第8話 優ちゃん、何を考えているんだ⁉︎

12月15日火曜日、朝からいろいろ考えながら身支度をしていたら "ダークブラウン" に着くのが5分遅れてしまった。


カランコロンを開けるともう5人揃ってメニューを見ていた。

俺はもう決めている。野菜たっぷりのサンドウィッチだ。ヨーグルトもサラダもいらない。

昨日考え過ぎて胃もたれがする。みんなはいつも通り楽しそうで、なんだか俺だけ暗ブタのことでバカみたいに悩んでいるような気がする。

もうやめよう、ケセラセラだ。

とはいかなかった。


職場に着くと5分もしないうちに暗ブタパパから電話がかかってきた。


「もしもし、佐藤です。ありました!帳簿に。鳥居敬太、2年前に配達中の事故で亡くなっています。

多分、息子さんではないかと思います。

でも本人の居眠り運転による事故で会社の方には何の落ち度もなく補償もきちんと済ませてるんですけどね」


それだ!でもなぜ暗ブタがそれを知っている?

おばさんからそれを言ったのか?

それが目的で男に騙された暗ブタに近寄ってきたのか?

暗ブタは何も悪くないだろう!

社長の子どもだけが平気で生きてるのが気に入らないのか?

わざわざ金を貸す方も貸す方だが、それを受け取る方もどうかしてる。

俺は無性に腹が立ってきた。

せっかく思いやりのある絆で結ばれた良縁だと思っていたのに、なんて奴らだ!そうだ、高校生の時の10万円のことも父親に言っておかなければいけないだろう、余り傷つけないような言い方で。

俺は社員の娘さんが給料が安くて服も買ってもらえないと暗ブタに言ったこと、暗ブタが10万円服代をあげたこと、それは1回きりだったことを伝えた。

暗ブタパパは電話の向こうで泣いていた。

そんな辛い思いをさせてたんですねと。いや、暗ブタが一番悪い。

自分が悪い、父親が悪いで自分を正当化できないからこんな事になってしまうんだ。

このままじゃダメだ、あー、イライラするなあ。

いけない、仕事が溜まってる。今は仕事に集中しよう。時々床に取り憑かれた暗ブタが頭をよぎって無性にイライラしたが、なんとか5時までに終わらせた。


"ダークブラウン" で少し頭を冷やそう。

そう思ってカランコロンを開け、いつもの席に座った。

すると、玲さんがお水を持って来るより先にマスターがやって来た。


「佐藤君、今日は男性が3人と優ちゃんが2時過ぎに来てたよ。ご夫婦は来なかったんだけどね、息子さんと多分友達かなんかだと思うんだ。

お金は渡してないみたいだけど、何か男性2人が一生懸命優ちゃんに話しかけてたからちょっと気になってね」


またかよ!アイツは本当に何やってんだろ。自分が危険なことをしてるって自覚はねーのかよ!

マスターが続けた。


「なんだか心配になって声をかけようかとも思ったんだけど、僕達に気付かれてるのが解ってから他の店に行って目が届かなくなったら余計心配になるでしょう。だから今までと同じように知らん顔しといたんだけどね」


マスターも気の毒に。

暗ブタは知らねーだろうな、これだけみんなに心配かけてるの。

何だかもう呆れてしまったけど、このままにはしとけないし、これ以上暗ブタが他人にお金を貸さないうちにとめなきゃ。

そう思っていると、カランコロンがなって暗ブタパパがこれまた不安そうな表情で入って来た。


「こんにちは。佐藤君まだ構いませんか?

ちょっと相談したいことがあるんですが」


「はい、大丈夫です。どうぞ」


「すみません、突然。実はさっき優からラインがありまして、今度は、エルメスの服を買いたいからまた200万円くれって言うんですよ。ちょっと心配になりましてね」


ちょっとなんてもんじゃねーだろ!


「それでなんて返事したんですか?」


「まだ返事はしてないんですが、さすがにもう良くないかなと思いましてね」


当たり前だろ!もっと早く気付けよ〜。

俺があんぐり口を開けて呆れていると、暗ブタ父が続けた。


「ちゃんとした家庭で育った方から見れば本当に呆れるような親子なのは解っているんです。

昔ね、母親が亡くなって半年ほど経った時に母親に買ってもらったブランド物の服を優が

全部破ってゴミ袋に入れてたことがあったんですよ。

私はもう母親が冒涜されてるような気になってしまって、つい優を怒鳴りながら平手打ちしたことがあるんです。

そしたら次の日、壁一面に死にたい、死にたいって掘り込んだまま居なくなってたんです。そのあと私が仕事に行ってる間に帰って来たようなんですが、部屋に鍵を掛けたままで、それからは滅多に直接会うことがなくなって、昨日君から同級生に服代をあげたと聞いた時、ああ、あの時か!って思ったんですよ。

多分優は母親にブランド物の服やバッグを買ってもらって喜んでいた自分が許せなかったんでしょうね」


俺は不覚にも涙を堪えるのに必死だった。

暗ブタ父はこんなことも言った。


「あれから何にも欲しいとか買ってくれとか言わなくなってた優から、2か月ほど前にヴィトンのスーツケースだったかな?欲しいから200万円くれませんか?ってラインが来たんですよ。

私はあの頃の悩みを乗り越えてくれたんだと思って本当に嬉しくなりましてね、スーツケースだけでいいの?バッグも買ったら?って返信したんです。

そしたら、じゃあ、あと200万円くださいって返って来たんでまた200万円渡したんですけど、全く買った物を見せてくれないし、直接聞く勇気もないんですよ。

部屋の壁に掘ってあった"死にたい"の文字が私の頭にくっきり刻み込まれててね、優が嫌な気分になりそうなことはもう言う勇気がないんです。

でもいったい400万円も何に使ったのか心配になって少し後をつけてたら、こちらによく来てたようで君にも会えたんですよ」


はー、俺よりまだ重い話だ。

今日来てたって言う新しい2人は多分おばさんの息子さんから聞いたんだろうな、アイツは簡単に金を貸してくれるとか。

やっぱりこのままにはしとけないだろう。

暗ブタパパはいまからどうしても抜けられない会食があるからと言って、俺に深々と頭を下げて帰って行った。


かあさん、これが悪縁ってヤツか?

俺はマイルームに帰りマイディナーを食べてからじっくり考えてみた。


まず、暗ブタパパから相談を受けたことは言えない。

マスター達が知ってることも言えない。

でも暗ブタが今度大金を渡す前にとめなければならない。俺がどうやってそれを知ったことにするか、そうだ!この前来た時、すぐ後ろの席に座ってて偶然聞いたことにしよう。よし、じゃあ、いつ言うか?明日は仕事山積みで2時には終われねーし、昼休みずらしても一時間しか居られねーし、やっぱり夕方しかないな。

なら、明日はまだ大金を渡さないよう暗ブタパパに伝えなきゃ。

そう思ってすぐに電話して伝えたが、まだ渡してあげたいような言い方だった。

優が困るんじゃないかとか、もう引き受けてるんじゃないかとか目先の心配ばかりしている。

本当に腫れ物だな。父親として、娘がそのうち気づいてくれると信じてるのかも知れないが、このままじゃ気付く前にアイツは壊れてしまう。

俺は暗ブタにLINEを入れた。


「大切な話があるんだけど、明日の5時過ぎに "ダークブラウン" で会えませんか?

みんなには内緒で」


って…。

なんか誤解されそうだなぁ、でも告白ではありませんなんて、聞かれてもないのに送るのも失礼だろう。

まあ、いいや、なんか玲さんがキティちゃんのメモにあんな書き方するしかなかった気持ちがよく解るよ。

暫くして、暗ブタから返信があった。


「わかりました^_^」


だけ。

だろうな、あの性格で今教えてほしいとか気になって眠れませんとか言うはずないよな。悪いけど今晩は悩んでくれ、そして少しは察してくれ。

俺はなんか焦っている。果たして明日うまく説得することが出来るのか?感情的にならず、暗ブタの言い分を聞いてからその気持ちも解るが、こんなことをしてたらダメだってことを伝えなきゃいけないな。

暗ブタが床に取り憑かれてたらどうしよう、いや、その方が説得しやすい。暗い女にじっと見つめられたり泣かれたりしたら、たまったもんじゃない。

どうか目を合わせないでくれ。


不安は尽きないが、満天の星を眺めながら眠りにつくことにした。

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