おまけ
夕日の照らす県道を、二人で歩いていた。あれだけ言葉に詰まっていたのが嘘みたいに、話したいことが溢れてくる。奈槻の家への道すがら、二人の間に言葉が尽きることはない。
「あたしね、ギャルって言われるけど、その自覚ないんだよ」
それは奈槻の言葉。
「あたしはただ、自分に素直でいたいだけなんだ。自分の好きな格好をして、自分の好きなものを大切にして、自分の嫌いなものからは一歩距離を置いて遠くから眺める。この格好は純粋にあたしがカッコいいと思うから、可愛いと思うからしてるだけなんだよ」
「へぇ、いいじゃん。似合ってる」
「えへへ、ありがと」
はにかむ奈槻。幹人がそっと手を握る。
「それで?」
「……うん」
前置きであることをしっかりと見抜いてくれた幹人に感謝しつつ、奈槻は言葉を選ぶ。
「あたしの両親はあんまり仲が良くなくてさ。すーぐケンカするんだよ。お互いに言葉足らずで、お前そんなこと言ってないじゃないか、それぐらい言わなくても分かるでしょって。それが嫌になって校庭眺めてたのが中一の時。みきとくんに言ってた、嫌なことっていうのがそれ」
「……大事な人同士がケンカしてるのは、つらいよね」
「うん……。外から見てれば分かるんだよ、お互いに言葉が足りてないなって。だからあたしは素直でいようと思った。まぁ、結局あたしもあの二人のこどもでしかなかったんだけど……」
あのときと同じ瞳の揺れ。奈槻は両手を握り込む。その背中にふわりとかかる、幹人の体重。顔の横で、幹人が笑う。
「いいじゃん! 1ミリも似てるところがないよりマシだよ! それに何回すれ違ったって、最後にオレたちが笑い合えたらそれで充分。そうだろ?」
それに。
「奈槻さんはきちんと幸せを見つけられる人だと思うよ」
どこにも嘘のない、相変わらずの幹人の言葉。心からの信頼に、肩を抱く掌の温かさに、救われてしまう単純な自分。すべてが可笑しく思えた。
「ふふっ、みきとくんもね!」
その温かさに勇気をもらって。真っ直ぐな瞳を覗きながら、緊張に詰まる息を無理矢理飲み下して。
「……言うね。あたしはあなたの優しさに甘えたい。あたしに言葉が足りないとしても、早合点せずに突っ込んできてほしい。思ってることを二人で分かち合えるまで、根気よく付き合ってほしい。あたしはあの二人みたいに、毎日ケンカするのはいや」
「わかった。きちんと質問するね」
真面目な顔で言い切る幹人。すぐに、その相好が崩れる。
「……まぁ、そんな約束、必要ないと思うけどね! 僕は奈槻さんに見えてる世界を見てみたいから。普通なら見過ごしちゃう校庭の人生を見つけ出した奈槻さんだから、もっともっといろんな幸せを見つけ出してると思うんだよ」
「えへへ、あたしも、みきとくんの子供みたいに素直な感性、一発で惚れちゃったんだよ?」
「えへへ、ありがとう。幸せにするから、なんでも言ってね」
「うん。約束する」
身体を離す。二人の指が絡まった。
畑の向こうに、真っ赤な夕日が沈んでいた。
「その、さ。これはオレのわがままみたいなものなんだけど」
「? どうかしたの?」
「これから『奈槻』って、呼んでいいかな」
夕日の色で、幹人の顔色は見えない。それでも声がうわずっていた。その真っ直ぐな眼差しに、奈槻は自分の心臓が跳ねるのを自覚してしまう。
「わ、わかったよ、みきと……」
「おぉぉ……。ありがとう、奈槻」
一目惚れの次の日。告白して、受け入れられて。美術の先生に怒られた後、さらに部活まできっちりと終わらせた後。その日の帰り道、なんでもない日常の一幕。
チャイム 竜堂 酔仙 @gentian-dra
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