第12話 (悲恋編)仇敵の来訪と車椅子のマリア

梢が病院のシオリを見舞いに来たのは、誠司が付き添いを初めてから二週間程経った良く晴れた冬の日だった。たまたま一人だった、シオリの部屋にひょっこり顔を出した梢は

「お久しぶり!東堂の実家を訪ねたら、こっちだて教えてくれたから…以外と元気そうね?」

「恋敵は早く死んでしまえってか、はは、でも来てくれて有り難う、嬉しいよ。」

「それだけ悪態がつけるなら、まだ大丈夫だね。ところで、その恋敵の元凶なんだけど、最近になってあたしとの結婚を承諾したのよ。」

「え、健司が?」

「悔しい?」

「私をこんな体にしておいて、わびにも来ないのに、今何処にいるの?」

「ジュネーブよ、国際会議の準備でとんでもなく急がしいみたい。」

「ふふふ、やっぱり肩持つんだ。」

「それはそうよ、未来の旦那だからね!」梢が言い終わると、二人して笑い出していた。

「多分、誠司が嗾けたんだと思うけど。」

「誠司さん、双子の弟の?」

「うん、今罪滅ぼしに私の付き添いを遣らせているのよ。大学院休学してね。」

「へえ、そうなんだ。」そんな話題の最中、誠司がタイミングが良いのか悪いのか、病室に入って来た。誠司の顔を見た二人が再び笑い出したのに、事態が把握できないまま立ち尽くした誠司に対して、梢が声をかけた。

「おひさしぶりです。高校の時以来ですかね?XX梢です。シオリとは同級生の、」

「ああ、梢さんて貴女のことだったんですか!」誠司が検討違いの返答をした後に

「ええ、おひさしぶりです。妻のためお見舞い頂、有難うございます。」

「妻?」梢が訊きなおすと

「うん、ここでは、そう言うことにしてるのよ。まあ嘘でも無いからね、内縁の妻みたいなもんでしょ。それに、下手に兄とか言ったら、変態がバレルし、この間なんか、私の担当医に殺されかけたのよ。お前妹に手を出したのかって。」シオリは自慢そうに、梢に話を聞かせていた。さすがに、ばつが悪くなったのか、誠司はシオリの身の回りの世話をすると、そそくさと出て行った。

「男って可愛そうでしょう、逃げられない事実を突きつけられると、途端に従順になるのよね。もっとも因果応報なんだけど、健司にもこれくらいの事やってもらいたかったけど、お仕置きは梢に任せるわね。」

「うん、その命しかと受け取ったわ。でも、流石に双子だけあってよく似てるわね、一瞬健司が帰ってきたのかと思っちゃったわ。もっとも、私の所じゃなくて最初にシオリの所に顔を出していたら殴ってやるけどね。」

「ふふふ、それ位したほうがいいわね。それと似てるの顔だけじゃないのよ。」

「え…」

「私は、二十年近くもあの双子のおもちゃにされてたんだからね、体の黒子の位置までそっくりなのよ、あいつら。後で、健司の弱点をたっぷり教えておくわ。私の変わりに、梢がいたぶってやりなさいよ。」

誠司が出て行った、病室で二人は再び笑い出していた。

「そう言えば、この春から私は鎌倉から転任になるのよ。」

「何処?」

「多分、都立高校だと思うけど、今までは母校の女子高だったから相談にくる相手もワンパターンだったけど、都立は男女共学だからそれなり刺激があるかもしれないわ。」

「ふーん、春か、私はもう教壇に立つのは無理ね。短い教員生活だったわ。」

「ところで、西郡さんとはどうなったの?」

「きっちり分かれたわ、全部話してね。それ以来、顔を合わせていないけど、多分こんな女の所には来たくないでしょうよ。」

「そうっか、良いカップルだと思ったんだけどな。」

「私だって、努力はしたのよ。変態の兄たちのことは忘れて、自分の人生を作り出そうってね。その矢先にお先真っ暗な病気だって分かった挙句、一人静かに短い余生を送ろうと思っていたら、馬鹿な兄たちに妊娠させられて、もう一仕事しなきゃ死ぬにも死ねない状況じゃない。」シオリは暫く窓の外を眺めてから

「変なお願いするけど、私の遺体はあいつらに渡さないでね。」

「え…」

「食い始めるかもしれないから、」

「ちょっと変な事いわないでよ。」

「ああ、ご免、冗談よ、でも遺骨位は盗まれるかもね、もしそんな所、見つけても怒らないであげてね。何しろ根っからの変態だから。」

「健司も、そうすると思う?」

「たぶんね。」

「なんだか気が滅入る話ね、未来の旦那が変態通り越して変質者だって言うのは。」

「ごめんね、変なこと言っちゃって、でも健司は、梢にとっては良い旦那になると思うよ。私以外の人間には、至って普通だから。いままで、変なことされたことなかったでしょう。」

「うん、まじめで、優柔不断、私のほうがどちらかと言えば引っ張ってる感じかな。」

「それ位の方がいいよ。」梢との、談話はまるで高校時代に帰ったかの様に、止めどなく語られて、夕方近くになって、梢は帰って至った。

産科の医師はエコー装置を使って退治を診断していた。

「うん、元気な男の子だ。」それを聞くとシオリは嬉しそうに

「やっぱり。」とうなずいてから

「良く動いてたもの、男の子だと思った。」自慢げに誠司の顔見上げた。

診断の後、誠司と産科の医師と担当医とで面談になった。産科の医師は、シオリの病状を考えると自然分娩は難しい事を説明した。

「おそらく、口には出さないが、本人の病気だけでも相当な痛みがあるはずだ、間接や体全体でね。それに加えて、本格的な陣痛が伴ったら、恐らく気絶するだろう。そうなると産道が開かなくなる。帝王切開するしかないのだが・・・」

付け加える様に担当医が話した。

「胎児を取り出した後、止血剤やら麻酔やらの処置をする事になるんだが、母体が持たないかもしれない。」そんな医師たちの出した結論は、無痛分娩法だった。

臨月に入り、シオリの出産時期を慎重に伺っていた医師達によって決定が下された。出産は、終末病棟のオペ室で行われる事になっていた。

移動ベットに乗せられたシオリは、誠司の手を握ってから

「頑張って生んでくるから。」と笑顔を見せてくれた。結局それが、意識のあるシオリを見た最後の姿だった。

ナースセンター近くに作られた臨時の保育場所に、赤ん坊が連れて来られたのは、夕方近かった。終末医療病棟に元気な赤ん坊の泣き声が響き渡った。それは奇跡の様な光景だった。

「マリアが子供を生んだぞ。」と患者の間で囁かれていた。

出産後、意識を無くした、シオリは何本ものチューブに繋がれ病室に戻ってきた。産科の看護婦が、シオリから器具を使いお乳を吸い出して、保育器に入れられた赤ん坊に与えた。しかし、シオリが意識を取り戻す事なく、三日が過ぎた時、血圧の低下と心拍異常を感知する装置のブザーが鳴った。看護士と担当医が駆け付けて側にいた誠司に、電気ショックで蘇生させるか尋ねた。誠司は首を横に振った。医師は

「もう良いだろう、よく頑張ったからな。」そう良いながら薄れていく脈をとっていた。誠司はもう片方の手をしっかりと握り、シオリを見つめた。その時、シオリの魂が誠司の体を通して、開放されて行くような感覚にとらわれていた。

「俺達があまりにも強く愛しすぎてしまったために、お前を強く束縛してしまったんだ。此からは自由だぞ。」誠司は、心のなかで叫んでいた。

シオリは、元気な男の子を産んだ、命と引き換えに、薫と名付けられた赤ん坊は、弁護士の助けも借りて、複雑怪奇な法律上の手続きのうえ、健司と梢の子供として迎えられていた

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