第9話 手柄

「投票前にワクチン供給出来ないのか‼」

ジェームス大統領が画面の向こうに、怒鳴るような声をぶつけた。


「飛沫が飛びますよ… 大統領。落ち着いて話してください。そんな口調で私が怒鳴られる筋合いは無いですよ… これで切りますよ…」

スチュアートは顔をしかめた。


「…。供給して貰えないか…」


「微妙ですねぇ… 急いで供給して、その結果、副反応が大きければ… 逆に供給が遅れたり、接種拒否が多数出たり… 焦ると逆効果ですよ… 大統領」


「しかし… このままでは… 選挙に負けてしまう…」


「いざとなれば… 組織が勝たせます。いずれにしてもあなたの力量次第ですよ… 勝つのも負けるのも。我々は… 今のところ… どちらが勝っても構いません… 正直なところ」


「裏切る気か…」


「裏切る…? 誰も二期務めさせるなど言っていませんよ… 大統領。勘違いしないでください」

そう言って、スチュアートが通話を打ち切った。




「最後は、憔悴した表情だったよ… 自信過剰だったなぁ。組織の決定としては… 大統領選挙後… クリスマスのプレゼントとして、ワクチン供給を始める… 少しずつになぁ。そのつもりでいてくれ。アジアは… その後になる」


「かしこまりました。それで、こちら問題無しです。日本政府は慎重ですから… 接種後の副反応を出来るだけ多く見たいでしょう… そして『ワクチン接種は高齢者から始めます…』と言い出す。フン… でも不思議ですよねぇ… 副反応がどう出るのか怖いのであれば、若い人からすれば大事になる可能性が下がるのに… 『高齢者から接種します…』聞こえは良いが、早い話『先の短い人からどうぞ…』そう言うことですよねぇ」

私は独り言のように呟いた後、話題を変えてスチュアートに質問した。


「ところで… スチュアート。今回の選挙は、どちらにも加担しない… 組織として…?」

私は、ちょっとした興味で質問してみた。誰がアメリカ大統領になるかなど、さほど興味はなかったが。


「上層部はジェームスを切ってもいいと考えている… 『好き勝手にヤラセ過ぎた』そう思っているようだ… ところでタナカ、喜べ…」

今度はスチュアートが表情を直ぐに変え、気色の悪い笑みを浮かべた。


「不気味な微笑み… 喜べない」


「失礼な奴だなぁ… 段々と遠慮と尊敬が無くなってきている… 話すの止めるか…」


「すまない… つい本音が…」

その言葉に、スチュアートが笑った。


「来週こちらで打ち合わせをした後… 行くぞ… 遂に…」


「何処に… もったいぶるねぇ… スチュアート」


「それでは… 話しましょう」

スチュアートが大きく頷いた。


「組織の本部に行くぞ‼ 明日、私のプライベートジェットで」


「ほう… 本部に…」

私は、期待をそがれた雰囲気を出した。


「嬉しそうじゃないなぁ…」


「この巨大組織が… どこに有るかも分からないし… 誰が黒幕なのか… 喜びよりも、少し… 恐ろしい気持ちなんだ」


「まぁ… そう思うのも分かるが… でも、本部に呼ぶ… と、言うことは… 本部がタナカを認めた… そう言う事なんだ」


「ああ… それは、光栄だ」

私は、渋々喜んだ。


「では、何処に飛んでいくかは… お楽しみ… と言う事で」

そう言ってスチュアートは、立ち上がり窓の方に歩き出した。




「暗いなぁ… んんん… ここは… このターミナルの感じは… もしかして… 北京か⁉ 中国に来たのか⁉」

私は半分寝ぼけた頭で、夜に浮かび上がる巨大空港の全容を確認しようと窓に顔を押し当てた。


「当たりだ…」

スチュアートが静かに話し出した。そして、今度は大きな声で話し掛けてきた。


「ようこそ、我らの本部がある… 北京に‼」


「はぁ… 隣国に本部があったとはねぇ… それでか… 組織の公用語が中国語だったのは… これで、理解しました」

私は大きなため息をついた。

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