ワンドロお題 お昼寝、既読無視、午後の紅
日向はび
夢の続き
「あそこの赤い家まで競争だ。いくぞ!」
「ああっ! まってよぉ!」
真夏の陽光がじりじりと肌を焼く。
アスファルトが熱を発して、遠くに見える家はぼんやりと揺らいでいた。
それを目指して走り去っていく子供の背中を追う。追って追って、追いかけて。
でもどうしても手が届かない。
少しずつ縮まる距離。あともう少し。
そう思った瞬間。
ふいに真央は目をさました。
耳をつくのはミーンミーンというセミの大合唱。
真っ先に思うのは、肌に張り付いたTシャツのベタつきの不快さだった。
ゆっくりとまばたきを繰り返し。一言つぶやく。
「夢じゃん」
なんだ夢じゃんか。と真央は再度心のうちで思って、大きくため息を吐き出した。
ベランダの横においたベッドの上に寝そべって、スマホ片手に暇をもてあましていたら、いつのまにか昼寝をしてしまったらしい。
開けっ放しの窓から入るそよ風が気持ちよすぎるのがいけない。
誘惑に負けてついつい、気がつけば夢の中だ。
しかし目をさませばこの暑さ。
「あー」
だらしのない声を上げて、真央は寝返りをうった。
懐かしい子供の頃の夢だった。
過去の夢などめったに見ないのに。今日に限ってどうしてみてしまったのか。そこまで考えてふと心当たりに気づき、握りしめていたスマホに目をうつした。
そしてムスッとした表情をつくる。
電源をつけてメッセージアプリを起動する。
画面を見つめて数秒。
「既読無視すんなっつの」
真央は寂しさを紛らわすように文句を言った。
それくらいしか、真央にできることはなかった。
メッセージアプリには寝る前に打った真央からの一言『ひさしぶり』。
これでも頑張って打った一言だったのに、ついたのは既読のみ。
ひどい仕打ちだと、真央は思った。
昔は、こんなに付き合いが悪くはなかったはずだ。
夢で見たように、一緒に登下校して、真央はいつも彼の背中を追って走っていた。家が近いから学校帰りにどっちかの家で折り紙やゲームなどしたものだ。
なのに。
たしか中学に入って、彼が部活に勤しむようになってからこのように疎遠になったのだ。連絡をしあってもなかなか会うことはなく、高校に上がれば更にそれが顕著になった。夏休みすらも、会うことは叶わなくなってしまった。
もう随分長く顔も見ていない。
それでも、それでも必ずお互いの誕生日にはおめでとう。って言っていたのに。
連絡一つよこさないどころか、既読無視。
それで思わず冷めた口調で言葉が飛び出た。
「最低」
違う。
最低なのは自分だ。
彼の誕生日、真央はどうしてもメッセージを送れなかった。
直接言いたくて、家の前で待っていた。
そうすれば会って言えると思ったのに。彼はその日部活の遠征だったらしく、帰ってこなかったのだ。
知らなかったといえ、自分がさきに「おめでとう」を言わなかった。
しかたない。しかたない。
そう思うのに。
「せっかくの誕生日なのに……」
真央は落胆を隠せなかった。
もうだめなのかも。そんなふうにすら思った。
大学生になって、社会人になって、そうしてどんどん離れていく。そんな未来が予想できてしまう。
寂しくて悲しくて仕方ない。
真央はひとつため息をもう一度吐き出して上体を起こした。
諦めはいいほうだ。
だから、仕方ない。そう思うしかない。
真央は視線を落とし、口をへの字に曲げて立ち上がる。
改めて自分の状態を確認すれば、髪までベタベタしている。これは一度シャワーでも浴びねばなるまい。さっと着替えを用意して、階段を降りて浴室に向かう。
シャワーで全部流してやる。そんな気持ちでサクサクと準備をしていると、その途中に。
「あれ、お前いたの?」
真央の後ろから声をかけられた。
兄だ。
「いた」
「どこに?」
「部屋、寝てた」
互いにそっけないやり取りを重ねる。
さっさと風呂に入りたい。そんなふうに思っていたから、いつもより何倍も適当に対応している。
それに気分を害したのか、兄は真央とそっくりの眉毛を寄せて、「あっそ」と、こちらもひどくそっけなく言った。
ただ、そこで話が終わらなかった。
「さっき、隣の
ばっと振り返って兄を凝視する。
「いつ!?」
「だからさっき。なんかこれ、お前にってさ」
渡されたのは【午後の紅茶】。
真央が好きなレモンティー。
真央はそれを恐る恐るといった手つきで受け取る。
兄がやれやれと背をむけて去っていくのにも気づかずに、それを凝視する。
セロハンテープで、四つ折りにされた折り紙が貼られていた。
真央は泣きたくなった。
「なによ」
既読無視かましといて。これで許せとでも言うつもり?
こんな折り紙の無駄遣いみたいな。
ちゃんとなんか折ればいいのに。
真央は混乱した心で愚痴りながらも、嬉しくて寂しかった。
これは嬉し泣きだ。
眦の涙をぬぐってそう思う。
「直接言いなさいよ」
真央は着替えを放って玄関に向かった。
手にはひんやりと汗をかいた【午後の紅茶】。
靴を履いて、真夏の外に走り出る。
じりじりと日が肌を焼く。
蜃気楼が見える。
その中を走って、走って、すぐそこに見える家に向かって走った。
幼馴染の家の前、立ち止まって改めて手の中のペットボトルを見やる。
『お誕生日、おめでとう。真央』
真央は、笑って小さくつぶやく。
「ばか」
そして、そっとチャイムをならした。
ワンドロお題 お昼寝、既読無視、午後の紅 日向はび @havi_wa
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