Re;Loop ~君と僕とのあの日の日常~

Cipec

第1話 Re.Loop ~君と僕とのあの日の日常~

 例えばの話。


 同じ日常を何度も繰り返して過ごせるとしたら、あなたは何をしますか?


 ーー同じ日常を繰り返す?

 ーー違う日常を繰り返す?


 僕にはどちらが正解なのかは分からない。もしかしたら、どちらも正解かもしれないし不正解かもしれない。

 けど、僕にはそれが分からない。

 だって僕は繰り返している。


 の選択を。


 ✴✴✴✴


 目が覚めるとカーテンを開ける。

 雲一つない晴天が広がっている。差し込む日差しが眠気覚ましとなる。


 習慣となったいつもの動き。


 辺りを見回しても特に代わり映えしない部屋。いつもと何も変わらない自分ーーそれは肉体に変わらないだけであって、精神は変化している。

 その精神は歓喜との悲哀とも呼べるもの。


 今日の今日とて、新しい一日の始まる……はずだった。

 でも、それは思い描いていた幻想ゆめであり、今広がっている現実とは違う。

 夢物語は現実に干渉することはあり得ない。所詮は夢のお話なのだから……。


 時計を確認すると、気づく。現実逃避は無駄となり、引き戻される。再び現実へと。


 また、始まりなのだと……。


 いつもの日常の始まり。けどそれは、もう何度目か分からない日常の始まり。


 ✴✴✴✴


 朝、学校に行くと君は教室の花瓶に水やりをしている。この光景を目にするのは何度目なのか分からない。


 だからこそ、僕は次に起こる出来事も分かる。分かるからこそ僕は君に会いに行った。


 すると、花瓶に小さなジョウロの先端が当たり僅かに揺れる。そして花瓶は崩れて落ちていった。


 その瞬間、僕はその花瓶を手に取った。中の水は溢れたけど、それくらいは問題ない。花瓶が割れて怪我をしなかっただけよかった。


 そして、僕は台本のように決められた台詞を言った。


「大丈夫?」


 僕の言葉を聞いた君はこう言った。


「う、うん。ありがとう……」


 これが僕と君の何度目か分からない最初の会話。

 でも、嬉しかった。

 また、君と話すことが出来るのだから……。


 それが変わらない光景でも気持ちは変わらない。

 君の笑顔を初めて見たのもこの時だった。

 あの時と何も変わらない。


 これが僕と君の変わらない最初の物語。ここから全てがもう一度。


 ✴✴✴✴


 僕はこの日常を繰り返す度にその時体験した記憶の断片を引き継ぐ。だからこそ思うことがある。


『1度目は成功した例』があるのなら、反対に『1度目にはなかった失敗が起こる例』があること。


 分かりやすく言うのなら、2人で『赤・青・黄のボールの中から各自一つ選択しろ』という事が起きた場合。

 1度目では僕は赤色のボールを取り、もう一人は青色のボールを取る。

 しかし、2度目では僕は変わらず赤色のボールを取るが、もう一人は黄色のボールを取る。


 この時点で歯車は狂ってしまう。

 何故なら僕は変わらず選択しても、もう一人の思考がいつも同じとは限らない。思考は常に変化している。散らばったパズルのように細かく複雑なのだ。


 故にこの日常を何度繰り返しても、正解は無いのだ。選択肢は無限なのに通じるものは見つからない。先の見えないトンネルを歩いているかの気分。


 僕は全ての問いに対する答えを知らない。経験したことで得た大まかな答えなら持っているが、それが必ずしも正解なのかは分からない。僕は神様じゃなくて普通の人間なのだから……。


 だから、知っている答えの場所に矛先を変えているだけ。でも、それがまた答え=正解に結びつくこともある。

 やらないと結果は分からない。これが世界の理。

 その先が正解も不正解なのか分かる人はいない。僕は未来を知らないからこそ、たまに思う。


『未来は分からないからこそ楽しい』


 けど、今の僕にその言葉は一番似合わない。


 ✴✴✴✴


 それからというもの、僕と君は関わりを持つようになる。


 最初は、登校後誰もいない教室で一言二言、言葉を交わすだけ。


 君は美化委員の仕事である花瓶の花たちに朝の水やりをするため。


 対して、僕はこれといった理由は無く、ある日は授業の予習復習、またある日は読書をするため。けど、それは全て偽りに過ぎなかった。


 本当は君と少しでもいいから居たい、ただそれだけがこの場所にいる理由……。


 その関係に変化が表れたのは僕が君の仕事を手伝うようになるから。


 孤独でいるのに悲しみを覚えてた君を見ていられず、手を差し伸べる。


 その時の心境は昔も今も変わらない。


『君には常に笑っていてほしい。笑顔でいてほしい。悲しそうにしているより楽しそうにしている君が一番良い君だから』ーー言葉にして伝える勇気を今の僕は持っていない。


 僕の手を取った君は一番良い君になっていた。


 今の君を見て、僕は笑顔になった。


 ✴✴✴✴


 僕が君に対して恋心を抱くようになったのはいつ頃だろう。

 自覚したのは、何度目かの日常。

 無自覚のまま、目の前をちらりと見えた恋心の行方を知りたくなった。

 それが引き金になった。


 抱いた恋心は僕と違って空回りする。

 君に伝えたい2文字の突破口が欲しかった。

 だから、僕は勇気を振り絞って行動に出た。


 ある日の放課後、君に声を掛けた。


「あのさ、もし暇なら一緒に帰らない……?」


 額から流れる冷や汗は身体の熱気を奪っていく。

 それでも尚感じる熱さは今の気持ちの具現化。

 数秒間のはずの時間が数時間に感じる。

 君が出した答えはーー


「私でよかったらいいよ……」


 そして、僕と君は一緒に帰ることになった。

 僕はずっと知らない。僕の隣で歩く君の頬が赤らめていることに。


 帰り道に繋がる会話は様々。学校のことから個人の趣味までと幅広く。

 互いに知る新しい一面に笑みが零れる。

 寄り道で、屋台のたい焼きを食べたり、ゲーセンで遊んだり2人で楽しんだ。

 心から楽しかった時間は刹那に感じた。


『『この時間がずっと続けばいいのに』』


 2人は終わりが近づくにつれて同じことを思っていた。


 緩い明かりを照らす夕日が沈み始めた頃。

 バス停で2人は別れる。その表情は喜びに溢れていた。


「今日はとても楽しかった。ありがとう」

「うん。僕も楽しかった。また、一緒に行きたいな……」

「私も……」

「……」

「……」


 会話が途切れ途切れになる。別れを惜しんでいる。

 再び明日会えるというのに……。


「また、明日」


 僕がそう言うと君も、


「また、明日」


 手を振って、バスに乗った。

 この時ほどまでに幸せを感じた日は、今まで生きてきた中でないだろう。

 幸せの絶頂期はここで終わりになることを知るのは少し先。


 ✴✴✴✴


 何回目だろうか、分からない最後の日。


 僕の隣には君がいて、君の隣には僕がいる。それだけでも幸せ。


 でも、この日が終わるとまたループされてしまう、最初へと。


 満タンまで溜めたものは再び空っぽになる。表面張力の水が僅かな衝撃で無くなるように、また最初からのスタート。


 だからこそ、伝えなければならない。僕の胸に秘めたこの思いを。


 でも、伝えようとすると、緊張が止まれない。緊張と共にせり上がる言葉を口に出そうとしても、喉の中で躓いている。

 必死に伝えようと絞りだそうとしただけ、声は小さくなる。


 やっとの思いで君に伝えた。


「君が好きだ」


 でも、その台詞はかき消された。滴る透明な雨によって……。

 一つも君の心に届くことはなく流されていく。

 だから、君の答えも変わらない。


「何か言った?」


 気になったのか首を傾げる君の姿を見るのにも慣れてしまった。


 再び、あの2文字を言える勇気はもう僕には無かった。

 雫によって流された2文字を探すことを諦めた。

 今回も変わらない最後を迎える。


「ううん、何でもないよ」


 この返しも変わらない。このやり取りもスムーズになってしまったなと密かに思った。


 僕は相変わらず何も成長しない。一度駄目なら2度目をすればいいのに、何故かもう一度あの2文字を口に出す勇気がない。


 僕は臆病者だ……。この世の誰よりも臆病者だ……。


 あの日以降、何も言えないまま最後の夜を迎えた。

 事が過ぎた心は空洞になって、身体は内から崩れてしまった。


 ーーあの日見た君の笑顔。

 ーーあの日繋いだ君の手。

 ーーあの日見た君との景色。


 過ごしてきた沢山の思い出を紡ぎ出すことはしなずに雨とともに飲み込んだ。

 その身に起きた沢山の思い出をまるで忘れさせるかのように、振り払って拒絶する。


 最後の日はこうして終わりを迎えた。


 ✴✴✴✴


 そして、また目覚める。

 そして、また始まる。


 僕と君の一ヶ月の日常の繰り返しを。


 輪廻は終わらない。いつまでも、いつまでも……。




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