第284話 彼女の涙 1
『(前原) 新田さん』
『(ニナ) ん。私も少し前に終わったから動けるよ』
『(ニナ) 大丈夫、話は朝凪から聞いてるから』
『(ニナ) とりま、二手に分かれるか。そっちのほうが効率もいいし』
『(前原) わかった。じゃあ、そういうことで』
五人で居る時は冗談ばっかりの新田さんだが、こういう時にはしっかりしているし、俺が具体的な指示を出さずとも、彼女のほうで考えて勝手に動いてくれるので、こちらとしてはとてもありがたい。
校内のどこかに一人(おそらく)でいるだろう天海さんだが、行く場所はそう多くはないだろう。
状況的に考えて、きっと人目のつかないところで落ち込んでいるだろうから、そういうところを探せばいいのだ。
新田さんは校舎内、俺は敷地外を中心に手分けして探すことに。建物など全て含めるとかなり広いかくれんぼではあるけれど、他学年は授業中なので、行動自体はある程度制限される。
おそらく20分もかからないうちに見つかるだろうが……時間がかかるのは、もしかしたらその後かもしれない。
「――お、真樹、どうしたんだこんなとこほっつき歩いて」
「! 望」
上履きから靴に履き替えて昇降口を出たところで、背後から望に声をかけられる。いきなりのことで少し驚いたが、三者面談期間中の部活動参加は任意らしいが、望は相変わらず練習に励んでいるらしい。格好を見ると、どうやらランニングを終えて戻ってところのようだ。
「えっと……あ、そういえば真樹は今日が面談日だったっけ。どうだった? まあ、お前の成績なら何の文句もつけられないだろうけど」
「俺の方は平気……なんだけど、」
「……だけど?」
「……」
一瞬、望にも天海さんのことを言うべきかどうか、考える。
俺にとっては、望も大事な友達だ。お願いすれば話を聞いてくれるだろうし、何なら練習中でも、途中で抜け出して一緒に天海さん探しを手伝ってもくれるだろう。
これがただの迷子だったら、俺も特に迷わず望に事情を話して協力してもらうだろうが、今回は場合が場合である。三者面談直後に絵里さんへ声を荒らげたと考えると、どう考えても今度の進路についての話だ。
特に天海さんは、高校卒業後の進路については、特に迷っているような節が見受けられる。進学を希望していることは本人からも話は聞いているけれど、どこの大学を受けるつもりなのかはわからないし、それに、今回のテストの結果が芳しくなかった可能性もある。
一年生の時はそれほどでも、二年、三年と学年を重ねるにつれ、テストの成績はだんだんとデリケートな情報になってくる。
……そう考えると、天海さんの意思を確認しないまま、『友達』だからという理由だけで、おいそれと喋っていいものかどうか。
「? 真樹、どした」
「あ、いや……」
すぐに海か新田さんに相談したい衝動に駆られたが、海は面談中だし、校舎内で天海さんのことを探してくれている新田さんもすぐには対応できないだろう。
どうするかは、今、俺が決めなければならない。
さて、望にはどう言うべきか。
誤魔化しはきっとばれるし、信頼している友達にこういう時に嘘はつきたくない。
「……えっと、ごめん。ちょっと外せない用事があって」
「用事、なんか面倒事か?」
「まあ、そんな感じ、かな。なんだけど、今はまだ内密な話にしておきたいというか……ごめん」
「それは……俺にもできない話か?」
「うん。今は、まだ」
自分でも歯切れの悪い、中途半端な答えだとわかるが、天海さんの意思がはっきりしていない以上は、今はこれが望に打ち明けることのできる精いっぱいだった。
「そっか、わかった。じゃ、俺は練習に戻るわ」
「ごめん、望。友達なのに、こんなことしか言えなくて」
「気にすんな。俺とお前は友達だけど、無理して全部をさらけ出す義務なんかねえよ。家族でも恋人でも、なんでもねえんだから」
「……優しいね、望は」
「別に、普通だろ。ま、とにかくさっさと用事済ませてこい。あと、本当に困った時は相談しろな」
「うん、わかってる。ありがとう」
「おう」
ぽん、と俺の背中を軽く叩いて、望は部室のあるグラウンドへと戻っていく。
部活の関係で、五人の中では蚊帳の外に置かれてしまいがちな望だが、やはり、俺には彼のことが必要だ。
彼と同じような丈夫な体を持つことはきっと叶わないけれど、あれぐらい寛大な心を俺も持ちたいと思う。
「ありがとう、望」
徐々に小さくなっていく背中にそう呟いて、俺は改めて天海さんのことを探し始めることに。
新田さん、及び絵里さんからは何の連絡もないので、今のところ、天海さんは校舎外にいる可能性が高い。グラウンドのほうは体育の授業や、望のように部活に勤しんでいる生徒たちがいるので、そちらのほうは除外するとして――。
「……そうなると、後は――」
念のため周囲の物陰に目を配りつつ、俺は予め目星をつけていた場所へと足を運ぶ。
2年生になって以降、この場所に来る機会は激減していたが、1年生次までは、海や新田さん、望などと一緒にたまにお昼ご飯を食べていた場所。
教員専用の旧喫煙所で、今は古びたベンチのみがぽつんと置いてある、先生も生徒もほとんど使用していない、とある校舎裏の一角――。
足音を立てず、建物の陰からゆっくりとその場所を確認してみると。
ベンチ脇に一人しゃがみ込み、膝を抱えてさらに縮こまっている寂しい背中を見つけた。
薄暗い場所にいるせいか、いつもは眩しいぐらいに煌めいている金色の髪が、今は少しだけくすんでいるように見えて。
「……っ、ぐすっ……」
「天海、さん」
「! まき、くん……」
俺の声に咄嗟に反応してこちらを振り向いた天海さんの頬から、一筋の雫が流れ落ち、制服のブレザーに小さなシミを作る。
感情表現が豊かな天海さんなので、彼女の泣き顔自体は、珍しい部類ではあるけれど、初めてのことではない。
……それでも。
これほどまでに悲しそうな表情で泣く彼女のことを見るのは、まだ俺の記憶の中には存在していなくて。
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