第4話 ああ!植木まで!

12月7日月曜日、今日は和食のモーニングセットにしてみよう。

八時ちょうど、カランコロンを押すとうーん、いい香り。


奥の席でおばさんが手を振っていた。

もれなく暗ブタも居る。

おばさんは朝から生き生きしている。


「気を使わせたら行けないから先に注文しちゃったわね。」


当然の事ながら俺が座れる席は暗ブタの横だけだ。


「すみません、失礼します。あ、僕は和食のモーニングセットお願いします。コーヒーはLサイズで」


顔馴染みの定員がにっこり笑ってから深々と頭をさげた。

多分この店員は、俺が結婚する相手の家族と仲良くできて良かったですね〜とか思ってる。

いいえ!全く違います!そう言う間柄では全くありません。残念でした!

おばさん達はサンドウィッチのモーニングを俺は和食のモーニングを半分食べ終わったころ、カランコロンが壊れそうなほど激しくガラガラン!ゴロゴロン!と鳴った。

店員も客も一斉に振り向いた。もしかして、いや多分、やっぱりそうだ!

植木だ。


「うおー、良かった、間に合った。あ、僕もモーニングセット、普通のトーストセットでいいから、ブレンドコーヒーで!」


カウンターの方に向かって叫びながらこっちに来てる。誰もいないのに。と思ったらどこからともなく


「かしこまりましたぁ」


とマスターの声が聞こえた。


ああ、こいつを誘うんじゃなかったと今更ながら後悔をした。

席がないのに、隣りのテーブルの椅子をひょいと取って来て、みんなの真ん中に座った。


「はじめまして。僕は佐藤の同級生で植木と言います。

みんなで楽しくモーニングをしてるって聞いたものですから独身の僕も是非ご一緒したいなと思いまして」


やめろ!脚色するな!成り行きでこうなったと言ったろうが!ああ、先が恐ろしい。

おばさん、おじさん、暗ブタまでが呆気に取られている。

どうにかコイツを黙らせたい。


「みんなもうすぐ食べ終わるからお前一人でゆっくり食べて帰れよ」


「そんなぁ、朝に弱い僕がみなさんに会いたくて必死で起きたのに〜」


おばさんは嬉しそうだ。


「そうよ、せっかく来てくださったんですもの、一緒にお話ししましょ。

コーヒーもまだ半分残ってるし、時間も私達はまだまだ大丈夫よ。

浩ちゃんも8時45分まで大丈夫なんでしょ?まだ20分もあるじゃない」


植木は "浩ちゃん" を聞き逃さなかった。


「 "浩ちゃん" いいなぁ、僕は誠だから "まこちゃん" でいいです」


もう止めてくれ!何がまこちゃんだ!

頼むからそれ以上喋らないでくれ!

ああ、おばさんは一段と嬉しそうだ。


「まあ、楽しいお友達ね。

じゃあ、遠慮なくまこちゃんと呼ばせてもらいますね。

まこちゃんちもお近くなんですか?」


「はい、すぐそこのヒフティマンションに住んでます。」


暗ブタが異様に反応した。


「あ、私と同じです。私は二階なんですけど…」


植木は完全に暗ブタに興味を示している。


「僕は四階なんです!

あー、でも一度もお会いした事ないですよね」


おばさんも話に加って来る。


「あら、でも知らないうちにすれ違ってたかも知れないわよ」


床に取り憑かれている暗ブタは全く気付いていないが、植木はずっと暗ブタを見ている。


「こんな可愛い女性が居たら絶対気づいてますよ」


暗ブタは固まった。

植木よ、頼むからもう喋らないでくれ。

やっと植木のモーニングセットが来た。

これで静かになるかと思いきや、まともに噛まずに飲み込んでは喋り続けている。

どうやら暗ブタは植木のタイプだったみたいだ。

ひとつ解ったことがある。

多分コイツは明日からも来るだろうな。

植木も40分には食べ終わったので45分にみんなで店を出た。

植木はおばさんに言った。


「明日は遅れずに来ますからまたご一緒して下さいね。」


おばさんはすごく嬉しそうだ。


「ええ、是非!」


植木は暗ブタの方をチラッと見たが、地面のセメントに取り憑かれている暗ブタは何の反応も示さない。


なんだか朝からホトホト疲れてしまった。

やっぱり帰り一人で "ダークブラウン" に行こう。

夕方、平和な日常に戻って "ダークブラウン" に寄り、マイルームに帰ってディナーを食べ始めた時だった。

インターホンがなったので玄関に行くと、ああ、植木だ。

平日に来たことないのに、なんで来るんだよ、しかも月曜日から。

まあ、理由は解ってる。暗ブタだ。

ビールとつまみを八人分くらい買ってる。

長居する気満々じゃねーか。

一度会っただけの暗ブタへの妄想話を散々聞かされたあと、明日寝坊したら行けないからと11時そそくさと帰って行った。

俺はその日相当気疲れしてたのか、ぐっすり眠ることができた。


次の日12月8日火曜日、今朝も気持ち良く目が覚めた。

今日は何のモーニングセットにしようかなと思いながら、カーテンを開けるのが朝の楽しみになってしまった。


俺が8時ちょうどに "ダークブラウン" に着くとみんなもう揃っていた。

いつも俺が座っている席ではなく、真ん中の六人掛けのテーブルだ。

このテーブルの上には多肉植物が寄せ植えされた金魚鉢のようなものがおいてある。おしゃれでカッコいいが俺はやっぱりいつもの席の小さな多肉植物の方が好きだ。


いつもの店員が何か言いたげな表情で注文を聞きに来た。

ライバル出現ですかぁ?

とか思ってるだろう。

まあいい、俺はもうどうでもいいんだ。

モーニングセットに集中しよう。「パンケーキのモーニングセットお願いします」


店員にすかさず突っ込まれた。


「コーヒーはMサイズでよろしいですか?」

そうだ、それを忘れてた。

なんか悔しいなぁ。


「あ、コーヒーはLサイズでお願いします」


おばさんとおじさんもニコニコしている。

植木は暗ブタを見ている。

暗ブタは床に取り憑かれている。

おばさんは興味津々に聞いて来た。


「もうすぐクリスマスですけど、若い人は楽しくパーティーなんかするんでしょうね」


植木はすかさず答えた。


「それがさ、聞いてくださいよ。

同級生4人でつるんでたんですけど、結婚を機に1人抜け2人ぬけで今はほぼ佐藤と2人きりです。

パーティーの予定もないし」


それがどうした。

俺はリア充だ。

焦って女を探すとろくな事がない。

おばさんがまた口を挟んで来た。


「じゃあ、貴方達3人ですればいいじゃない」


やめてくれ!


「あ、僕は仕事かも知れないんで約束はできないですね」


暗ブタもすかさず言った。


「わたしも多分仕事です」


植木が残念そうに言う。


「優ちゃん、なんのお仕事してるんですか?」


「わたし、父の仕事を手伝ってるんです。事務をしたり、雑用をしたりで月末とか年末とか忙しくて…」


おばさんが優しくフォローした。


「優ちゃんのお父さんはマンションと運送会社を経営してるんですって。

お母様が亡くなってからはずっとお父様と一緒にお仕事してるんでしょう?」


「あ、いえ。一緒にしてる訳ではなくて、私のしてる仕事は事務と雑用だけなんです」


暗ブタが床に取り憑かれているものだから、

植木が身を乗り出して来た。


「お父さんは嬉しいでしょうね、優ちゃんに仕事を手伝ってもらえて。

兄弟はいないんですか?」


暗ブタはコーヒーを飲むついでにチラッと植木の方を見た。


「大学生の弟がいます。

私と違って優秀なので、卒業したら父の仕事を継ぐと思うんですけど…」


植木がなぜか嬉しそうに言った。


「じゃあ、優さんが結婚したとしても弟さんが居るから全く心配はないんですね。

あー、良かったですね」

暗ブタは床に取り憑かれたまま何の反応も示さない。

そりゃそうだろ。この前男に二百万円も騙しとられたばかりだもんな。

まあ、四回も女に騙された俺が言うのもおかしいけど。

どうせ、父親に泣きついて払ってもらったんだろう。

今朝もほぼ植木のおしゃべりで終わってしまった。

おばさんもたまには息子さんの話をしたいだろうに。

今度植木に注意しとこう。


次の日12月9日水曜日、朝7時におばさんからラインが来た。

今日は用が出来てこられないとのこと。もちろん暗ブタも。

植木に伝えようか?いや、ちょうどいい。

植木に幾つか注意事項を言っておこう。

8時ちょうどにカランコロンを押すと、真ん中の六人掛けに植木がポツンと座っていた。

なんか笑える。

このまま俺もこっそり帰ってみたい衝動にかられたが、注意事項もあるし、声をかけてみた。


「おはよ。今日は三人とも来られないんだって。

二人だけだから隅のボックスに行こうよ」


「ええー、なんでだよー。

俺、昨日優ちゃんにいろいろ聞きすぎたかなぁって反省してたんだけど」


「いや、植木のせいじゃないんだ。

おばさんが来られなくなったから優ちゃんももれなく来ないって訳」


俺は植木におばさんの心情や暗ブタの心のキズ、俺が絶対秘密にしておいて欲しい事などをしっかりと伝えておいた。

特に俺の秘密である女に騙された事だけは口が裂けても言わないでくれと。もし、言ったらお前の恋路の邪魔をするからなと。

多分これで大丈夫だろう。

ああ、ほっとした。

バタートーストもこんがりしっとり美味しいけど、パンケーキもフワフワでバニラのいい香りがして最高だな。

でもやっぱり仕事帰りにゆっくりマンデリンを味わえるのが一番だ。

結局毎日のように夕方も"ダークブラウン"に来ている。

グリーンが多いこのお店は朝と夕方で全く雰囲気が違う。

朝はグリーンが爽やかに光り輝いて若葉に包まれているような気分になる。

でも俺はやっぱり夕日を受けて佇んでいるこのカフェが好きだ。

今日も顔馴染みの店員がにっこり微笑みながら注文を聞きに来てくれる。

はずなのに、ん?微笑んでいない。

物静かだ。どうしたんだろう、腹でも痛いのか?

まあ、いいや、そんな時もあるだろう。

多肉植物は可愛いきれいなオレンジ色の花を付けていた。それも四つに増えている。

今日は夕方なのに珍しく髭のマスターも居る。

二人とも神妙な顔をしている。何か不幸でもあったのかもな。

今日は少し早めに帰ってあげよう。

いつものコンビニに寄って惣菜を選ぶのも仕事帰りの楽しみの一つだ。

牛丼か豚丼かで迷ってしまう

。思い出してみよう。牛丼は少し甘かったような?豚丼は生姜が効いてかなり美味しかった気がする。

結局豚丼とマカロニサラダとワカメの味噌汁にした。

マイルームに帰り着いてからスマホを確認すると、おばさんからラインが入っていた。


今日はゴメンナサイ、明日は三人で行きますね。モーニングセット楽しみにしてまーす(飛び出すスタンプ付き)


気が効く俺は植木にも知らせてやった。

今日は植木に注意事項もたっぷり言えたから安心できたのか、ぐっすり眠れそうだ。

 

ちょっと寒いけど、プラインドを開けて星を眺めながら眠りについた。

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