第2話 指揮者

「あの男を大統領に据えれば、色々とやらかしてくれるだろう… そして、世界は混乱する。そして、私の思い描いている旋律を奏でれば… テロリスト達の願望は満たされ、莫大な金が先進国から我々のもとに入って来る… 正に、一石二鳥だ…」

白い口髭の先を胸元まで伸ばし、アラブ風の衣装を纏っている国籍年齢不明の男は、満足を表した表情で真向かいに腰を降ろしたスチュアートに視線を向けて伝えた。


その言葉を聞いてスチュアートは、右の頬を吊り上げる独特で不気味なニヤケ顔を私に向けてきた。


私は、おもむろに向けられたニヤケ顔の意味もよく分からないまま、無言で頷き返した。


「確かに、彼は無知で恥知らずな人間です。普通に… 当たり前に選挙をすれば勝つ訳が無い。政治の素人… 常識外れ… 自己中心… あからさまな差別主義者…  そんな彼が大統領に就任すれば、アメリカ壊れ… 世界の秩序も狂い混乱する…  それが、一番重要な彼に託された仕事… 我々組織が主となり、彼を必ず大統領に祭り上げます。そして、目の前に金をぶら下げ、思い通りに動く操り人形に仕立て上げます…」

ニヤケ顔からいつもの表情に戻ったスチュアートが、国籍、年齢不明の男に丁寧な言い回しで答えた。


「そうなるように、票操作の手筈は整っているのか…」

白髭の男がスチュアートに鋭い視線を向けた。


「はい、大統領選挙に付きましては、これまで以上に万全を期しております。選挙結果を操作する手筈は完璧です。過去の票数操作とは比較にならないシステムになっております。外からは、ロシアや中国のサーバーを複数経由させ、アメリカ国内からは、複数の重要激戦州で票の集計操作を行います。民間の選挙監視機関などかは『ロシア、中国と思われる外部から、アメリカ大統領選挙結果に関わる何らかの介入があった』と公表されるでしょうが… しかし、そこまです。我々の力で、政府を黙らせます。結果は覆りません。ご安心ください」


白髭の男は話しを聞き終えると。少し安心した様子で、静かに目を閉じた。




「突然『会わせたい男がいる…』それだけ言われ、連れ出されたと思ったら… 意味不明の会話に付き合わされた挙句に… 滞在時間は、たったの10分だけ… 一体全体あの男は誰なんですか…?」


世界最高級のVIPルームを出て、監視されながらホテル前に回した迎えの車に乗り込むと直ぐに、私は中国語でスチュアートに尋ねた。


「車に乗った瞬間から凄い剣幕での質問ですねぇ…」

スチュアートが苦笑いを浮かべながら返してきた。


「実際、訳が分からない… 『アジア支部長になれ』と言われ、最初に顔を出した先が正体不明の男…」


「タナカ、詳しい話はもう少し待って欲しい。後で必ず説明する… 今は…」

そこまで言ってスチュアートは、自分の口に左手の人差し指を立てた。


「静かにしろと… そいう事ですか…」

私は、不満の表情を露わにした。


「取り敢えず… これから始まるプロジェクトの指揮者に会わせたかった… そうとだけ伝えておく。本格的な仕事はそれからだ。でも… これからもこんな感じだ… これから会うことになるVIP達は、世界の闇… 奥深くにいる連中ばかりだ。顔が出ることを極力嫌がる…」

スチュアートは、正面を見据えたまま私の不満に答えた。


二人の会話が一旦途絶えた。車は、数キロ離れないと全容が見えない程の高さを誇るアラブのシンボルタワーになっているビルに向かった。


「指揮者… か…」

私は、全容が見えなくなってきたシンボルタワーを見つめながらボソッと呟いた。




「車の中で言ったが… 今日会ったあの男は、今回のプロジェクトを指揮している人物だ… 解り易くした例えだが… 名前はムハンマド。恐らく… いや、間違いなく偽名だろうけど…」

スチュアートが微笑した。


「私も含めて、本名で登場する人間なんているんですかねぇ…」

私も微笑した。


「確かに… まあ… 名前なんて人物を特定する為のあるだけだ… どうでもいい。しかし、ムハンマドの正体… ほとんど全て… 私も知らない。一つ知っていることは… クラッシック音楽好き… それだけ… ただ、間違いなく言えることは、世界を裏で操っている数十人の中の一人であることは間違いない」

スチュアートは、得意のニヤケ顔とシリアスな表情を交互に浮かべながら不慣れな中国語で話してくれた。


「よく… そんな世界的重要人物が… スチュアートには失礼だけど… 私たちと会ってくれましたねぇ…」


「んん… 確かに失礼なひょうげんだなぁ」

スチュアートが薄笑いを浮かべ話しを続けた。


「何故、会えって貰えるのか… 我々の組織が彼に多額の上納金を渡しているからだ。スポンサー企業みたいな感じだなぁ… しかし、組織にいる全員誰でも会える… そうゆう訳ではないんだぁ。組織の中でムハンマドと直接会えるのは私だけだ。窓口になっている私だけだなんだ。これまで、組織の中でムハンマドと会った者は2、3人しかいない。ムハンマドと会うのは必ず一人だけ… 厳しいセキュリティを受けた後に… それが条件。今回初めて“連れ”との同行を許された… と言うより、何とか粘って許して貰った」


「何で、今回は許可が出たのか…」


「『是非とも会って欲しい』と… そして『私の後を引き継ぐ人物だ』と付け加えて許可が出た」


「後継ぎ…? 私が…? 聞いていないけど…」


「まだ話してはいないが… その件は、これからゆっくり話そう。後継ぎ君…」

スチュアートは薄笑いを浮かべた。 


「話もしていない、承諾もしていない… 勝手に私が後継ぎになっている…」


「すまない… もう… 後戻り出来ないタイミングで話そうと思っていた… 許せ。この段階で後戻り出来なくなったが…」

スチュアートはニヤケ顔で視線を向けてきた。


「今更でしょうから… 取り敢えず分かりました。後でゆっくりと伺います。それでは、話しを戻して、別の質問を…」


「別の質問… どうぞ…」


「プロジェクトの指揮者… そう言われましたが、どんなのプロジェクトの指揮を執っているのですか?」

意味不明の迷宮にハマっている私は、一番重要と思える疑問を真っ先に尋ねた。


「そのことは… 二時間後に尋ねて来るお客さんとお茶でも飲みながら話そう…

毎日“掃除”しているこの部屋なら安心して話せるからねぇ」

スチュアートの表情に、安心と厳しさが入り交じっていた。


「二時間後に来るお客さんですか… 分かりました。客… 誰… また、不明なことが増えた」


「来たら勿論、偽名を紹介する… いずれにしても、プロジェクトに参加している人物だ」


「そりゃそうでしょう… けど」


「ところで、面会する時間まで、本社にいる役員達とミーティングがある。ジェームスが大統領に就任しアメリカをボロボロにしている筈の4年後、我々の会社や組織は一気に忙しくなる… 間違いなく。そうなる前に、会社や組織内で準備を整えなければならない。そして、君には4年間でアジア支部を一つに束ねる人物になって貰わなけらばならない」

スチュアートの鋭い視線が私に向けられてきた。



「そうなれるように、スチュアートに付いて… 頑張ります… が… 今のところ… 分からない… と言うか、意味不明が多くて… まぁ… 頑張ります」

呟くような言葉は、尻つぼみになってしまった。


私の弱々しい宣言に、スチュアートが続けた。

「タナカ… これからは、若い君がアジアの市場を仕切るのです。政界押さえ… 並みいる企業連合を押さえ、製薬企業連合をトップにしていかなければならない… もっと強くなりましょう… その先に、組織全体をまとめる役目が待っているのですから…」

私が渋々の感じで頷くと、畳みかけるように続けてきた。


「これから、私があなたを鍛えていきますから… 意味不明は、これから徐々に解き明かされますから… 付いて来てください」

スチュアートは珍しく落ち着いた丁寧な言い回しで、オドオドした若者を諭すように話した。


「お願いします。何かと頼りにします。問題が発生したら相談します… では、二時間後… また、来ます…」

改めて大きな事を引き受けたのだと感じたプレッシャーから逃れたくなり、私は一方的に話しを止めて、席を立ちドアへ向かった。


 部屋を出ようとしているアジア支部長になった私の背中に、スチュアートの期待と大きな不安が込められた視線を感じた。






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