第3話 首筋に傷のある男
「お兄さん、もう行っちゃうのかい?」
「あぁっ。仕事があるんでな」
吉原にある、遊郭の一室。
遊女は甘える声で客に話しかけた。
返事を返してきた男の声は、渋味のある威圧的な声だった。
「あんた、また来なよ。今度は安くするからさ」
「同じ女とは二度寝ない主義なんでな」
男に冷たくされた遊女だったが、一晩で遊女は男に惚れていた。
たくましい体、威圧的な渋い声、女の体を知り尽くす男の愛撫に、遊女は骨抜きだった。
そして、首筋から鎖骨にかけて走る刃物による傷跡が、いつまでも遊女の頭から離れなかった。
町外れにある寂れた酒場で、四人の男が酒を飲んでいた。
四人がけの席に座る男たち。
一人は首筋に刃物傷がある男。
長い髪をうしろでくくり、黒の着流し姿で包むのは、細身だが鍛えぬかれた肢体。
腰には二振りの刀。
まだ若く、相貌は端正で、整った作りだがどこか近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
そのとなりに座る男は、端正な顔立ちの色男とは対照的な猿顔の男だった。
手足がとても細長く、四人の中では一番の長身だ。
酒を飲んで顔を真っ赤にしながら、冗談ばかりを口にする男。
年齢的には色男よりも上だがまだまだ若い。
坊主頭で、上半身裸の上に羽織った毛皮の半纏に袴の裾を膝まで捲った特徴のある格好をしていた。
その猿顔の対面に座るのは、二人よりはだいぶ年上の、鼻の高い犬面の男だった。
色男が少年、猿面が青年なら、この犬面は中年と言ったところか。
山伏の出で立ちだが、その盛り上がる筋骨粒々の肉体は、年を感じさせないほどだった。
料理や酒を下品に飲み食いし、大きな声で猿面と言い合っては、がははとこれまた下品な笑い声をあげていた。
そして四人目は、酒場には不釣り合いなほどにちんまい子供だった。背丈は子供、見た目も子供、髪は長くボサボサで、前髪で隠れて顔がよく見えなかった。
派手な装飾の脚絆と、大きめの武骨な足袋をはいていた。
「で、兄貴よ!次はどうすんだよ?」
「隣の町に斬佐がでたらしい」
猿面に聞かれた犬面が、犬歯を剥き出しにしてにやりと笑った。
「斬佐か、こりゃ楽しめそうだ!奈木慈、しくじんなよ?」
「俺は猿陀よりうまくやる。それより、冷奴が食べたい。牙狼、冷奴くれ」
牙狼と呼ばれた犬面が、女中を呼んで冷奴と煮魚、冷やの日本酒を追加した。
「つーか、自分で注文しろよな!俺様は一番偉いんだ!」
「偉いんじゃない、偉そうなだけだ」
「兄貴、奈木慈に言い負かされてんじゃねーかよ!」
「馬鹿野郎、てめーに言われるとむかつくんだよ!」
犬面と猿面が料理と酒を散らかしながら喧嘩をしているのを横目で見ながら、首筋に傷のある少年は、黙々と混ぜご飯を咀嚼していた。
酒と飯をたらふく食べた四人は、すっかり暗くなった町を練り歩く。
「兄貴、今から隣町まで行くのかよ?明日にしよーぜ!」
「馬鹿野郎!俺の野生のかんがつげてる、今日は商売繁盛だ!」
「さっき言ってた、斬佐?」
ちんまい子供が、犬面を見上げて聞いた。
「たぶんな、匂いでわかる。クソ野郎の匂いだ」
「兄貴の鼻は信用できるからなー。かんは外れるがな!」
「猿陀、てめーの今日の取り分は減らすからな!」
「兄貴、そりゃないぜ!」
「静かにっ!」
猿面と犬面の小競り合いを、首筋に傷のある少年が制した。
「・・・いやがるな、8、いや12、か」
犬面が、鼻をひくつかせた。
「12・・一人頭3人か」
猿面が、長い手足をぶらぶらと振り、体の調子を確かめる。
「俺なら、8はヤレる」
ちんまい子供が、片足でとん・とんと調子良く跳ねた。
「来るぞっ!」
首筋に傷のある少年が刀を抜いた。
犬面は、懐から獣を取るための罠を取り出した。
二つ開きの、大型で尖った刃はとても鋭利だ。
「虎鋏っ!」
一声吠えた犬面が、襲撃者の一人の顔面を鋭い罠でがっちりと挟み込んだ。
「俺の握力、知ってるか?」
犬面の強力な握力によって、襲撃者に食い込んだトラバサミの刃が、人間の硬い頭蓋骨をすいかのように粉砕した。
「兄貴、えぐいぜっ!あらよっと」
猿面が取り出したのは、、沖縄の琉球古武術で使う『トンファー』だ。
ただし、木製ではなく鋼鉄製。
「うあちゃぁぁぁぁぁあああ!」
猿面は両手に持ったトンファーを振り回しながら奇声をあげ、襲撃者に向かっていった。
襲撃者たちは、みな黒い頭巾をかぶって顔を隠していた。
襲撃者の振り下ろした刀を右手のトンファーで受け止め、左手のトンファーを襲撃者の即頭部に叩きつけた。
その衝撃で襲撃者の眼球が飛び出し、命を散らした。
襲撃者三人が、一番くみしやすいと見たちんまい子供に襲いかかる。
一斉に切りかかる三人、刀を振り上げたことで、胴体ががら空きだ。
その胴体に、子供の放った蹴りが炸裂した。
子供のはいていた大きめの足袋、その爪先からとびだしている鋭利な3本の爪。
その爪が、容赦なく襲撃者たちの胴体を切り裂いていく。
腹からちぎれ、上半身が吹き飛び、内蔵が宙を舞った。
圧倒的だった。
猿面の素早いトンファーの一撃で両手両足を粉砕され、最後には頭蓋骨を割られ絶命していく襲撃者。
犬面のトラバサミに噛みつかれ、腹や頭を食い潰されていく襲撃者。
子供の履いている足袋の3本爪、その縦横無尽の蹴りによって切り刻まれていく襲撃者たち。
輝く刀身。
その刃が煌めくたびに、命が失われていく。
首筋に傷のある少年が放つ斬激は、まさに一刀両断。
襲撃者たちも、それなりに腕に自信のある猛者たちだ。
だが、襲撃者の振るう刀は、いや、刀を振るうまえに決着はついていた。
斬られたことすら気づかないほどの、瞬速の斬激。
あっという間に、襲撃者はひとりになった。
「てめぇら、斬佐か?」
犬面が犬歯を剥いた。
「幹部連中はどこだっ!!!」
猿面が吠えた
「いいよ、さっさとヤっちゃおうよ」
子供が鳴いた。
「し、知らない・・・俺たちは、ただ雇われただけだ!斬佐なんか知らねーよ!」
首筋に傷のある少年が、最後の襲撃者に切っ先を向けた。
「あんたら、どんだけ強いんだ・・・。ありえねー、人間じゃねー!化けもんだ、てめぇらは化けもんだ!」
「人間じゃない、か。たしかにそうだな」
首筋に傷のある少年が、静かに口にした。
「俺は人間じゃない。桃から生まれた桃太郎だ」
最後の襲撃者の首が、闇夜に舞った。
桃太郎 THE・darkness!! こば天 @kamonohashikamo
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