第5話

 奴と私の関係は暫く、まだ未熟な青い果実のようなものでした。互いに恋も相手のこともわかりませんでしたから、触れるたびにその酸味にあてられながらも、いずれ熟れた先のその甘味に浸かれることを夢見ていました。


 クリスマスの日、特段用事のない私はただ自堕落に過ごしていました。奴からの何らかのアプローチがあるかと内心期待していましたが、クリスマスの話題となると奴はいつも口籠もり、何か言いたいのかはぐらかしたいのかわからないじれったい様子でした。奴の態度に内心苛立ちを感じた私は、ちょっとした嫌がらせで、敬虔なクリスチャンのように、聖夜の話題はとんと奴に向けませんでした。


 さて、八畳もない簡素な空間と、白雪の落ちる音が煩わしい時間を持て余した私は、ついに痺れを切らして奴に連絡をしました。とびっきり意地を張ってやるつもりでした。如何にも暇を持て余したように、決して媚びず芯をもった声で。相手の応答を優雅に待ち、しなやかに言葉を交わすつもりでした。

 しかし、このうぶな娘の企みは早々と頓挫しました。


 コール音が二回も繰り返す前に奴は出て、「安城さん!」とさも喜びと興奮が弾けた声で応えました。奴の声は、私にいたいけな仔犬のような姿をありありと想像させ、少女崩れの生娘きむすめとしての姿を晒させました。


 奴への愛情と羞恥心で頭を掻き乱された私は、品のない間と時折上擦うわずった声であべこべに会話を進め、奴と駅前で落ち会う約束をしました。奴はそんな気も知らずに珍しく快活な声色で細かい相槌を打っていました。


 互いに果実の熟した日だったのでしょう。奴との最初で最後の聖夜は、溶けるほどの甘さに包まれました。イルミネーションだけが瞬く夜更けの冬空でしたが、別れの口づけからは、心なしかホワイトチョコレートの味がして、閉じた瞼の向こうに暖かい春の花園がみえました。

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