第12話 優ちゃん?未央ちゃん?
12月19日土曜日、小春日和のいい日だ。
こんな日の土曜日は "ダークブラウン" もモーニングセットを食べに来るお客さんで結構賑わっている。
カランコロンを開けると、いつもの6人掛けのテーブルは知らない人達が既に座っていたが、ちょっと横を見渡すと、植木が隅の4人掛けのボックスで手を振っている。
優ちゃんと未央ちゃんもいる。
その隣りの4人掛けには鳥居夫妻と創君、それに初めて見る顔2人。
多分この二人が創君の友達だろう。今日はオフだからゆっくりし、何気なく2人を観察してみよう。
「僕、今日はオフだからちょっとゆっくりして行きますね」
あ、僕もオフ、私もオフ、私達はいつもオフ
。で、結局今日はみんなゆっくりしていくことになった。
クリスマスパーティーの日にちは創君達の都合で23日水曜日に決まった。
鳥居夫妻は優ちゃんパパが来るのを知ってるはずだが、優ちゃんに気を使ってか、実はもう知っているのか、何も聞かない。
鳥居さんのご主人も料理をする人なので当日は2人でオードブルを作って持って来てくれるということだ。その日のBGMはみんなそれぞれ好きなCDを持って来ることに決まった。
優ちゃんはもう床に取り憑かれていないし、
明るくてよく笑う女性になっていた。
どうしてだろう、何かが吹っ切れたのか?
まあ、良かった。パパも未央ちゃんもマスターも玲さんもみんなが心配してたし、俺なんか暫く頭の中を占領されてたもんな。
そうか!解った!この寂しさは彼女がいないせいではなくて、心配事が急に消えたせいだ。
良かったじゃないか、これでまた平和な日常を、リア充を満喫できるようになったんだ。
良かったあ、いい天気だし、悩みごとは解決したんだ。
そう思うと、急に晴れやかな気分になってきた。
モーニングを食べ終えたころ、おばさんがみんなに聞いてきた。
「このあと、予定ない人は私達と一緒に隣町の公園にいかない?
昼間はイルミネーションはないけど、飾り付けがとってもステキなの。みんなで写真撮りましょうよ。
案の定、植木が食い付いた。
「行こう、行こう!優ちゃん時間あるでしょ?未央ちゃんも行けるでしょ?」
「行きましょう!楽しそう」
植木よ、俺には聞かないのか。
「佐藤はどうせ暇だから行くだろ?」
そうだよ、その通りだけど一応聞いてくれよ。
創君と友達は夕方からの仕事に備えて仮眠を取るから行けないそうだ。結局6人で植木のデカいワンボックスカーに乗せてってもらうことになった。
車の中では植木が鳥居夫妻に気を使ってか、オールディーズのいい曲ばかり静かに流してくれた。
みんな一曲聴く度、懐かしい話で盛り上がっている。
優ちゃんはさっきからチラチラ鳥居夫妻の方を見ていた。パパのことを知ってるかどうか気になってしようがないのかもな。俺はそんなこと聞かない方が良いと思うけど。
楽しく昔話をしてたらあっという間に公園の駐車場に着いた。
結構車の数も多く、公園内の木々には綺麗な飾り付けがされていてイルミネーションがなくても充分いい雰囲気だった。
最初はみんなバラバラに写メを撮っていたが、やっぱりみんなで撮りたいねということになり、いいムードでベンチに腰掛けていたカップルの間に植木が割り込んで写メを撮ってくれるよう懇願してる。
俺はああいう勇気というか、厚かましさは持ち合わせていない。
それもみんな自分のカメラに納めたいものだから結局6人分撮ってもらった。
おばさんなんか、もっとズームにしてとか違うポーズで3枚とか言っている。
なんかおばさんが段々職場のおばちゃんに見えてきた。
園内は赤いポインセチアだけでなく、可愛いピンクのポインセチアや色とりどりのガーデンシクラメンまであちこちに飾られていた。ユニークなサンタクロースのオブジェや、イルミネーションも点灯していなくても太陽の光が風に揺れながらキラキラ反射してとても綺麗だった。
心配事が消えたせいか景色の美しさがそのまま感動となって心に入ってくる。
彼女がいなくても精神状態が良ければこんなに感動できるんだ。
かあさんもあちこち温泉旅行に行って普段観られない景色に癒されてるんだろうな。
公園の一角でフリーマーケットをしていて美味しそうなチーズケーキやポインセチアも売られていた。
なんだか赤とピンクのポインセチアが "わたしを買ってちょうだい" って言ってるような気がしたので買ってやった。
星空の見える窓辺に置こう。
優ちゃんも未央ちゃんもおばさんなんか五鉢も買っている。
おじさんは上下左右判らないようなアンティークっぽいオブジェを上から眺め、下から眺めしたあと、やっと買った。
あれを帰りの時間まで持ち歩くつもりだろうか。想像しただけで笑える。
風もなくポカポカ陽気で身体中が日光消毒されてるみたいに気持ちいい。
お昼過ぎにみんなでお洒落なイタリアンのお店に入った。
優ちゃんと未央ちゃんが食べる前にカシャカシャ写メ撮ってるのを見ておばさんもそれらしく気に入ったディッシュを前に寄せ、口をとんがらせて角度を調整しながら撮っている。
おじさんは半分呆れたような、半分時代に付いて行ってるおばさんが羨ましいような、そんな感じで口を開けて見ている。
「ねえ、冷めるから早く食べようよ」
だれも聞いてない。優ちゃんと未央ちゃんは何やらコメントまで入れてる。
散々待たされたせいか、全部が最高に美味しかった。
俺も写メ撮っとけば良かったなと思ってしまったくらいだ。
みんなで小皿に取ったから遠慮の塊が少しずつ残ったけど、おばさんが最後にもったいないからとみんなに取り分けてくれた。
その後も女性陣は元気でいろんな場所でいろんなポーズをとりながら写メを撮っている。
おばさんもあの2人に付いていってるからスゴイです。
夕方になってライトアップされると景色が一変した。流れるようなイルミネーションの川、5メートルくらいありそうなもみの木全てに宝石のように輝くイルミネーションがキラキラキラキラ揺らめいていた。
園内のあちこちに置かれていたユニークなオブジェもライトアップされて昼間とはまた別物の異次元の世界に居るような雰囲気を醸し出していた。
優ちゃん達は携帯を見ながら、イルミネーションの中でも顔が綺麗に映るアプリをおばさんにダウンロードしてあげていた。まるで3人娘のようにはしゃいでいる。
あっという間に6時になってしまい、みんなは名残惜しそうだったけど、おばさんはさすがに疲れたようで、
「そろそろ帰りましょうか?」
と言って駐車場の方に向かった。
おじさんはお腹が空いているのか、
「帰りに回転寿司に寄ろうよ」
と言うことなので、みんなで回転寿司に寄ってからそれぞれ植木に送ってもらった。
俺はマイルームに帰り、早速ポインセチアを星の見える窓辺に飾ってあげた。
グレーっぽい部屋に季節感のあるポインセチアが二つ。回りの多肉植物が引き立て役になっていい雰囲気だ。
次の日の日曜日も天気が良く、お出かけ日和だったが、別に予定もなかったので実家におかずを貰いに行った。
かあちゃんは生徒さん達とクリスマスパーティーをしていた。
年配の生徒さんが多い時はすぐ判る。
笑い声が尋常ではないのだ。
初めのうちは俺の部屋まて轟く笑い声が恐ろしかったが、慣れると逆に静かなときが心配になる。
そういう時は大抵若い女性のグループだ。
一度可愛い笑い声が聞こえてきたのでこっそり窓の縁から覗いていたら、かあさんがいきなり窓を開けて、
「うちの息子です。そんなとこから覗いてないで中に入って一緒に作りなさい。みんな気味悪がってるわよ」
そう言われてしまったら、当時の俺はまだ純情だったので言われるがままかあさんに従うしかなかった。
それでも一応褒めてもらいたい気持ちもあったので、案外センスあるかもと思いながら一生懸命作ったのだが
「はーい、では出来上がった作品を持ち上げてみてください」
そう言われて持ち上げた瞬間殆どの飾りがリース台からゴロゴロゴロゴロ転げ落ちてしまった。それと同時に綺麗なねえちゃん達がヒーヒー笑い転げたのだ。
次の日から俺はあの部屋には絶対近付かないようにしている。
それでも時々玄関で生徒さん達に出くわしてしまうので、ちょっと離れた今のところに3年前マイルームを借りたのだ。
しかし、解放感に包まれた幸せな時間は初日の昼間だけだった。
俺の誤算は、自分の性格が良く解っていなかったことだ。
俺は心に闇を抱えている。しかも超寂しがりだ。
1日目の夜から悪夢にうなされた。みんなが俺を責めるのだ。かあさんに残酷なことを言ってしまった俺を父さんも、よく覚えていない兄さんも、数少ない友達までが俺を横目で睨みながら責めている。
次の日から俺はアルコールの力を借りないと眠れなくなってしまった。
週末は近くの バー "ジュエル" に夜な夜な出かけた。そこのバーで2回女に騙されたのだ。唯一の救いはバーのマスターは俺が女に騙されたことを知らないということだ。
あのバーにももう半年近く行ってない。内装が大人の雰囲気で淡い琥珀色の照明が傷ついた俺を優しく包んでくれる。
もう女に騙されることもないだろうからちょっと行ってみようかな。
そう思っていたところに突然植木が来た。
テンションは低めだ。
「俺、今日はちょっとしんみりしたいからどっか飲みに行かない?」
久しぶりに気が合った。
「お、いいね。俺も久しぶりに "ジュエル" に行ってみようかなと思ってたんだ」
マイルームから歩いて20分。
暖かい部屋に帰りたかったのでエアコンのタイマーを入れてから出かけた。
"ジュエル" の入口も内装もそのままだった。静かなバーテンダーが微笑んでくれた。
「こんばんは。お久しぶりですね。いつものボトルでいいですか?」
「はい、お願いします」
やっぱり癒されるなあ、この雰囲気。カウンターに2人並んで座った。
昼間はあんなに元気だった植木がなんかセンチメンタルになっている。
なんか愚痴をこぼしたそうだったので聞いてやった。
「なんかあったん?元気ないね」
「うん、あったような、ないような」
「優ちゃんのこと?」
「うん、なんか無理みたいなんだよね」
「うーん、直接言われたん?」
「いや、そうじゃないけど、なんて言うか、ただの友達ですって雰囲気がプンプンするんだよね」
それを聞いた時、俺は優ちゃんが言ってた "なんか違う" を思い出した。
「で、諦めるの?」
「それがさあ、今日オブジェを観てた時にさ、優ちゃん写メ撮ろうって声かけたら、みんなで撮ろうって鳥居さんを呼びに行ったんだよ。
なんか寂しく感じて黙ってたら未央ちゃんが来てね、優ちゃん好きな人いるみたいよ。
それにまこちゃんには、私みたいなよく喋る人の方があってるんじゃない?って言われたんだ」
俺は意外な展開にビックリした。
「ええ、それって告ってんじゃない?」
「俺も最初はそう思ったんだけど、なんかそのあとも普通にみんなと話してるから単に私みたいなっていうだけで私ではなかったんだって思ったんだ。
なのに、帰ってからも未央ちゃんの言ったことが頭から離れないってわけ。単純だよな、俺って」
「うーん、俺もあのキャラはよく解んないなあ」
「でもさあ、今まであんなに優ちゃん、優ちゃんて言ってたのがたった一言で突然未央ちゃんに乗り換えるなんて軽すぎるだろ?」
「軽すぎるのは確かだけど、お前達の場合お前が一人熱くなってただけだから乗り換えるまで行ってないと思うよ。」
「そうなんだよ、返って優ちゃんはホッとするかも知れないし、未央ちゃんだってひょっとしたら俺と付き合いたいと思ってるかも知れないだろ?」
「じゃあさあ、取り敢えず優ちゃんに話しかけるのは控えめにして未央ちゃんの様子を見てみたら?」
「うん、俺もそうしたいんだけど、なんか急に優ちゃんに話しかけなくなったら変だろ?」
そう言って俺の顔を覗き込んだ。
「解ったよ。俺が気がけて話しかけるよ」
植木はチータラを咥えたまま俺に抱きついてきた。
ああ、心配事はほぼ消えたが、明日から優ちゃんに気を使わなきゃいけなくなった。
ま、いっか。俺は植木のこういう解り易いところが好きだった。
俺にはないのだ。
すぐに白けてしまう、お前にそんな資格があるのかと。
でも本当は面倒なだけかも知れない。
どっちにしても植木のような情熱はない。
植木は"優ちゃん、優ちゃんってはしゃぐんじゃなかったとしきりに呟いていた。でもまあ、何とかその日のうちに暖かいマイルームに帰ることができた。
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