女が作ってきたやつだ。
あと、優ちゃんのサラダの中身はみんなの好みを全部取り入れ、レタス、ブロッコリー、トマト、アボカド、生ハム、コーン、刻みキャベツ、ブロッコリースプラウト、サーモンだ。俺と植木はシャンパン、ビール、ウーロン茶、オレンジジュース。
優ちゃんのパパはブランド品のバッグや財布を買うと言ってたらしいが、買いに行く時間がとれないのと、趣味が悪いからという理由で商品券にしてもらったそうだ。
高い人は10万円、一番安くても1万円だ。ちょっと抵抗はあったが、クリスマスプレゼントだからいいやと思ってしまった。
ただ、訳ありが何人かいるのでパーティーが平和なうちに終わるのだろうかという心配はあった。
そうだ、優ちゃんと話をしよう。
「ねえ、優ちゃんちのパパは実家に1人で住んでるの?」
「ううん、祖父母がまだ元気だから一緒に暮らしてる。
私も去年の春までは実家にいたんだけど、なんか一人暮らししてみたくなって4月から誠さんと同じマンションに住んでるんです。
弟は県外の大学に行ってて順調にいけば来年卒業します」
「そうなんだ。僕は3年前から一人暮らししてるんだけど最初のうちはアルコールがないとなかなか寝付かれなかったんだよね。やっぱり女性は強いね」
軽く言った一言だったが、ドツボにハマってしまった。
「いいえ、私も夜寝付かれなくて眠くなるまで繁華街をウロウロしてたから男の人に騙されてしまったんです」
やっぱり言ったか、植木も未央ちゃんも朝からそんな話聞きたくないのに、本当に空気の読めないヤツだなあ。
たまりかねた植木がフォローしてくれた。
「そんなこともあるよ。でも最近優ちゃん凄く明るくなったよね」
未央ちゃんも同調してくれた。
「うん、優変わったよ、元気になって良く笑うようになったし」
俺もフォローしたつもりだった。
「そうだね、以前は本当に暗くてみんな心配してたけど、もう大丈夫だもんね」
優ちゃんが食い付いた。
「みんなってそんなに私みんなに心配かけてたんですか?」
「いや、みんなって大げさだよね、僕と植木と未央ちゃんとマスターと玲さんと鳥居夫妻とパパだから8人…だけ」
「ええー、8人!そんなに」
優ちゃんがショックを受けている。俺は焦って、言わなきゃいいのに言ってしまった。
「優ちゃんはまだマシだよ!僕が騙された時なんて焦って植木にも相談したし、他の友達にも相談したし、かあさんなんか生徒さんに相談するもんだからもう20人くらいに知られてんだよ、な?植木」
「え?あ、うん」
植木が、あーあ、自分で言ってやがんのみたいな呆れた顔をしているのが解った。
優ちゃんは少しホッとしているようだ。
「浩ちゃんも騙されたことあるんですね。20人も心配してくれたんですね、良かった」
良かねーよ!ハニートラップなんだぞ、口が裂けても言えないよ!
「それってハニートラップなんですか?」
あーーー、コイツはこーゆーことを平気で聞くんだよな!
いけない、もう40分だ。飲みかけのコーヒーを飲み干してみんなで店を出た。
今日は朝からほとほと疲れた。
駐車場に向かっていると、優ちゃんがやって来た。
「ハニートラップなんですか?」
俺は遂に開き直ってしまった。
「そ、ハニートラップ。一人暮らし始めたばかりでなんか寂しかったんだよね。180万5千円!5千円はタクシー代。優ちゃんなんかまだましだよ。元気出しなよ」
「そうね、ありがとう。浩ちゃんも元気出してね」
そう言って優ちゃんは額丸出しでゴンゴン自転車を漕いで消えて行った。
俺も消えたいよ。
職場に着くと、掃除のおばちゃんにからかわれた。
「今朝見たわよ!彼女と一緒だったじゃない、昨日お泊まりしたの?」
経理のおばちゃんと雑務のおばちゃんまで暇つぶしにやってきた。俺は一人一人にキッパリ言ってやった。
「彼女ではありません!」
「二人っきりで会ったこともありません!」
「お泊まりもしてません!」
これで少しはおとなしくしてくれるかなあ。
仕事中もイライラしてるのかしょっちゅうペンを落としてしまった。その度、雑務のおばちゃんが拾ってくれるのだが余計な一言を言う。
「彼女が居ないからってイライラしちゃダメよん」
結局居ても居なくてもからかわれるんだもんな。今日の一日は長いなぁ。
夕方は植木と飲み物を仕入れに行く約束をしている。だから "ダークブラウン" には寄れない。
今日はもう行きたくないからちょうど良かった。
植木とラーメン屋に行ってキムチラーメンと餃子を食べた。
植木は機嫌がいい。
未央ちゃんと話が合うから楽しいけど、今まで優ちゃん一筋だった手前自分からは誘えないらしい。
そして恐ろしい一言を言った。
「お前優ちゃん誘えよ。そしたら俺も未央ちゃん誘い易いからさ」
「100万円積まれたってやだね!それに優ちゃんには好きな人がいるんだろ?」
植木はニタニタしながらこう言った。
「ああ、あれな、未央ちゃんが言うには俺と未央ちゃんの方が気が合いそうだからわざとそう言ったみたいだって。
優ちゃんは俺達に付き合ってほしいみたい。」
「勝手にしてくれ。
俺には全く関係ない!
今朝だって見たろ?俺の醜態を!
全部アイツのせいだぞ」
「いや、あれはお前が勝手に…」
「そうだよ、俺が焦って勝手にベラベラ喋っただけだよ!
アイツが全く空気読まないから俺が勝手にハラハラして焦ってんだよ!
あんなヤツと付き合ったら神経擦り減って無くなるぞ。絶対やだね」
植木は諦めたようでそれ以上言わなかった。シャンパンは普通のとノンアルと買ってビールはいろんな銘柄を揃えた。ウーロン茶とオレンジジュースもたっぷり買った。
飲み物は植木の車に積んだまま俺はコンビニに寄ってディナーの惣菜とビールとレジ横の肉まんもツマミに買った。
エアコンのタイマーを入れといたから暖かいマイルームに帰れる。温かい肉まんをツマミに缶ビールを飲んで12時前に少ししかでてない星を眺めながら眠りに着いた。
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