第11話 (悲恋編)シオリの懇願とお腹の父

シオリが梢を訪ねたのは、秋も大分深まった時期だった。梢は大学卒業後、都内の公立高校で保険医をしていて、同じように、シオリも鎌倉の女子高の語学の担当の教師をしていた。そんな職業的な繋がりもあって、ここ一-二年新米教師同士の交流のような意味で、二人はよく会っていた。

「珍しいわね、シオリが私のアパートに来るなんて?」

「うん、人には聞かれたくない話もあるから…」梢と健司の仲は今も続いて、健司の海外赴任の前夜や帰国後の夜などは、恐らく何度と無く梢の部屋に居るであろう健司の痕跡を見るのをシオリは嫌っていた。

「妊娠したの。」シオリのその一言で、梢は一瞬にして全ての事態が見えるような気がした。

「ええ、健司の子?」

「分からない…」

「分からないって、まさかあなた…」

「二人にされたから、私は意識が無くなっていて後のことは分からないの。」

「それって、二人に犯されたてこと。」

「私の意識からすれば、そう言うことかもしれない。少なくとも私が望んだ事では無いから。」

シオリは夏の事件のことを冷静に梢に聞かせてから、

「本当はその時にもっと大事なことを話さなきゃいけなかったの。」

「大事なこと?」

「そう、私の体のことよ。その事を話すまえに襲われたから…」

シオリは自分の体に巣食った病魔について、再び淡々と話し始めていた。話が進むさなか梢の苛立ちが増してくるのが手にとるように分かった。

「あの二人を此処へ連れてきてぶん殴ってやりたいわ。」

「ふふ、それは私も同感だわ。」シオリの笑顔で二人の緊張の糸がぷつりと切れて、梢がやっと冷静になって、紅茶を入れてくれた。クッキーを食べながら梢は

「私にその子の面倒を見ろって事ね。しかも、健司と結婚して。」

「とんでもなく、厚かましいお願いであることは分かっているけど、あなたしか頼めないの。でも、後は競争なのよ、この子が生まれるのが早いか、私が死ぬのが早いかの。」

「あなた、この状況が分かってる。恋敵の女が、その彼氏の子供が出来たから面倒みろって、しかも自分はさっさと死んじゃうから宜しくって、シオリはカッコウの親みたいな立場だよ。とんでもない地獄絵図だよ。」

「分かってるわ。今にして思えば、梢とはもっと早くから知り合っていれば良かったと思う。そうすれば、あんな変態兄達に弄(もてあそ)ばれずに済んだかもしれないな。」

「何をいつてるのよ、自分だって楽しんでたくせに。せめて、高校のときにでも打ち明けてくれていたら、まだ救いようがあったかもしれないけどね。高二の夏、皆であの家で合宿見たいな事したでしょ、あの時一寸変だなと思ったのよ。私が近づくと健司はやけにそわそわしてさ、始めは私に気があるのかと思ってたけど、要するにシオリを意識してただけじゃないの?」

「そんなことないよ。兄達は私以外の女の子にはとっても初心でシャイなんだから、本当に梢のこと好きだったんだと思うよ。」

「まあーあいいわ、そのうちゆっくりと聞き出すから、あなたの事を使って健司とは絶対に結婚してやるから。毒食らわば皿までだから、恐喝のネタになるような事実を話して頂戴。出来れば動かぬ証拠みたいなものがあるといいわね。まあ、子供が生まれれば、有無を言わせないけどね。ともかく、あなたの遺言は受け取ったわ、私なりに最善を尽くすから…」

「有難う…私、命かけてこの子産むから…」

二人の会話がふと途切れた後、シオリは呟く様に言った。

「まだ、死にたくないな。」

梢は、その言葉に対してどうゆう反応を示せばいいか迷ったが

「本当なら、慰めの言葉でも掛けてやるべきなのでしょうが、あえてそうわしないわ!あなたは、私の恋敵なんだからね。健司は、今は私の彼氏なんだからね。私にとってあなたが消えてくれることは好都合なのよ。」

「そうね、私は健司とは別れた仲だし。」とシオリは寂しそうに言ってから

席を立った。梢は、アパートを出ていくシオリを見送りなが、怒りとも嫉妬とも言えぬ深い感情に包まれていた。

その事件が有ってから、半年程の事だった。突然シオリから誠司に連絡があり、直ぐに来るようにとの一方的な内容で電話を切られていた。誠司としては、合わせる顔は無かったが、すでに海外に赴任してしまった健司の分も含め、誤るつもりで鎌倉に帰った。本家に帰るとシオリは入院しているとの事を父から聞いて、病院へ向かった。誠司は、シオリの居場所を聞いてから、状況が掴めないままその病室に入った。病室は二人部屋で有ったがシオリ一人で、ちょうど検温か何かの時間らしく看護士が作業していた。シオリは誠司の顔を見るや罵声を浴びせた。

「今まで何してたのよ!人を強姦しておいて後はほったらかしで、連絡もよこさないで!」側に居た看護士がビックりした顔で二人を見ていた。どう対応してよいか分からない誠司は、言葉も出せないまま立ち尽くしていた。やがて、看護士がばつが悪そうに、病室を出て行った後に、シオリは手招きをして誠司をベットの側まで呼んでから、誠司の顔を思い切り引っ叩いた。誠司が鼻血を出しているのを見て、ティシュでそれを拭きながら

「会いたかった、とっても。健司にも会いたい。一寸無理のようだけど。」そう言いながら、誠司の唇を奪うように深いキスをした。

「これ、健司の分もあるからね。」状況が摘めぬまま、懐かしいシオリの唇の感触と少し病院臭が混ざったシオリの香りに酔いしれていた。そこに座れという支持のように、指でベットの近くの丸椅子を示した。

「ああ、その前に、パパに合わせなきゃ。」シオリは、布団の上掛けを剥いで、誠司にお腹に耳を当てるように指示した。

「あんた、いやあんた達の子供よ。どっちだか分かんないんだ正直、二人で散々犯してくれたからね。」

「この子の責任を取って頂戴!当然のことだと思うけど。なんだか色々面倒なのよ、あんた達とは法律上兄と妹だからね。その辺の事、母や義父とうまく遣って、この子がちゃんと育てられる用にして頂戴、私、命掛けてこの子、産むから。」その時、シオリの目から大粒の涙がとめど無く落ちていた。

「な、なんだよ、命かけて生むって、どういう事だよ!」やっと我に返った気分で、誠司はこの病室での一連の出来事を頭のなかで整理していた。ほどなく、シオリの母の雪乃が遣ってきたので、シオリは

「母さん、面倒だから、母さんから説明してあげてくれる。」そういってから、枕に顔をうずめてしまった。

雪乃は、誠司を談話室まで連れて行き、近くの売店でお茶を買ってそれを誠司に渡すと話を始めた。

「あの子、ひどい事言ったでしょ?」

「ああ、でも俺たちの方がもっとひどいことしたから。」

「いずれそうなるじゃないかと思っていたのよ。あんた達仲良すぎたから。」

「認知はちゃんとしますから。」

「ええ、それも有るんだけどね、その前に…」雪乃は、うつむきながらこぼれる涙を拭いた。

「あの子、もう先が無いのよ。急性骨髄性白血病。あと半年もてばって…なのに、妊娠したのが分かると一切の治療を拒否して…今は、お腹の子供に悪くない最低限の薬を使ってるだけで、絶対に生むって言い張って聞かないのよ。」

「今何ヶ月ですか?」と聞いて、誠司はあの日以来の日々を思い起こしていた。

「六ヶ月かな、産めるかどうかぎりぎりの所、もう堕ろすにも堕ろせないので、医者も諦めちゃってるわ。」そんな雪乃の話を暫く聞いてから、再びしおりの部屋に戻ると、点滴をされたシオリがだるそうに寝ていた。

翌日誠司は朝早くから病院に遣って来ていた。看護士達の朝の定例処置が終わると直ぐに、シオリの部屋に顔を出した。

「早いじゃない。私の顔がそんなに見たいの。」シオリはだるそうな顔色で誠司に言った。

「ああ…どうだ具合は?」

「悪いに決まってるでしょ。ここがどんな病棟か知ってるでしょ。」そう言いながらも、誠司が来てくれていることが嬉しそうだった。

「今日の午後にでも、とりあえず京都に帰る。そして、大学院の方の休学手続きをしてくる。」

「休学? あんたちゃんと卒業してくれなきゃ困るんだからね、この子のために。」

「分かってるよ。卒業はちゃんとするし面倒を見られるように就職もするから、今はシオリの側に居たい、けりが付くまで。」

シオリは暫く黙っていたが、

「いいわ、その代わりこき使ってやるから、変態の犯罪者め!」悪態をつきながらも嬉しそうだった。

誠司は、昨夜遅く健司と連絡がついた話をして、出来るだけ早く帰るように手配するとのことをシオリに伝えた。

「無理するなって伝えておいて、なんだかあいつとはもう会えない気がするから。」シオリは布団から手を出して誠司の手を握ってから、

「さっき、看護婦に体拭いてもらったから、さっぱりした。そうだ、オッパイが大きくなったんだ、少しお乳も出るようになってきた。」そう言って、寝巻きの帯を緩め、胸を肌蹴ると

「どう、しゃぶって見る。こんなチャンス二度とないよ。誠司って左だっけか。」

「朝からいきなり刺激的なことするな。鼻血出ちゃいそうだ。」誠司は、周囲を窺ってから、シオリの乳首を口に含んだ、右手で左の乳房をかるくもむと、今までにない大きさの感触がそこに有った。

「味、ちゃんと覚えておいて、この子が生まれても、お乳上げられないかもしれないから、その時はあとで、教えてあげて頂戴、どんな味だったかって。」シオリは胸の中に納まった誠司の頭をなでていたが

「ああ、そうだ、聞いておかなきゃならない事があったんだ。」名残惜しそうな誠司の顔を両手で挟んでから

「どっちが先だったのよ。」

「はあ…」

「私を強姦した時、中に出しちゃったとき、どっちが先かってこと?」シオリは、誠司の顔を押しつぶすように訊いてきた。

「多分俺。」

「なんだか、また殴りたくなってきたけど、それじゃぁ誠司の子供ね。うーんでも分かんないか、それで、その後 何回したの、私、途中で意識なくなってたから、ああ、それって、別に気持ちいいからって訳じゃないよ。本当に貧血起こしてたんだから、病気のせいでさ。で、何回したんだ。」

「三回かな。」 

「ふーん、てことは、健司も同じだろう。」 

「多分…」

「六回もされたのか、一晩で、新記録だな。それで、三回とも出たのか?」

「たぶん出た。」

「じゃぁーどっちの子か分かんないわね。」シオリは少しがっかりしたような顔をしたが、

「その方がいいか、二人で責任とってもらえるからね。」

そうこうしているうちに、雪乃が着替えやら何やらを持って遣ってきた。ひとしきり、シオリの身の回りの世話をしてから

「まったく、げんきんな子ね、誠司さん来たとたんに、そんないい顔してる。一昨日までの死んじゃったような顔はどうしちゃったのよ。写真でも撮っておいて見せてやりたかったわ。やっぱり好きな人が側に居てくれるのが、あなたにとっては一番の薬なんじゃないの。」

シオリはなんやかんや反論したが、誠司が休学してシオリの側に付き添ってくれることを自慢げに母に話すと、雪乃は誠司を気づかってからお礼を言った。

その日の午前中は、医師との面談日だったので、雪乃と一緒に担当医のもとへ誠司も顔を出した。担当医は誠司の顔を見るなり、食いつきそうな表情で、近づいて

「君が、あの娘(こ)の子供の父親か?」不機嫌そうに訊いてきた。

「ええ、まあ。」曖昧な返事に腹を立てたのか

「何を考えてるんだ、末期癌患者を孕ませるとは!」

「はあ、すみません。でも知らなかったんです。病気のこと。」医師は呆れた表情で

「で、君は、どういう立場なんだ。」

「身内です。」

「だから、夫なのか婚約者か、まだ恋人なのか」医師は苛立ちそうに訊いた時、誠司がうっかり「兄です。」と口走ったとたん、

「馬鹿野郎!」と言って殴りかかりそうになってきた。慌てて雪乃が取り繕い、医師に事情を話して何とか怒りを納めたが

「前代未聞だぞ、あんたらの関係も、この状況も、終末医療施設に妊婦が居るなんて事がおかしいだろう。ここは、産婦人科じゃない。ましてや、出産までする気だぞ、あの頑固娘は。」相当に頭に血が上ったのか、机の上の冷めたお茶を飲み干すと

「今後のことを色々考えなければならん。このままで行くと母子共に危ない。あの頑固もんは、抗癌治療を受けようとしないからな、まあ、そういう患者も居たには居たが、最後は苦しんで死ぬ事になるぞ。そういう患者のうめき声をお前しらんだろう。そんな声は、他の患者にも悪影響なんだ。ここに居る患者は、先が短いいんだ、だからせめても安らかに、最後を終わらせてやりたい。それが医者の務めだろう。」

大学ではインターフェロンや遺伝子治療の研究をつづけている誠司にとって、そんなことは、十分、分かっていた。出来たら、今すぐにでも、そんな治療をシオリにほどこしてやりたかった。

京都に戻ってから、大学の担当教授との話し合いは少々難航した。結局、誠司は洗いざらい、今までの経緯を話すことに成ったが、幾つかの条件付きで、教授は承諾してくれた。さらに、シオリの担当医に連絡してくれるとの約束もしてくれた。結局、鎌倉に帰ってきたのは、三日後だった。本家に戻ると、車椅子に座ったシオリが居た。

「どうしたんだ。」

「追い出された。嘘、外泊許可貰った。また、海、見たいな。」

「うん、近くの海なら連れて行けるぞ。」

「うん、それでも良いよ。あ、それから、お風呂に一緒に入って、母だけじゃ私を支えきれないから。」と三日ぶりに見るシオリのやつれた顔を見ていられなくなり、車椅子の後ろに回った。誠司は、通りを超えた高台に、シオリを連れていき、夕方近くまで、久々に見る穏やかな鎌倉の海を二人して見ていた。

 夕食後、時間をかけて、入浴を済ましてから、シオリの部屋のベットにシオリを寝かしつけた。暫くぶりの外出と入浴の疲れも有ったのか、その時にシオリは寝入っていたが、夜中、声を掛けてきた。

「誠司」と声を掛けられ、傍らで寝ていた誠司は、何かの処置を頼まれるのかと思い直ぐに目を覚ました。

「誠司、して。」とシオリが言ってきたので、最初何の事か判断できなかったが、シオリが手を伸ばして来たので、シオリを起こすと

「してちょうだい。私の意識がはっきりしている時期に。」そう言って、乳房と大きくなったお腹の間に、誠司の顔を埋めていた。

誠司はシオリに負担が掛からないよう、可能な体位で情交したが精射にまでは至らなかった。

「いいのか、最後まで行かなくって、もう大丈夫だよ、何しても。」

「シオリはこんな状況でセックスしても満足なのか?」

「まだ満足はしてないよ、誠司はどうなんだ?」

「お前のことを考えながら、こういう行為をしていても、精神的に落ち込むんだよ。それは、シオリを抱けて嬉しいけど、もうじきこの体が無くなってしまうことを考えるとたまらなく悲しいし、このままお前と一緒に死にたい気分だ。」

「今は、私がして欲しいんだ。これが最後になるかもしれないし、ともかく私を喜ばせることだけを考えて頂戴。元気の無い誠司なんて誠司らしくないからね。」そう言いながらもシオリは、誠司の心の中を見透かしているかのように、顔を優しく撫でていた。

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