第3話 テロのプロデューサー
「今度の支部長は一気に若くなりましたねぇ… 初めまして、イブターです」
スチュアートの部屋を訪れたのは、大柄な身体を高級スーツで固めた男だった。その男は、アラブ風の彫りが深い顔立ちに白髪交じりの口ひげを蓄え、顔が笑っていても眼光が鋭いので、イブターの目を見た人間は、心の弱い部分を刺されるかのような恐怖を感じる雰囲気を漂わせていた。それはまるで、メデューサに見つめられるようだった。
「タナカです… よろしく…」
私は眼力に気後れしてしまい、口が思うように動かなくなってしまった。
「緊張をほぐせよ… 殺されたりはしないから。これからの君に勉強になると考えて、君が同席することを承諾して貰ったんだ。我々組織の幹部候補だから…」
隣に立っていたスチュアートが、私の緊張を感じ取り中国語で話し掛けてきた。そして、私の右肩をポンと叩いた。
「分かった…」
私は視線をスチュアートに向けて軽く頷き、励ましに答えた。
「まあ… 気軽に行きましょう」
イブターは薄笑いを浮かべ、軽い口調で話しながら奥の応接室に首を振った。
私よりスイートの間取りを熟知しているようだった。
「タナカ… さん。随分と若い支部長が誕生しましたねぇ… スチュアートがスカウトしたのか…?」
イブターがスチュアートに真っ先に尋ねた。
「日本製薬協会の理事をしている社長の三番目の息子です。父親自体も目立たず、タナカは跡取りでも無く… 期待をされている訳でも無い… どうにでも成れる立場…」
スチュアートが私に視線を向けながら答えた。
「まぁ… 確かに会社は中堅ですし… 親父も目立たない… 私はどうでもいい存在ですが… ここまで並べられて… 改めて言われると、傷つきますねぇ…」
私は苦笑いを浮かべ視線に答えた。
「まぁ… 表現の誤りを許してくれ。そこが私には良かったんだよ、タナカ」
「良かったのかぁ…」
私は、半信半疑の気持ちを出した。
「タナカにはスカウトした時に話したが、ここでイブターに君を選んだ理由を話しておくよ。大事なパートナーだからなぁ」
スチュアートはイブターに視線を移した。
「タナカを選んだ理由の一番は“目立たたない…”それが一つ目」
「目立たない… か… 確かに、会社は一流じゃない、社長でも後継ぎでもない… 周りは誰も関心を示さない… 闇に存在する組織の幹部にはちょうど言い訳だ。目立ったんでは… 動きづらいからねぇ」
「そう… ちょうどいい人物。そして、中国に留学していたので中国語が堪能でもある。我々組織の“公用語”の中国語を操れるのは凄く大きい… これが、二つ目の理由だ」
「通訳が不要だと意志疎通も早いし… これからの製薬企業世界連合の闇幹部に最適な訳だ… 納得した。正に向いているなぁ」
イブターが大きく頷き、改めて私に視線を向けてきた。
「ありがとうございます… そう言われて嬉しいような気もしますが… 何だかよくわからない…」
私は、選ばれたことが光栄だったのかが分からなかった。
「一つ質問があるのですが… いいですか…」
私は、この機会と考えスチュアートに質問をした。
「何かなぁ… 急に… まあ、察しは付くが… 『何故、中国語なんですか…』それだろう?」
スチュアートが薄笑いを浮かべながら質問を返してきた。
「確かに… その通り… ずっと聞こうと思っていたのですが… 勇気が出なかったと言うか…」
「勇気を出して質問くれたが… それは、時期が来たら分かる… その事については、もう少し組織に馴染んでからにしよう」
スチュアートの目には『今日はここまで』と言った感じの威圧感が込められていた。
「まぁ… それでは、謎が解けるのを楽しみに待ちます…」
私は軽く頷き、中国語の話しを終わりにした。それを見計らって、イブターが一呼吸置いて話し始めた。
「異端児ジェームスを大統領に祭り上げる工作活動は順調なのか…」
イブターは、鋭い視線をスチュアートに向けながらビジネス的会話で質問した。
「一番厄介な軍産複合体の連中とは話が付いた。後は、票数を“いじる”操作をするだけ… これは大したことでは無い。何とでも出来る」
スチュアートが得意げに返した。
「これで… 異端児大統領の誕生か… これから面白くなるなぁ… 間もなく、アメリカが… いや… 世界全体が混乱する… そして、世界から数百万の人口が減ることになるだろう… 葬儀屋の株を買った方がいいなぁ」
イブターが天井を見上げ、大きく息を吐き出しながら呟くように話した。
「それにより… 製薬企業連合にも莫大な利益が入ってくる… 製薬会社の株も買った方がいいぞ…」
スチュアートが続けて呟いた。
「ジェームス… アメリカ大統領… って、アメリカ大統領選挙はこれからなのに… もう決まっているのか… 誰がなるか… 既に…」
私は二人の会話を無言で聞いていたが、頭の中が混乱したまま思わず日本語で口に出てしまった。
「タナカ。今日本語で何と… ジェームスと聞こえたが… アメリカ大統領のことか…」
スチュアートが薄笑みを浮かべて視線を向けてきた。
「あっ… アメリカ大統領選挙がこれからなのに、既に… ジェームスが… まっとうな候補者と思えない人物が… ジェームスがアメリカ大統領に選ばれる… 本当ですか…」
私は改めて驚きを口にした。
「今のところ、大方の予想では考えられない展開だからなぁ… 驚くのも無理はない。あんな軽薄な人間がアメリカ大統領になるなんて、普通では考えられない。本来、あんな人間を世界の指導者にしてはいけない… しかし、ゴッドから通達が出た… ジェームスを大統領に祭り上げろと…」
スチュアートがイブターに視線を向けた。イブターが引き継いで話し始めた。
「虚栄心が人の何倍も強く、政治的信念が全く無いあの男ならば金で簡単に何処にでも向かう。まず虚栄心を満たすために『大統領にしてやる』と囁く。あの男は、喜んで頷く。次に、金の匂いをかがせる。就任した後に、いいことが待っているように囁く。それで、彼は我々の思うように… 我々の利益のために政治を進める…」
「アメリカ大統領を… 世界の大統領を… そんな簡単に… 地方の小さな会社社長を決めるみたいに決める。それも、一つの組織が選挙前に決める… そんな事が出来るんですか…? それに彼は… 有能なビジネスマンですが、典型的な白人至上主義者… そして『KKKとも繋がっている…』と噂が絶えない…」
私は、不思議さと訳の分からない怒りを込めて呟くようにぶつけた。
その呟きを聞いて二人は、お互いに視線を向け合って苦笑いを浮かべた。
「先進国で起きている大きな出来事のほとんどには、ちゃんと台本がある。それは、テレビ番組に台本が有るのと同じ感覚だ。偶然に見せかけた演出… 奇跡の瞬間…
ほとんどヤラセだ。アメリカの大統領選挙も… どうにでも出来る力が確かに存在している。その力を無視すると… 過去に見た悲惨な結末が待っている」
スチュアートが大きく頷いた。
「暗殺…」
私は低く呟いた。
「色々… 手段はあるさぁ… それに、白人至上主義者だろうが、有色人種だろうが… 選挙に勝てば… それが正義だ。これからキャンペーンを大々的にやって行けば世論は変わる… 必ず。彼は『アメリカの威信を取り戻す偉大な大統領』『白人を再び支配層に戻す偉大な大統領』と呼ばれ始める…」
スチュアートも低く続けた。
「もう一つ… いいですか?」
私はダメ元で、もう一つの疑問をぶつけてみた。
「ああ… 取り敢えず、どうぞ」
スチュアートが少し怪訝な感じで頷いた。
「ゴッド… って、誰ですか?」
「遠慮が無い聞き方だなぁ… しかし、今は… 言えない。無理だ」
「やはり… か…」
「公用語と同じ、後でのお楽しみにしててくれ。ところで、話しを進めても良いか… タナカ」
「あっ… はい。どうぞ…」
「畏まりました」
スチュアートが薄笑いを浮かべ、さっきまでの話しの続きを始めた。
「製薬企業連合には、数年後から毎年数兆円の上りが入って来くる… 数年後、間違いなく軍産複合体や石油メジャー連合を上回る世界最強の闇組織になる…」
スチュアートが目を閉じ陶酔を始めるような雰囲気になった。
「スチュアート、目を覚ませ… 起きろ。陶酔するのは後で一人でしてくれ。取引はこれからだ」
目を閉じたスチュアートに対して、イブターが声を荒げた。
「すまない… そうだった」
スチュアートが目を開け、イブターに視線を向けた。
「来てもらったのは、プロデューサーにこれからの動きを頼みたいからだ」
スチュアートがイブターに一段と強い視線を送った。
「大体のことはムハンマドから聞いているが… 詳しく聞こう」
イブターは大きく頷きながら返した。
「プロデューサー…?」
私は小さく呟いた。その呟きを拾ったスチュアートが『その言葉を待っていたよ』っていった感じで、薄笑いを浮かべながら私に話し掛けてきた。
「イブターは、テロリスト… テロリスト達を取り仕切っている… プロデューサー的な存在だ」
そう言って、視線をイブターに向けた。
「主だったテロ組織を繋いでいる… テロ組織同士を結び付け活動を調整している…それと、各国政府との交渉もしている… 裏でねぇ…」
「テロのプロデューサー… 凄い仕事だなぁ… って言うか… 凄い人が世界にはいるんだ… 驚きを通り越してしまう…」
私は唖然として、言葉を失った。
「闇の中の奥深くで、静かに蠢いているだけだ… そんな人間だ。まぁ… 気にするなぁ… それでは、具体的な頼みを聞きましょうか…」
イブターは、視線をスチュアートに戻した。
「ジェームスが就任したら、組織的なテロを中断させてほしい… 世界で。個人的なテロは散発的に起こるだろうが… 大規模なテロは、一旦止めてくれ」
「どの位… 止めればいい… 見返りは…」
「3年から4年… ジェームスの一期中。見返りは、4年間は毎年500億ドル… どう配分するかは任せる。ただし、一度でも起こしたら… 未遂でも支払いをやめる。利益が生まれる5年後は1,000億ドル。その後は… ご自由にどうぞ」
スチュアートは、両手の手のひらをイブターに向けて薄笑いを浮かべた。
「んん…、一週間後、連絡する。それでいいか」
少し間を空けて、イブターが表情を変えずに答えた。
「連絡は要らない。状況を見ていれば返事は分かる。何事も無ければ一年後、振り込むだけだ。動きがあれば“お仕置き”がニュースになるだろう… 組織の幹部は覚悟するように… 伝えてくれ」
「脅しを付け加えろと… 理由も知らせず『休んでいろ』と言って、脅しも付け加える… 来週… 俺はこの世に居ないかも…」
今度は、イブターが薄笑いを浮かべた。
「その時は、お悔やみを墓前で言うよ… 涙は出てこないだろうけど」
スチュアートは笑っていなかった。
「話は終わった… 5年後、会おう」
そう言って、イブターは肘掛けに両手を押し当て席を立った。
「ジェームス大統領就任後、何が起きるんですか…」
無言でやり取りを見ていた私は、イブターが部屋を出たことを確認して尋ねた。
「それでは… これから楽しい話しをしよう… タナカ。心の準備を整えてくれ」
スチュアートは薄笑いを浮かべたが、私は笑う余裕は全く無かった。
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