第10話 (悲恋編)健司との事 誠司との事

健司は秋休みに成ってから、東堂の本家に戻ってきていた。シオリとは普段と同じように接していたが、あの日の約束通りシオリの部屋に行く事も、人目を盗んでシオリを抱き寄せる事もしなかった。

「あなた達は、一人でいればとっても紳士なのに!」昔、シオリに言われた言葉だったが、あの海での出来事依頼、健司は努めてそんな態度を取り、二年が過ぎていた。たまに、本家に帰ってシオリと会っても成るべく感情を出さないように振る舞い、短い滞在で済ませていた。シオリもそんな健司の様子を冷静に見守る様に接してくれて、傍目からは、普通の仲の良い兄と妹として見へていただろう。恐らく、健司より希にしか帰って来ない誠司も同じ様な態度を取って居るだろう事は、シオリの様子を見ることで推測出来ると健司は思った。

その日、昼近くに、本家に着いた健司は、出迎えたシオリから、父と雪乃は薪能の準備のために出かけていて、今晩は遅くなると告げられていた。シオリは、健司の為に昼食を用意して、二人で食べた後、大学の定期試験の事やら、此れからのの進路に付いて雑談的に話をした。シオリは卒業後は、地元で高校教師になりたい、出来れば母校の女子校が望みである話をし、健司は、先輩の誘いもあり、国際関係学の知識を生かした仕事で、国連の外郭団体で働きたい夢を語った。

「誠司は、多分大学院へ行くだろう。」健司の言葉にシオリも納得したように頷いていた。

風呂から上がって、自分達の部屋に戻った健司は、部屋の真ん中で足を崩した格好でポツリと座っているシオリを見て驚いた。

「珍しいな俺達の部屋に来るなんて?」

「そう・・・別に珍しくも無いよ。寂しくなると、時々こうしてるの。あなた達の部屋に来て、こうしてぼーとしてるの、そうすると何だか落ち着いて来るから。ここには、色々な思い出が残ってるからね。」

健司はシオリの真意を測りかねながらもシオリの側に寄り、抵抗されるのを覚悟の上で、そっと抱きしめた。シオリはそんな健司の腕の中に抱擁されながら体の力を抜くと

「私決めたの・・・あなた達のどちらの物にも成らないって。」

健司は、目の前の状況とシオリの言葉に矛盾を感じながら

「どういう意味だ?」と聞き返しながらも、シオリの心の内が見えた様な気がしていた。

「言葉通りの事よ。就職したら適当な人と結婚するわ。」

「お前それが言いたくて此所へ来たのか?」

「そうよ、それと私を諦めて貰うためにね。」

「諦める?この状況でか?二年間俺が必死で押さえてきた思いを突き崩す様な状況で、お前を諦めろって言うのか?」

「そう、だから今だけは健司の物になるわ、でも同じ事、誠司にもさせるつもりよ。」

シオリのその言葉は、健司の胸を突き刺す様に響いてから、激しい情熱が一挙に沸き上がって来るのを感じた。それまで押さえて来た、シオリへの思いが自分の心臓の鼓動と共に開放されていく様に思えた。

健司は無抵抗のシオリの服を剥ぎ取る様に脱がせてから、自分も服を脱ぎ、シオリの体を激しく求めた。二年ぶりのシオリは、より女らしくなっている様に感じた。今自分の下に居るシオリは健司だけのシオリだった。わざと、股間を広げて、シオリの恥部を露わにしてから、硬直した思いをその中に入れた。

それは、今まで何度と無く抱いてきたシオリの体の中で唯一許されて居なかった部分であった。その瞬間、シオリは少し体を強ばらせながも、健司を受け入れた。

「お前始めてか・・・」

シオリは苦痛を堪えた顔をしながら

「他に誰がいるの?馬鹿な事訊かないで。別に誠司が最初でも良かったんだけど。」

健司はシオリの言葉で我に返った。

「すまん、つい感情に身を任せてしまった。」と言ってから、二人分の布団を敷き、畳の上で丸くなっていたシオリを抱きかかえて布団に移した。シオリは暫く、健司とは顔を合わせないように横向きで寝ていたが、やがて

「良いの、最後までしなくて?」と健司に聞いた。

「こう言う展開になるとは思っていなかったんで、何の準備もしてないんだ。いくら血は繋がってないからと言っても妹を妊娠させちゃったら不味いだろう。」背中越しに、シオリを抱きかかえながら健司が言うと

「男の人は、セックスをする時にそんなこと考えながらしてるの?」

「状況によりしだいかな?感情が抑えられない時もある。」

「て、健司は経験あるの?」シオリに言葉尻をとられた質問をされた健司は、覚悟を決めたように

「あるよ。俺だって健康な男だ、お前を抱けなくなって随分と淋しかったんだ。」

「そうか、一寸変な気持ちだけど、なんだか安心したよ。健司たちは他の女に興味が無いのかと思ってたから。」

「お前が居れば、他の女にちょっかいなんか出さないけどな。」

「それは、私が都合がいい女だからか?」

「馬鹿なこと言うな。都合がいい女なんて事、俺たち一度も考えたこと無いぞ。そりゃ、昔からお前の体を良い様にもてあそんでたけど、それは、シオリを好きだからだ。小さい頃から、早く大人になってシオリを嫁さんにするのが、俺の夢だったんだ。誠司もそうだろうけどな。」

「結婚して如何するの?だいち結婚できるの、あたし達?あたし達は東堂の三つ子で通ってるのよ、この辺じゃ。今更、実は赤の他人でしたので、一緒になりますなんて事通るの?それに、法律上、結婚出来る?」

シオリは健司の方に向きなおってから、詰問してきた。

「私もこの二年間、私なりに結論を出そうと色々考えたわ。法律的には、どちらかが東堂の籍から抜けないと無理だって事と、抜けた後の婚姻関係が成立するまでには結構時間がかかるてことも分かった。とんでもなく面倒なのよ、今の法律上ではね。私だって女だから、子供も生みたいわ、あんた達良い男だし、頭も良いし、家柄も悪くないからね。」

「じゃあ、そう言うことが解決できたら、俺と結婚してくれるか?」

「其れだけじゃ無いわよ。一番の問題は、あなた達二人のこと。二人で決闘でもする?そんなの私が許さないからね。それとも昔みたいな関係を続けるの?どちらかと取り合へず結婚して、実は、二人の夫を持つ女で、代わる代わる、違う夫に抱かれて、二人の子供生んで、三人で育てるの?何処かの山岳民族みたいに?」シオリはじっと健司の目を見ながら言った。

「だから諦めろってか?同じことを誠司にも言うのか、自分の体を代償にして?」

「そうよ、そのどこが悪いの、私にはそれ位しかしてあげられないの、それとも何も無いままあなた達の前から消えた方が良かった?」

「そんな訳無いだろう!」健司は再びシオリの体を愛撫し始めながら

「今日のこの日がどんなに嬉しいか、やっとシオリが俺のものに成ってくれた。このまま、俺の子供を生んでくれ。」健司は思いのすべてをシオリの中に解き放った。激しい感情の波が過ぎ去った後に

「すまん、責任は全部俺が取るから。」シオリの股間から流れる白い液体を見ながら健司は気が抜けたように言った。

「健司、言ってる事とやってることがデタラメね?」

「え、何が?」

「健司は私が妊娠するのが怖かったんじゃないの?それでさっき躊躇ったのに。」

「だから、すまん。どうなろうとも、責任はとる。」

「あなたは、前にも同じことしたの?その彼女と?」

「ああ…」

「それで、どうなったの?」

「どうて言われても。」

「だから妊娠でもしたのかってこと。」

「あ、いや、大丈夫だったけど。」

「その彼女って初めから、健司に抱かれるつもりだったんじゃ無いの?」

「ええ…」

「男って鈍感ね。女が覚悟を決めて男の元に来たんだから、それなりの思惑があっての事でしょ。本当に子供が欲しいなら、そう言う日を選ぶだろうし、そうでなければ、避妊ぐらい計算に入れてあるわよ。私は誠司にも同じことをさせるって言ったでしょ。だから、あなたの子供なんか絶対に孕まないわ。」

健司はシオリの言葉の意味を考え直しながら呆然としていた。

「私は酷い女なのよ。」

「お前俺のために・・・」


 それから数日後、しおりは京都へ向かう新幹線の中にいた。置屋で世話になった、女将が乳がんで入院したとの事で、母(雪乃)から様子を見てきてほしいとの依頼を口実に、京都の誠司に会いに行くのが目的だった。二日前に、誠司に連絡を取り、お見舞いが済んだら京都の観光名所でも案内して欲しいとの連絡を入れたが、誠司は、シオリの突然の上京に驚いた様子で

「ああ、分かった。今からじゃ、大した事は出来ないがな。」と了解してくれていた。しおりは、車窓を流れる景色をぼんやり見ながら、数日前の健司との出来事を思い返していた。健司の激しい行為は、未だに、しおりの股間に違和感を与えたままで、「誠司だったら、もっと激しかも。初めは皆、痛いと言っていたけど、セックスてそんなに楽しい物ではないのだな。」と思いながら、ふと気が付くと、そんな関係を拒絶しようとしている自分に嫌気がさしていた。心の何処かに、二人をそのまま受け入れてしまえば済む事なのかもしれない。そんな葛藤を胸に京都に着いていた。

 女将は既に退院していて、昔世話になった、置屋の格子戸を潜ると、女将が直ぐに出迎えてくれた。住み込みの舞妓数名とすれ違いざまに挨拶をしながら、見覚えのある、女将の部屋に着いた。

「いまじゃ、成り手が少なくってね。」と女将は愚痴半分、世話焼き半分でしおりもてなしながら、

「雪乃からは、それと無く聞いていたけど、綺麗になったね。家に欲しいぐらいだよ。」と言って、数枚の着物を出してから、あれやこれやと、しおりに着せ、「気に入った着物があれば、あげるから。」と言って品定めをし始めた。

手の空いていた舞妓も手伝って、着物のファッションショーをはじめだし、そんな事で半日が過ぎると、夜は、女将の馴染みの割烹料理店で夕食を取った。シオリは普段着の舞妓たちと、何の違和感もない女子会の様な雰囲気で、おしゃべりをして食事を楽しんでいた。その夜は、女将の所に泊ったシオリは、翌日「何、彼氏と会うのかい。」と女将に茶々を入れられながら、似合うと言われた着物を着つけて貰っていた。

 誠司との待ち合わせは、京都駅で、誠司によれば、観光に行くにはそこからが一番便利だと言う事で、しおりは少し早めに、駅で待っていたが、朝、着付けて貰った着物のためか、行き交う人の視線を集めていた。暫くして、誠司がびっくりした様子でシオリに近づき

「どこのモデルが居るのかと思ったよ。撮影でもしているのかと思い、暫く様子を見てたら、シオリだったから・・・」と言って、シオリを軽く抱き替えた。シオリは一寸びっくりしたが、誠司の懐かしい雰囲気とその時の情景に、自分の中の決意が大きく揺らいで行くのを感じ、思わず、誠司の胸の中に頬を埋めて「この人の物になれば、楽になれるのに」と思いながら。

「久しぶり、会えて嬉しい。」としおりが言うと

「俺もだ、本当は俺もすごく会いたかったんだぜ。」とわざとぶっきらぼうに言い放つと

「本当は、此処でキスでもしたい所だが・・・」との誠司の言葉で、しおりも我に返り、思わず周りを見渡してしまっていた。

「ああ、ゴメン、一寸感情的になっちゃって・・・」と頬を少し赤らめたしおり言ったので、

「このまま、ホテルに行こうぜ。」と悪ガキぽく言ってきたので

「まだ、ダメ! 今日は、誠司に色々と案内してもらうんだから。京都なんて何年かぶりなのよ。」と言われ、誠司は「ふん!」とため息を着いてから、観光バス乗り場にしおりを案内した。

 バスは名所を巡る、循環コースを走る企画の物でったが、途中下車して、古都を流れる運河沿いをそぞろに歩き、途中、その運河がまるでローマ水道の様な橋梁となる寺を見てから、昼食にした。

「歩き疲れないか、その恰好じゃぁ?」と誠司が気を使って聞いてきた。

「うん、平気。でも、昔の人は、大変だったろうね。何時もこんな恰好で移動してたのだから。」としおりは言いながらデザート甘美物を美味しそうに食べていた。

 夕食を済ました、二人は駅ビル内のホテルの一室にいた。シオリは誠司の顔を抱き寄せて和服の胸元にスッポリと抱き抱えた。

「今だけは、誠司の物になるから、だから聞き分けて、私はもう二人の物にならないと決めたの、絶対に。誰か他の男、東堂とは関係無い男の物になるわ。」

「何故だ、何故俺じゃ駄目なんだ。」

「私には選べないのよ。誠司も健司も両方好きだから、どちらかを選べば、どちらかが傷付く・・・仮に私が健司を選んで結婚したら、誠司はどんな気持ち?」

「彼奴を殺しに行くだろうよ、絶対に。」

「健司も、口には出さないけど、そんな気持ちだわ。三人が三人とも不幸になるのよ。あなた達だって、他の人(女)を選べば、それぞれに幸せな家族が持てるのよ、三人のそれぞれの家族が。今はそう言う事が見えて無いだけなのよ。」

健司は、シオリの胸に抱かれながら、

「何時もお前だけが、一足先に大人になっちまう。俺達の思いを置いてけ堀にして。」

「しょうが無いよ、女なんだから。同年代なら女の方が精神年齢は高いのよ。」

そう言ってから、シオリは誠司にキスをした。

「お前、俺が襲ったらそれ鳴らすんだろう?」

「ふふふ、馬鹿ね。よく見なさい、只のオモチャよ。」シオリの手から転げ落ちたものは、小型の電子ゲーム機だった。

「電車の中の退屈しのぎに買って置いたのよ。」

「騙したのか?」

「だって誠司は何時も強引なんだもの、少しは冷静に話を聞いて欲しかったから。」

その時、既に誠司は、シオリの着物を必死で脱がそうとしていた。

「しっかり着付けして貰ったから、帯のほどき方知らない人には無理よ。」

そう言って、シオリは自分で帯を緩めていった。誠司は、目の前の光景と衣擦れの音をまるで遠い出来事の様に見ていたが、白い長襦袢だけになったシオリが誠司の服のボタンを外しているのに気づき、自分もシオリの襟に手を掛けた。

「和服って、下着付けちゃ駄目だって言われて、この下何も無いの。だから、昼間誠司とデートしてる間中、とっても恥ずかしかった。」

誠司は、白い繭を剥くようにシオリの襦袢を脱がした。そこには白い繭から羽化した様に美しい、シオリの体が有った。ベットに横に成ったシオリの裸体を見ながら、二年前のシオリと無意識のうちに比べていた。

「お前また綺麗になったな。」

「二年も見てないからでしょ。あんまり見つめないで、恥ずかしいから。」

誠司は、唇から首筋、右と左の乳房と乳首、へそと恥毛のない恥部へと舌すべらしてから、シオリの耳元で

「良いのか、妊娠したらどうする。俺の物に成るか?」

「しないわ、薬飲んできたから、だから好きにして。」

シオリの強い覚悟を再び思い知らされた時に、怒りとも空しさとも付かない激しい物が込み上げて、一気にシオリの中に入り込んでいった。

 一夜を共にした、二人は、ホテルのラウンジで朝食を取っていた。

「誠司とモーニングコーヒーを飲みたかったの。」としおりがぽつり言うと、誠司は何か言おうとしていたが、それを飲み込んだ。

「本当は、朝の高瀬川あたりを歩きたかったけど、それはこの次にするわ、その時はお互いに恋人を連れてね」とうつむき加減の誠司に言ったが、誠司の気持ちは、手に取るよう分かっていた。誠司に一晩中抱かれていたしおりは、健司とは違った後悔の様なものを感じていた。

列車に乗ろうとしているシオリを、誠司は人目も気にせず抱き寄せ深いキスをした。シオリも誠司に身をゆだねる様にして誠司の腕の中に抱かれていた。誠司は発車のベルの中、

「本当にダメか?俺のものに成らないか?」言葉に詰まりながら訊いた。

「うん、ダメ! これは私の鉄の掟。」そう言いながら、閉まるドアの向こうに消えた。去っていく、電車を見ながら、誠司は、失ってはいけないものを失った、深い喪失感が押し寄せてきていた。

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