第283話 三者面談 4


「――まずは先日行われた試験の結果についてお伝えいたしますね。今回行われた中間テストの結果ですが……私からは特に申し上げることは何もありません。クラス内順位は当然として、学年順位でも相当上位に食い込んできています。この調子でいけば、まず間違いなく希望している進学クラスに入っていけるでしょう」


「あらすごい。真樹、頑張ったじゃない。いい結果が出てよかったわね」


「まあ……部活もやってないわけだし、それぐらいは頑張らないとね」


 当然だと言わんばかりの空気を出している俺ではあるけれど、内心はものすごく嬉しい。クラス内順位は当然のごとく1位、学年でも、それまで壁だった20位台を乗り越え、ついに10位台にまで上り詰めた。


 これも、全ては勉強を見てくれた海のおかげである。試験直前は天海さんたちの対策に時間を費やすことも多かったけれど、それ以外では海のほか、中村さんや早川さんといった成績トップクラスの人たちにしっかりと鍛えられたため、恩に報いることができて、まずはほっとした気分である。


「なので、面談前に提出してもらった進路調査票についても、私はこのままで問題ないと思います。第一志望の国立のK大学は、県外からも希望する子たちが数多くいる難関ですが、まだ時間は1年以上ありますから。……遠方の大学となりますけど、お母様はどうお考えですか?」


「息子が強く希望しているのであれば、私としてもその意志を尊重してあげたいと思っています。……この子には今までずっと苦労ばかりかけてしまいましたから、お金ぐらいは、私一人でなんとかしてあげたいかな、と」


 父さんが俺のために口座に残してくれていた進学費用もあるけれど、授業料や教科書代といった学費以外のお金は、俺のほうでもアルバイトなどで工面しなければならない。


 苦労ばかりかけた、と母さんは言っているけれど、そんなことはない。今の母さんがいるからこそ、俺は今不自由なく生活出来ているわけで、今後は逆に母さんの負担を軽くしてあげられるよう頑張っていく立場だ。


 今の時点でアルバイトなどを始めるのは難しいので、とにかく、少しでも成績を上げて母さんの不安を和らげてあげるしかない。


「ちなみにだけど、前原君は将来どんな仕事に就きたいとか、そういうのは考えたことある? 一応調査票には『就職』とだけ書いてあったけど」


「それは……まあ、大学に進学してからゆっくり考えてもいいのかなと。K大学は企業への就職実績もありますし、学生に対するサポートも手厚いと聞いているので」


「あら、真樹にしてはやけに饒舌じゃない。まるで予め準備してたみたい」


「……母さん、余計なことは言わなくていいから」


 面談に備えて調査票には無難な答えを記載したものの、本当に希望しているのは第一志望の大学だけで、それも海がそこへ進学を希望しているからそれについていくだけのことだ。


 大学でやりたい研究や、将来やってみたい仕事などは、今のところ特にない。


 今、俺が希望している将来――これからも海と仲良く、笑って過ごしていけるだけの収入があり、しっかりイチャイチャできるだけの休息があれば、今のところ職種は問わない。


 そう考えると、やはり公務員あたりになってくるのだろうか。身近にいる人など、天海さんの父親である隼人さんが地方公務員として働いていることは知っているけれど、イメージしていた以上に毎日忙しそうにしているし……天海さんにお願いして、一度詳しく話を聞いてみるのもアリかもしれない。


「とりあえず、今のところは探している最中ってことね。大学卒業後の選択肢を多く残すって意味ではK大学で全然問題ないと思うけど、もし途中で考えが変わったのなら、いつでも相談していいから。志望する職種によっては、K大学よりも有利で、合格しやすいところだってあるから」


「だってよ、真樹。……まあ、アンタは海ちゃんに永久就職できればそれで満足なんでしょうけど」


「か、母さんっ!」


 先生からも『問題ナシ』とのお墨付きをもらって安心したのか、それまで固くなっていた母さんの表情もすっかりと軽くなり、余計な冗談まで飛び出す始末である。


 海との恋人関係については、1年生のころから付き合いである八木沢先生もなんとなく察していたらしく、苦笑いを浮かべるのみで済ませてくれたけれど。


 ……やっぱり、面談の時間も早く終わって欲しい。逃げられないし恥ずかしいしで、どうにかなってしまいそうだ。


 その後は、勉強以外の学校における生活態度についての話などをほんの少しして、俺の面談については全て終了となった。一つ前の天海さんの面談で時間が押してしまったものの、逆に俺のほうは予定していた時間の半分もかからなかったのもあり、八木沢先生も腕時計を見てほっとした表情を浮かべている。


 ……ちなみに、先生から『もう少し同性のクラスメイトと交流を――』と言われたのが、順調だった俺の面談では唯一の注意事項だが、これについては適当に苦笑いを浮かべて流した。


 修学旅行も控えているし、そう考えると、他クラスの望や、1年後輩の滝沢君以外の味方を作ることは決して悪いことではないと頭では理解しているのだが……クラスメイトでは天海さんや荒江さん、そして隣のクラスでは中村さんなど、俺の周りに集まってくる人たちの個性が強すぎて、クラスメイトの男子たちは俺に対して遠慮がちな態度を取っており――まあ、その点もいずれは解決していこうと思う。


「――それでは、少し駆け足にはなりましたけど、これで面談のほうは終了です。前原さん、ご多忙の中、わざわざお越しくださりありがとうございました」


「いえいえ。八木沢先生も、まだお若いのにしっかりと生徒たちのことを見ていらっしゃって。真樹、あんまり先生に迷惑を掛けちゃダメよ。あと、女遊びはほどほどに」


「言い方。後、俺は別に意識してやってるわけじゃないから……まあ、善処はするけども」


 最後まで和やかな空気の中、俺は母さんと一緒に教室を出る。ひとまず嫌なイベントから解放されたおかげか、いつもより外の空気が美味しく、快適に感じる。


 さて、自分の面談はこれで終了したので、後は、次に予定している海の終わりを待ってから皆で一緒に下校して――というところで、少し様子がおかしいことに気付いた。


「あ……お帰り、真樹。どうだった?」


「まあ、特に大きな問題はなかったけど……それより、どうしたの? 何かあった?」


 母さんと一緒に教室を出た時、まず最初に目に映ったのは、慌てた様子で廊下周辺を歩き回っている絵里さんと空さんの二人。


 海は俺が出てくるのを待ってくれていたようだが、その中で一人、この場にいない人がいる。


 そう、天海さんだ。


「まったく、あの子ったら急に大声なんか出して……ごめんさない、空さん。もうすぐ海ちゃんの面談の時間なのに、探すの手伝ってもらっちゃって」


「いえ、私も夕ちゃんのこと心配ですから……海、先生、あとどのくらいなら待っていただけるって?」


「私たち以降の予定もあるから、待っても後5分ぐらいだって。……真樹、いきなりで悪いんだけど、夕のことお願いできる? あの子、絵里おばさんと話してる途中で、いきなりどこかにいっちゃって」


 天海さんの鞄はまだ教室の前に残っているから、おそらく学校内からは出ていないだろう。


 絵里さんとどういう話になったのか、今のところの詳細はわからないけれど、このまま放っておくこともできない。


 そうこうしているうちに、11組の先生が教室のドアの隙間から顔を出して、海のことを呼ぶ。海と空さんの二人はここで一旦離れなければならない。


「お母さん、時間だよ。後のことは真樹とか新奈に任せて、私たちはさっさと予定をやっつけちゃお。大丈夫、私の成績で文句なんか言わせないから」


「そうね。絵里さん、すいませんが、私たちは一旦……真樹君、私たちも終わったらすぐに行くから」


「了解です」


 時間的に、俺と同時間帯で面談を行っている(はず)の新田さんも今ごろは自由になっているはずなので、二人で協力すれば天海さんを見つけるのにそれほど時間はかからないだろう。


「……真樹ってば、随分頼られてるのね」


「まあ、この中で動けるのは俺ぐらいしかいないし、困っている絵里さんのことも放っておけないから……母さんはこの後も仕事だろ? 俺たちのことはいいから、午後も頑張って」


「うん。でも真樹、あんまり無茶しちゃダメよ」


「わかってる。……じゃあ、行ってらっしゃい」


 この後すぐに仕事に戻らなければならない母さんと別れてから、俺は校内のどこかにいる天海さんを探しに行く。絵里さんにはこのまま教室の前に残ってもらい、俺と新田さんが天海さんのことを宥めつつ、気持ちを落ち着けてから絵里さんの元に送り届ける算段だ。


 ……新田さんにそのことを話すのはこれからだが、彼女ならきっとすぐに理解してくれるだろう。


 とりあえず、今は天海さんの居場所を探すことが急務だ。

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