第9話 果たして佐藤は佐藤を説得できるのか⁉︎
12月16日水曜日、散々悩んだ割にはいつの間にか朝までぐっすり眠つていた。
目覚めの気分は余り良くない。
昨日から鳥居夫妻のことがどうしても引っかかって、もう手放しにいい人達だとは思えなくなっているんだが、やっぱり悪い人達には見えない。
本当なら直接夫妻に聞きたいのだが、まずは暗ブタの暴走を止めないといけないから大変だ。
今朝は8時2分に "ダークブラウン" に着いた。
カランコロンを開けるとやっぱりみんな揃っていた。暗ブタ友も来ている。いったいみんな何時に来てるんだ?
でもまあ、まだ注文はしてないみたいだから大した違いはないだろうが、相変わらず暗ブタ以外はみんな朝から元気だ、おじさんは自然体だけど。
暗ブタ友はおばさんにスマホの便利な機能について説明しているが、多分半分以上頭が付いていってないだろう。
植木は相変わらず床に取り憑かれた暗ブタに向かって何やら熱く話しかけているし、おじさんは食い入るように新聞を隅から隅まで読んでいる。
結構みんな自然体になってきた感じだ。
俺はモーニングセットが来るまでの間、今日の仕事のチェックをする。まあ話に加わってできない日の方が多いけど。
結構みんな違うオーダーなのに同じ時間に出来て来る。
ここら辺もマスターの気遣いなんだろうなと感心する。
マスターにしても玲さんにしてもこんなに影で心配してくれてるのに、暗ブタは全く気づいていないだろうな。
未央ちゃんだって、植木だって、パパだって、なにより俺はこんなに迷惑を被ってるのに、いい歳していい加減にしろよ。
あー、また腹が立って来た。いかん、せっかく美味しいモーニングセットをいただくのに、気分が悪い。そう思ってるとつい、大きな溜息をついてしまった。
植木に突っ込まれた。
「何だよ、何だよ。朝っぱらから大きな溜息ついて、寝不足かあ?」
「まあ、そんなとこ。今日夕方天気崩れるみたいだけど本当かなあ」
また植木に突っ込まれる。
「お前、車に傘置いてないの?僕なんかいつも二本置いてるよ、優ちゃん必要な時はいつでも言ってよね」
俺は夕方ここに来る暗ブタのために言っただけです。聞いてるかなぁ?相変わらず床に取り憑かれてるけど。
おばさんは暗ブタ友にスタンプの買い方を教えてもらって喜んでいる。今日もあっという間のモーニングタイムだった。
あとは五時まで集中して仕事を終わらせるだけだ。
職場では雑用と経理と掃除のおばちゃん三人が社長が居る時だけ忙しそうにしている。
これじゃ若い女の子が来る訳ないよなー。でもまあその方が気が散らなくていいか。
昼休みを30分に縮めて5時前には完璧に仕事を終わらせることができた。
なんか、これからが本当の仕事みたいな気がするなあ。はあ、溜息しか出ない。
いろいろ頭の中を整理しながらカランコロンを開けた。5時5分、暗ブタはすでに来ていて、俺のいつもの席の向かいに座っている。
玲さんがさりげなく注文を取りに来てくれたので、俺はマンデリン、暗ブタはブレンドを注文した。
さあ、これからが戦いだ。俺は決めていた。心の声が出ないようになるだけ気をつけるが、暗ブタが泣いたとしても言うべきことははっきり言う。
これ以上みんなに心配をかける訳にはいかない。俺は早速切り出した。
「昨日二時ころ僕が来てたの気付かなかったでしょ?」
暗ブタはかなり驚いたようでさっきまで床に取り憑かれてたのが、突然大きな目を見開いて俺をまっすぐに見てきた。俺もびっくりしてつい床を見てしまった。いかん、負けている!
「昨日はいつもの席が空いてなくて、優ちゃん達のすぐ後ろに座ってたんだよ」
暗ブタは明らかに動揺している。
俺はストレートに聞いてみた。
「お金を貸すとか貸さないとかいったい何の話をしてたんですか?」
「え?そんなこと言ってません!」
え?違う?ええ?なんだ?どういう話だったんだ?
もっとマスターに詳しく聞いとけば良かったなあ。
「あ、いやなんか、男の人が3人いたでしょ?
1人は鳥居さんちの息子さんだったでしょ?」
「ええ、3人はお友達みたいでお店の前で偶然会ってお茶しましょうかって誘ってくれたからお茶しただけです」
それだけじゃねーだろ!そのあと父親に200万円もねだってるだろーが!あ〜言いてえなあ
「ちょっと待ってて!」
ダメだ、このままじゃ話にならない。俺が200万円のことを知ってるって言わなきゃ本当のことは言わないだろう。
焦って暗ブタ父に電話したが、お願いだからバラさないでくれと言われた。これ以上嫌われたくないからと。
そんなこと言ってる場合じゃないだろうと言いたかったが、いつも立派なスーツを着ているせいか、単に年配だからか、解りましたとしか言えなかった。
なら、暗ブタ友はどうだ?
藁をもすがる思いで電話したが、全くでない。あー、どう持っていけばいいんだ?
マスターから聞いたって言えばもう来なくなるかも知れないもんな。
早くも壁にぶち当たってしまったぞ。
取り敢えず席に戻った。
「何が心配なんですか?」
逆に暗ブタから聞かれてしまった。
心配なことだらけで吐き気がすると言ってやりたかったが、何にも言えなかった。
こうなりゃ、こっちからさぐりを入れるしかない。
「あの人達と何の話してたの?」
普通はそんなこと聞かねーよな、彼氏じゃあるまいし。
暗ブタは不思議そうに答えた。
「仕事の話とか最近観た映画の話とかですけど、どうして?」
「それだけ?他には何も話してない?」
「はい、どうしたんですか?」
そうだ!前に暗ブタが騙された話をしよう!
「優ちゃんさあ、最初会った時、男の人に200万円騙し取られたって言ってたからつい、また騙されてるんじゃないかと心配になったんだよ」
「あ、そんなこありましたね。でも大丈夫です。もう当分男の人とお付き合いする気はないですから」
「植木は大丈夫だよ、女の人騙したりしないから」
「解ってます。いい人だっていうのも解ってます。でも何か違うんです」
うわー、違うのかよ、違うってキツい一言だなあ、とても植木には言えないや。
「ねえ、本当に騙されてない?
お金とか貸してあげてない?」
また床に取り憑かれてるから表情は全く解らないが、一言こう言った。
「大丈夫です」
俺は心の中で叫んだ。
大丈夫じゃねーだろーが!これだけみんなに心配かけて!俺なんか吐き気がするぞ!
言いたいことは山ほどあったが、結局これで終わった。
何だったんだ、いったい。
仕事を必死で早めに終わらせて、あれこれ作戦練って吐き気を我慢して向かったのに、15分で終わってしまった。完敗じゃねーか!
マイディナーの惣菜を買うのも忘れてマイルームに帰ってしまった。
腐りかけのちくわしかないからカップ麺にしよう。
あー、投げ出したいなぁ。そうだ、暗ブタ友に電話してみよう。
やっぱり女どうしの方がいいだろう。カップ麺を食べ、ビールを1本飲んでから、2本目を手にして暗ブタ友に電話した。
俺は父やマスターからも口止めされてることが多くて説得しにくいけど、君なら直接聞いてるんだから堂々と説得できるでしょ?
って言う内容のことを伝えたが、自分には説得する自信がないということだった。
いつもはあれだけギャアギャアくっちゃべってるくせによ!
ただ私から相談されたって言ってもいいから何とか説得してって。私と一緒だと優が威圧的に感じるから1人でお願いしますと。
結局また俺じゃねーかよ!
でも今度は勝算があるかも知れない。
鳥居さんに200万円貸したことは言ってもいいんだから、それを持ち出せば観念して正直に話すかもな。よし、それでいこう。
2本目のビールがまだ半分以上残ってたのに、忘れてまた3本目を開けてしまった。
あー、俺はなんでこんなことしてんだろ?
リア充どころじゃねーぞ。
また貞子に似た暗ブタの夢を見そうだ。
満天の星は出てるか?
ブラインドをシャーッと上げてみた。
良かった、満天ではないが満月に近い月もでている。
このまま心を無にして眠りにつこう。
と思ってたのに、そうはイカの塩辛だった。夢の中ではなぜか全員集合で俺を責めてくる。途中で投げ出すなと。
あなたが投げ出すからああなったのよと言われ、横を見ると、ブタのように横たわった暗ブタが車に轢かれ、血まみれで死んでいた。俺は飛び起きた。
まだ夜中の2時だ。
だが、もう眠りにつくのが恐ろしい。
どうしよう?そうだ、実家から貰ってきたウィスキーがあった。グラスに半分ほどついで月を観ながらチビチビ飲んでやっと眠りについた。
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