第8話 自業自得

“ジェームス大統領がウイルスに感染した模様です。症状は明らかにされていませんが、現在までに入っている情報によると、重篤な症状ではないようです…”


「ジェームス大統領が感染か… まぁ… あれだけ予防を軽視すれば当然の成り行きだよなぁ… いくら“強い大統領”を演出しなければならないと言っても… 本当に感染対策を取らないとは…」

私はジェームス信者以外のアメリカ国民と、世界中のほとんどの人が呟いたであろう言葉を吐いた。




「ジェームス自身が感染するとは… 笑ってしまったよ!」

スチュアートが画面の向こうで本気で笑っていた。


「本当に楽しそうですねぇ… スチュアート」


「ああぁ… 楽しいよ… 楽しい理由の詳しい事は来週話せると思う…」

スチュアートの顔は終始笑っていた。




「タナカ‼ やったぞ‼」

スチュアートの常宿で顔を合わせた瞬間に、満面の笑みで叫びながら

ハグしてきた。


「気持ち悪いなぁ… スチュアート… そんな趣味は無いぞ」

私とスチュアートでテンションが違い過ぎて、再会早々ウンザリ感が出てしまった。


「すまない… ここ三日間、興奮しっぱなしでねぇ… 毎晩祝杯を上げて、ろくに寝ていないんだぁ」


「何が起こったんですかぁ… 先日の電話から話しを聞くのが待ち遠しかったのですが… そろそろ、楽しいことを分かち合いましょう…」


「うん、そうだなぁ…」

スチュアートの表情が平常に戻った。


「治療薬が完成したんだよ。 ウイルスの治療薬が!」


「えっ⁉ ワクチンじゃなく… あっ… そうだった、ワクチンはウイルスを伝染させる時に完成していたんだった。ワクチンは既に… 堂々と臨床試験をしているし… 本当に治療薬が出来たんですか…」

私は情報を全く貰っていなかったので、半信半疑だった。


「ローゼ社が完成させた。ワクチンが完成した時、治療薬もほとんど完成していたんだ… その事実は、組織の上層部数人しか知らせていない。完璧な秘密にする為に」


「そうだったんですねぇ… 完璧に情報が守られた。私なんかに知れるようでは、困りますからねぇ… 感染拡大がそれほどしていない時期に『治療薬が完成した』なんてバレたら… パンデミックの犯人と疑われる危険が増してしまう。そうなれば、大儲けどころか多額の賠償が待っている…」


「そう… 絶対にバレてはいけない… 賠償だけでは済まなくなる… 組織が消えて無くなってしまう」

スチュアートの表情がゆがんだが、直ぐに表情を元に戻して話し始めた。


「ところで、治療薬の治癒力をタナカも見ただろう…」


「見た…? 見た…⁉」

私は首を傾けた。そんな私をスチュアートは薄笑いを浮かべながら眺めていた。しかし数秒後、私は表情を明るくした。


「そう… か…‼ そうだったのか… ジェームス‼ ジェームス大統領‼」

私は、一応声を押し殺して歓喜した。


「そうだ、その通り。ジェームスだ。彼に使用した。勿論、承諾を取ってから… と言いたいが、回復が見込めるのを確認してから伝えた。まぁ… 治れば、どうでもいいだろうけど… 彼には。効かない時は… 諦めるしか無かった… 結果オーライ… て言うことかなぁ」


「どうりで… あの歳にしては、随分と治りが早いと思っていたんです。いくら世界最高レベルの治療が受けられると言っても…」


「新しい治療薬が完成… 組織はとんでもないことになるぞタナカ」


「いつから供給を…」


「ワクチン供給から半年以上は開けたい。しかし、ワクチンだけで長く引っ張ると…

どこかの国が治療薬を完成させる可能性がある… 状況で判断する…」


「ジェームス様が… こんなところで役に立ってくれていたんだ…」


「そう… 本当に自業自得だが、我々組織には丁度よかった」

そう言って、スチュアートは声を出して笑った。


私もその笑いにつられて、声を上げて笑い出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る