テロリスト大統領

豊崎信彦

第1話 新たなパワーバランス

 “つい先程、5,000万回分のワクチンが積み込まれた三便目の特別輸送機が羽田空港に到着しました。今回到着したワクチンは、変異が確認された新タイプのウイルスにも効果が期待されて…”


「今回のアジア支部に対するマージン率がどの位になるのか… まだ、回答を貰っていないが… いつまで… お待ちすればいいのでしょうかねぇ…」

私はニュース映像を見つめながら、画面越しの相手に嫌味を込めた少し強めの口調で質問した。


「1パーセント率を上げてもいいと、上から回答が来ると予想されるが… 買い取り価格を3%上げてくれた分の三分の一だ。それでもかなりデカいマージンになる…」

製薬企業の世界連合組織幹部スチュアートが、息子ほど年が離れた私の不満を払拭する為に、独特の愛想笑いを浮かべ回答してきた。


「んんん… 500億ドル… っか… 今回分のワクチンだけの“上がり…” 上々だ」

エンターキーを叩いた直後に現れた数字を見た私は、思わずほくそ笑んでしまった。


「悪そうな、いい笑顔だ… タナカ。これでアジアでは敵無しだなぁ」


「お褒め頂きありがとうございます」

今度は、苦笑いを浮かべ続けた。


「確かに。これまで以上の裏工作活動が可能になる。ホント、アジアに敵無しだなぁ… 今回のパンデミックで製薬企業連合は、全世界で軍産複合体の上に立てるだろう… これからは“薬”の時代になる。ミサイルやマシンガンなんて、もはや時代遅れだ… テロのやり方も変わる…」

私はテンションが上がってしまい、少しおしゃべりが過ぎてしまった。


「タナカ… 余計な話しは止めろ。どこに耳があるか分からない」


「すまない… つい調子づいてしまった」


「それにしても変わったなぁ… タナカ。ちょっと前まで、おどおどした若造だったのに…」

私は、スチュアートの皮肉の籠ったような言葉の中に少し嬉しさが籠ったように感じた。


「お陰様で。短期間でスチュアートに鍛えてもらったからねぇ…」


「タナカには才能が有ったのと… こうなる運命だったんだよ… 君は。留学先に中国を選んだ時点で… それにしても、短期間でここまで変わるとはなぁ… 想像出来なかった」


「そうですねぇ… 超豪華ホテルのVIPルームでムハンマドに初めて会った日から… あの日から、まだ三年しか経っていないんだなぁ… なんか、遥か昔のことのようだ… 凄く懐かしい感じがする…」

そう言って目を閉じた私の脳裏には、組織にスカウトされた後、スチュアートに世界の裏にある仕組みや大企業と各国政府のパワーバランスを教えて貰ったり、メディアでは一切触れられることのない闇の奥に潜んでいる人物たちに会わせてもらったことなどの記憶が一瞬で蘇ってきた。

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