第5話 俺に相談事ってか⁉︎

12月10日木曜日、天気はいいが空気が凄く冷たい。

マフラーを探していたら、少し着くのが遅くなってしまった。

カランコロンを開けると、やっぱりみんなもう揃っていた。


「おはようございます。マフラーを出してたら少し遅くなってしまって。

みんな何注文したんですか?」


植木がご機嫌で答えた。


「僕と優ちゃんはパンケーキ、鳥居さんご夫女婦はバタートースト」


顔馴染みの店員さんもいつも通りにっこり微笑んでくれた。


「じゃあ、僕はホットサンドとブルーベリーヨーグルトお願いします。あ、コーヒーはLサイズで」


植木がすかさず言った。


「あ、僕もブルーベリーヨーグルト、優ちゃんもいる?」


「あ、私はいいです」


なんだよ、早くもカップルみたいじゃないか。あんまり馴れ馴れしくしてたら引かれるのに、解ってねーな。


今日はおばさんが亡くなった息子さんの話をし始めた。

植木は昨日の注意事項が効いたのか、親身になって聞いていた。

息子さんはとても優しい性格で職場でも急に休んだ人の分まで仕事を引き受けていたらしい。

でもそのせいで居眠り運転をして電信柱に激突したと言うことだ。

運転を代わって貰ったという同僚がお通夜で号泣しながら土下座して謝っていたが、その後ろ姿に向けておばさんが「あなたのせいよ!」と怒鳴ってしまったそうだ。

そして、次の日、同僚は練炭自殺を図った。でも、発見が早く一命は取り留めたが、後遺症が残ったという重い話だ。

だが、おばさんは吹っ切れたような笑顔で話している。


「私はまだ練炭自殺を図った人のお見舞いには行ってないの。今行ったらもっと酷いことを言いそうで。"あなたは生きてて良かったわね" とか。でもいつか行きたいとは思ってるんだけどね。"あなたが幸せな人生を歩いてくれた方が裕一も喜びます" って心から言えるようになったらね」


黙々と食べていたおじさんがポツリと言った。


「このバタートースト本当に美味しいよ。冷めないうちに食べたら?」


暗ブタは喋らないからもう食べ終えて床に取り憑かれたままコーヒーを味わっている。

植木はおばさんに何か声をかけてあげたいようだが、内容が重すぎて何も言えなくなっている。

全員モーニングセットを食べ終えたころ、おばさんがみんなにお正月の予定を聞いてきた。


「僕は何にもありません!」


植木が暗ブタの方を向いてそう言ったが、暗ブタは床に取り憑かれているから何の反応も示さない。

俺も言わなくちゃいけないだろうな、何の予定もないけど。


「僕は実家でゴロゴロ充電して来ます」


暗ブタもモジモジと話し始めた。


「私も実家で用事があって…」


結局みんなお正月はバラバラで年明けは10日水曜日からまた会おうと言うことになった。

と言っても、まだ今年もあと20日ほどあるけど。

いつも通り8時45分に店を出て仕事に向かった。

今日の帰りは寄ろうか寄るまいか決め兼ねていたが、夕方になるともう足が向いていた。


カランコロンを開けると、夕方なのに珍しく髭のマスターもカウンターの中に居た。


いつもの店員がいつも通り、いや違う!何か言いたそうな表情で注文を聞きに来た。

横目で俺の様子を伺うような感じだ。


「いつものお願いします」


「はい、かしこまりました」


そう言ってチラッと俺の方を見た。

ん?なんだ?俺の思い過ごしか?まあ、いいや。

テーブルの隅っこにある多肉植物の花は二つ枯れて二つ咲き、蕾もまだ二つあった。

十分ほどしていつものマンデリンが来た。

店員は何か含みがあるような丁寧な置き方をしている。


「これ、読んで下さい。」


そう言って、キティちゃんのメモ用紙に何か書いた物を置いて行った。

なんだ、なんだ?俺は本当にビックリした。まさか俺のことを⁈いや、そんな訳ないだろ、とてもそんな風には見えない。

なんて書いてんだろ。

ピンク色の可愛いキティちゃんのメモ用紙の真ん中に丸っこいちっちゃい字で、


「大事なお話があります。

明日の夕方30分ほどお時間を下さい。

コーヒーご馳走します」


大事な話?俺に?どういうことだ?


俺は「今すぐ教えてくれ〜!」と叫びたかったが、できるだけ爽やかな表情で


「わかりました」


とだけ言って帰って来た。

"大事なお話" が頭の中をすっかり占領してしまってそのままコンビニを通り過ぎてしまった。

かあさんが作ってくれた惣菜がまだ残ってたので、パックのまま箸をつけた。


俺の頭の中は妄想と否定を繰り返している。

12時近くまで散々悩んだ挙げ句、少し冷静になって出した答えはこうだ。

大事な話というのは告白ではない。

内容は全く見当もつかないが、

あの店員も俺が勘違いするかも知れないと解っているはずだ。

そう思うとなんだか無性に腹が立ってきた。明日聞いて大した話じゃなかったら嫌味の一つも言ってやろう。

とにかくもう忘れよう。

俺はアルコール度数強めのビールをかっくらって照明を全部消しブラインドを開け、星を眺めながら眠りに着いた。


次の日12月11日金曜日、少し寝不足だったが、昨日の妄想はもう吹っ切れている。

昨日の夕方、俺にこっそりメモを渡したってことはおばさん達には内緒にした方がいいってことなんだろうな。

まあ、黙っててやるか。

今朝はみんながだいたい同じくらいに着いた。

いつもの店員は昨日のことなど知りませんみたいな普通の表情で注文を取りに来た。

みんなももう気を使わなくなってきたのか、モーニングセットの内容もバラバラだ。植木は暗ブタと同じセットにしたかったようだが、暗ブタの方が植木と違うセットを後から頼んだので叶わなくなってしまった。

暗ブタと一緒のセットにしたそうな植木の顔が笑える。

今日はみんなが好きなスウィーツは何かで盛り上がった。

植木はスナック菓子専門のくせに暗ブタがチーズケーキと言うと、すかさず


「あ、チーズケーキなら僕も好きです」


植木よ、自分というものはないのか…


鳥居夫妻は仲良く二人とも大福餅、俺も本当はしっとりしたチーズケーキと言いたかったんだが、植木に睨まれそうだから二番目に好きな生クリームのたっぷり乗ったプリンアラモードにした。

チーズケーキならここでも食べられる。

スウィーツの話をたっぷりしたあと、駐車場でそれぞれ別れた。

別れたとたん、店員の"大事な話"が気になり始めた。

俺にだけって事は俺の事なんだよな。俺の話で告る以外に何がある?解んねーなぁ。

仕事はパソコン相手にプログラミングをするのが主で、解らないところは親切な上司が教えてくれる。まあ、今では殆ど自分で出来るから信頼も厚いと思うけど。


夕方俺はドキドキしながら "ダークブラウン" に向かった。

告られるような妄想はもうしてないが、見当が付かないだけに不気味でしょうがない。


恐る恐るカランコロンを開けるといつもの店員がやって来た。


「昨日は失礼しました。

ビックリしたでしょう?

一言で言える問題じゃないんです。

ちょっと待ってね、パパ呼んで来るから」


パパ⁈どうしてお前のパパが⁈一言で言える問題じゃないって何?俺は何もしてないぞ!

それにお前のパパなんて見たこともないのに!

理解不能で頭が真っ白になってるところへ髭のマスターがマンデリンを持ってやって来た。店員も小走りでやって来て


「パパから話してあげて」


とマスターに言った。

あ、親子だったんだ!なんだ、そうか。なんだか、少しホッとした。


「実はね、最近よく朝一緒においでる女性とご夫婦のことなんですが。結論から言うとね、彼女があの夫婦に騙されてるんじゃないかと心配してるんです。

というのも先日女性の方が紙袋に入った大金のようなものをおばさんに手渡してるのが見えたんですよ。

まだその上ね、昨日の午後は息子さんのような方も来てて、また分厚い封筒を手渡してたんです。どう考えてもおかしいでしょ」


それはおかし過ぎる!なんだ、それ?おばさんに大金を渡す?

おばさんにお金を借りたって言うのは以前聞いたことがあるけど、暗ブタが大金を渡すってどう言うことだ?

それに息子さんにも?

また男に騙されたのか?

いやおばさんと一緒ならそれはないだろう。長男は亡くなってるから次男ってことか?

実家が裕福だから金貸しでもしてるのか?

そんな風には見えないなあ。

マスターは続けた。


「今日も来るかなと思ったんですけど来ませんでしたね。

ご夫婦は一か月ほど前から彼女と一緒に午後時々お見えになってたんですが、息子さんらしき人は昨日初めてお見えになりましたね。彼女からお金を受け取ると、さっさと帰られましたよ。

それでね、そのあと、旦那さんの方がなんか涙ぐんでるように見えたんです。私も娘もちょっと心配になりましてね。

以前、彼女達が来た時にね、貴方に助けられたって言う話がチラッと聞こえて来たものですから娘と話してちょっとあなたに相談してみようってことになったんです」


そうか、そう言うことだったのか、それは一言では言えないよな。

でもいったいどうなってるんだ?おばさんもおじさんも悪い人には見えないんだけどなあ。

それに朝会った時は全くそんな話出ないし。

店員が、いや、娘さんが用事を済ませてこちらに来た。


「それでね、佐藤さんが仕事を少し抜けられるようでしたら今度三人がおいでた時に偶然を装って来て欲しいのね。

脅されてるような感じではないから、多分何か騙されているんじゃないかと思うの。2回だけだとしてもあれだけ分厚い封筒だと、100万円ずつはあると思うんです。ちょっと心配じゃない?」


確かに暗ブタはちょっと心配だ。

4回も女に騙された俺が言うのもおかしいが、なんか懲りてるような気がしない。

それに男に騙されるのとはまたちょっと違うしな。

人の良さそうなおばさん達に騙されてるとすれば男に騙されるよりまだタチが悪いぞ。

暗ブタは男どころか、人間そのものが信じられなくなってしまう。

やっぱりこのままにはしとけないな。

仕事は昼休みをずらせばいいだけだから明日来てみよう。

娘さんが心配そうにしてるので言っておいた。


「明日は土曜日だから仕事も早く終われるので、取り敢えず2時ころ来てみますね。

もし、もっと早くみんなが来たら携帯に連絡ください」


娘さんも少しホッとしたようだった。

お互い電話番号とLINEを交換した。

娘さんの名前は相田玲、マスターは相田源八郎。

源八郎と聞いてマスターの容姿と名前のギャップに吹き出しそうになったが、なんとか堪えた。そんな俺を見て玲さんがすかさず言った。


「笑っていいのよ。みんな見た目とのギャップに吹き出すんだから。

ゲンさんて呼んであげて」


それはまだ無理です。

マスターと呼ばせて頂きます。

その日の帰りはしっかりコンビニに寄ってディナーのおかすを買って行った。


昨日みたいにドキドキはしてないが、なんだかとても嫌な気分だった。

暗ブタに優しくしてくれたおばさん達の明るさが偽物だったような気がして辛かった。でもまだそうと決まった訳でもない。

世の中想像もつかないことはいくらでもある。

まだおばさん達を疑うのはよそう。

植木に相談しようかとも思ったが多分ギャアギャア騒ぎ立てるからやめておくことにした。

そうだ!こんなのはどうだろう。年賀状を出したいからと言って住所を聞く。

詐欺師だったらアッサリ住所を教えたりしないだろう?


その夜、俺はとても嫌な夢を見た。


あんなに感じの良かった鳥居夫妻が俺に追求されて詐欺がバレた途端、暗ブタを攻め始めたのだ、騙される方が悪いと。


不安になって暗ブタの方を振り返ると、またブタのように道路に横たわっていた。

そして前から来たトラックに轢かれてしまったのだ。

俺は自分の叫び声で目が覚めたが、トラックに轢かれるブタのように横たわったアイツの姿が暫く頭から離れなかった。


ああ、疲れが取れないなあ。


窓の外に星は見えない…

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