第282話 三者面談 3
天海さんの三者面談が始まってから数分後、余裕を持って早めに来たという空さんと合流し、俺と海、そして、それぞれの親を含めた四人での雑談が始まった。もちろん、周囲の迷惑にならないよう、身を寄せ合って、こっそりとではあるが。
「――あら、そうだったんですね。ウチの息子ったら、聞いても恥ずかしがってちっとも話してくれなくて。『まあ、普通だよ普通』だなんてすぐにはぐらかして」
「ウチの娘も最近は似たようなものですよ。仲が良いのはもちろん結構なことですけど、一体真樹君のお家で何をやってるのやら……ねえ、海?」
「べ……別に普通、だけど。ねえ、真樹?」
「う、うん」
「「……あらまあ」」
それぞれの両親から顔を背けて答える俺たちに、親たちは呆れたように笑う。
話の中心は、俺と海の恋人付き合いの現状について。毎週末、俺の自宅で夜遅くまで遊ぶというスタイルは、『友だち』から『恋人』へと昇格した現在でもずっと変わっていないけれど、恋人として仲を深めていくにつれて、当然、その中身は『友だち』の時のそれとは大きく異なるわけで。
……言えることもあったり、とてもじゃないけれど正直には言えない『恥ずかしい』こともやっていたり。
ウチの母さんと空さんが一緒になった時点でこうなることは予想していたが……まさか、これほどまでに早く三者面談の時間を待ちわびることになるとは。
今この時だけ、なぜか真夏のように体が火照っている感じがする。
「そういえば、空さんはもう聞きました? この子たちの進路のこと。二人で一緒の大学に行きたいって」
「ええ、もちろん。この辺で一番レベルの高い大学だから、私たち親としても文句はないんですけど。でも、自宅から通うにはちょっと遠いところにありますから……海、真樹君、二人とも、私たちに何かお願いしたことがあるんじゃない? せっかくの機会だし、今、聞いておいてあげるけど」
「「…………」」
親にはまだ何も話していないけれど、恋人同士で、同じ遠方の大学へと通うことになれば、当然、親としては察するものがあるのだろう。
お察しの通り、順調に志望大学へと進学した場合、それを機に、俺と海で、同じ部屋に住みたいと考えている。ルームシェア、と言えば聞こえはいいかもしれないが、つまりは同棲生活をスタートさせたいわけだ。
将来のことについて、俺も海もまだはっきりとしたビジョンは浮かんではいないけれど、そうなればいいなとは常日頃から意識はしている。
進学して、就職して、結婚をして、守るべき家族が増えて――それぐらい、俺の中で『朝凪海』という女の子は大切な存在になっている。
志望する大学への合格について、まだまだ俺には高いハードルとして立ちはだかっているけれど、大好きな彼女のためだったら、きっと頑張れる。
……そのぐらいの決意はあるけれど、三者面談の場でそこまで言うつもりはない。というか、そんな宣言をされても先生のほうが困ってしまうだろう。
「まあ、その話は今後おいおいさせていただくとして……それより母さん、今何時かわかる? 天海さんたちが入ってからもう結構経つと思うけど」
「! そうね、確かに予定の時間はとっくに過ぎちゃってるけど……」
親たちのお喋りのせいでそれほど意識はしていなかったが、母さんの腕時計を覗き込んでみると、すでに時刻は2時を過ぎ、そろそろ俺たち家族の次の組がやってくる時間だ。
面談の内容によっては多少終了時間が前後することはあるけれど……それだけ面談に時間がかかる何かがあるのだろうか。
天海さん親子がいるであろう教室内の様子をうかがい知ることは、カーテンを閉め切られた今の状況では難しい。
予定の時間から5分経ち、10分経ち――そろそろ確認のため教室のドアをノックしようかと思った矢先、天海さんと絵里さんの二人が教室から出てきた。
「――お待たせして申し訳ありません。それでは次、前原さんお願いいたします」
申し訳なさそうに頭を下げる八木沢先生の後に続いて、俺と母さんは面談のために教室の中へ。
入れ替わりで教室に入る際、一瞬だけ、横をすれ違った天海さんと目が合った。
「! 真樹君、ごめんね。思った以上に時間かかっちゃって……」
「気にしないで。俺の方は多分そんなに時間かかんないだろうし。じゃあ、ちょっと行ってきます」
「あ、うん。いってらっしゃい……えへへ」
テストの成績のこともあるだろうから、もしかしたら相当厳しいことを言われたのだろうか。あからさまに天海さんは肩を落としてシュンとしてしまっている。
親の前ではっきりと現実を突きつけられて気分が落ち込むのも三者面談あるあるだが、担任の先生にとって、そして親である絵里さんにとっても、天海さんの将来のことを思えば避けては通れない道なので、そこはある程度仕方がないことだとも言える。
子供たちの恨まれ役を買うのも、きっと『大人』の仕事なのだろうから。
そして、落ち込んだクラスメイトのことを元気づけるのは、俺や海、新田さんや望といった『友達』の役割で――。
俺はすぐさまスマホを操作して、海へとメッセージを送った。
『(前原) 海』
『(朝凪) うん、夕のことは私に任せて』
『(前原) ありがとう。やっぱり海は頼りになるな』
『(朝凪) ま、親友だしね』
天海さんのことは、ひとまず海に任せておけば問題ないだろう。
人は人、自分は自分。とにかく今は、目の前のことに集中しなければ。
「――前原君、用事は終わった? 時間も押してるし、そろそろ始めましょうか」
「はい。……母さんも、今日は来てくれてありがとう」
「? どうしたの、急に改まって……まあ、真樹が学校でも元気にやってるなら、私は構わないけど」
用意された椅子に母さんと並んで座り、いよいよ俺の面談がスタートした。
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