第281話 三者面談 2


 俺としてもなるべく避けたい三者面談ではあるけれど、唯一、期間中は午前中授業になるのがありがたい。


 面談の時間は、生徒一人あたりおよそ20分~30分ほど。内容としては、学校での生活態度や学業成績、その後の進路などについて担任や親と軽い話し合いをもつことになる。


 事前に決められた時間割により、俺の出番は初日の午後2時となっている。当然、母さんにはきちんとそのことを伝えているので、時間になればやってくるはずだ。


 午前中の授業が全て終わり、2年生の教室が集まるフロアはどことなく重苦しい静けさに包まれている。1、3年生の他学年は通常授業だが、三者面談期間中ということもあり、皆、近くを通る時は気を遣って息をひそめている。


「――真樹、面談まで少し時間あるけど、お昼どうしよっか? ぱぱっと済ませたいし、久しぶりに学食でも行ってみる?」


「うん。この時間なら人も少ないだろうし……天海さんもそれでいい?」


「いいよっ。えへへ、いつもはお弁当だから、なんだか楽しみだね。じゃあ、ニナちにも声かけてみるね」


 仕事の都合でどうしても期間中に都合がつかなかったという望を除いて、他の四人の面談予定はすべて今日に集中している。時系列順に並べると、最初に天海さん(午後1時30分)、次に俺と新田さん(午後2時)、それが終わったら海(午後2時30分)という並びだ。


 もちろん、俺は海の終わりを待って一緒に帰り、その後、いつものように夕方まで一緒に遊ぶ予定である。結果次第では親からのお説教が待っているかもしれないけれど、テスト期間中、海と遊ぶ時間があまりとれなかったので、少しぐらいは許してほしいところだ。


 同じく面談の時間まで校内で暇をつぶしていたという新田さんと合流して、校舎1階にある学食へ。この時間だと、定食や人気のメニューは大抵売り切れてしまう(望からの情報)そうだが、今日は2年生のほとんどが利用していないこともあり、今のところは選び放題だった。


「あ、委員長、私A定食で」


「真樹、私は日替わりね」


「……えっと、じゃあ私も海と同じ日替わりで。えへへ」


「あの、一応言っとくけど、奢らないよ?」


 俺が代表して四人分の食券を購入して(お金もちゃんともらった)、料理を受け取ってから席につく。広いフロアを俺たち四人でほぼ貸し切りの状態――いつもと違って、なんだか落ち着かない。


「あ、そうだ。ねえ真樹、お母さんから聞いておいてってお願いされたんだけど、真咲おばさんって、三者面談の後はまた仕事だったりする? もし何もなければ皆で一緒に夕ご飯でもどうかって言われてるんだけど」


「空さんが……ごめん、多分俺の面談が終わったらまたすぐ会社に戻ると思う。夕方ぐらいまでは休憩の時間とってるみたいだから、1、2時間ぐらいお喋りするだけなら問題ないと思うけど」


 朝凪家とは家族ぐるみの付き合いになりつつあるけれど、俺と海、そしてウチの母さんと空さんのお互いの親子が同じ場所に会するのは、何気に初めてである。


 母さんと空さんが、たまに会ってお酒を飲みながらお喋りをしているのは知っているけれど、二人とも、いったいどんな会話を繰り広げているのだろうか。


 大人同士の会話のことをいちいち詮索するのもどうかとは思うけれど……ちょっとだけ、気になる。


「真樹君のお母さんっ! そういえば、私が最後に会ったのって、去年のクリスマスパーティ以来かも……ウチのお母さんがすごく会いたがってたんだけど、お話できるかな?」


「へえ、委員長のお母さんかあ……根拠とかないけど、めっちゃ委員長に似てそう」


「そりゃまあ、親子だからね。顔は似てると思うけど」


 新田さんのほうはクラス別なのでともかく、天海さんとは時間が近いので、もしかしたら話すことなどもあるかもしれない。


 ……絵里さんのことを前にして、ウチの母さんがあまり変なことを口走らなければいいが。親が自分の話を誰かに対してするのを眺めているのは、なんとなく恥ずかしい。


 その後もそれぞれの両親について、不満や愚痴なども交えつつ、面談までの時間を学食内でゆっくりと過ごしてからそれぞれの教室へと戻ることに。クラスによってはすでに始まっているところもあるようで、入口前で、神妙な顔をして親御さんと次の出番を待っている生徒たちもちらほらと見かける。


 海や天海さんとともに教室の前へと差し掛かったところで、こちらに気付いた亜麻色の髪の女性――絵里さんが小さく手を振ってこちらへと駆け寄ってきた。


「もう夕ってば、どこに行ってたの? 教室覗いても誰もいないから、お母さん、ちょっとだけ寂しかったわよ」


「みんなと学食でお昼ご飯食べてて……って、お母さんが来るのが早すぎるんだよぅ。まだ面談まで30分以上あるのに」


「ふふっ、久しぶりに娘の通う学校にお邪魔するって考えたら、ちょっと張り切り過ぎちゃって」


 張り切った、と絵里さん本人が言う通り、家でみるラフな服装とは違い、フォーマル寄りの装いで、化粧もばっちりとしている。もちろん、こちらのほうも文句なく綺麗で、さすがに元タレントさんといったところか。


 親も子も、周囲と較べて明らかに存在感が飛び抜けている。


「久しぶり、海ちゃん。それに真樹君も。あなたたちも今日は面談よね? お母さんたちが来るのはこれから?」


「はい。私は2時半からなので、多分これから出る準備をする感じだと思いますけど……あ、ねえ真樹、あれ、もしかして真咲おばさんじゃない?」


「母さん? ……本当だ」


 海が指を差した先に、廊下を歩いてくる母さんの姿が見える。これまで仕事の都合でウチの高校に来る用事がなかったこともあり、辺りの設備を見渡しつつ、事前に渡された案内図を元にゆっくりとこちらへ向かっているようだ。


 あまり大きな声を出せないので、俺と海の二人で先に迎えにいくことに。


「母さん、こっち」


「! あら真樹、迎えに来てくれたの? ありがと。それに海ちゃんもこんにちは」


「こんにちは、真咲おばさん。この時間にこうしてお話するのって、なんだか新鮮ですね」


「いつもは出勤前でバタバタしてるからね~。まだ面談までは時間あるみたいだし、久しぶりにお喋りしましょうか。真樹、そういうことだから邪魔しちゃダメよ」


「まあ、ご勝手にどうぞ……というか、母さん、来るの早くない?」


「外回りの仕事が早く終わったから。……なに? そんなにお母さんと一緒にいたくないの? ねえ海ちゃん、今のどう思う? ウチの息子ったらひどくない?」


「真樹、めっ」


「…………」


 話す機会は少ないけれど、海と母さんの仲は相変わらず良好で一安心だ。普段の振る舞いによってはあまりいい印象をもたれないこともある家族付き合いの中で、俺は大地さんと空さん(と後は陸さんも)、そして海は母さんと、それぞれいい関係を築けているのは嬉しい。


「お久しぶりです、真樹君のお母さん。私のこと、覚えてますか?」


「もちろんよ、夕ちゃん。クリスマスの時はウチの息子が大変ご迷惑をかけて……真樹、海ちゃんという彼女がいるにも関わらず、こんなびっくりするぐらい可愛い女の子ともお知り合いだなんて、アンタは本当に果報者ね」


「まあ、良い出会いに恵まれるってのは認めるけど……あの、それより絵里さん、どうしてそこで俺の頭をなでなでする必要が……」


「ん~? うふふっ、相変わらず真樹君は可愛らしいなって思って」


「も、もうお母さんっ、真樹君が困ってるからっ。……ご、ごめんなさい、ウチの母が失礼なことを」


「いいのよ、気にしないで。……初めまして絵里さん、真樹の母の真咲で――って、あら?」


 握手をしようとお互いに近づいたところで、絵里さんの顔を間近に見た母さんの顔が一瞬固まる。


 何か引っかかったことでもあるのか、首を傾げる絵里さんのことを、母さんはなおもじっと見つめて。


「? あの、真咲さん、どうかしましたか?」


「! っと、申し訳ありません。昔どこかでお会いしたような気がしてつい……ああっ、そうだっ、思い出した。エリーさん、エリー・ホイットナーさんじゃないですか?」


「……あらまあ」


「「「……?」」」


 母さんの一言に、事情が良く飲み込めない俺たち子供三人は首を傾げるしかない。


「お母さん、エリーさんって……」


「ああ、ごめんなさい。夕にはあまりお話する機会がなかったけど、『エリー・ホイットナー』っていうのは私の昔の芸名なのよ。ホイットナーは、私のお母さん、つまり夕のお婆ちゃんのファミリーネームってことね。……でもまさか私の昔の芸名を知っている人がいるなんて」


「私が通っていた大学がそちら方面でしたし、仕事でも色々と調べる機会もありましたから、それで。夕方の情報番組、好きでいつも見てましたよ。こちらこそ、まさかこんな形で会えるなんて」


「ええ、本当に。私も嬉しいです」


 絵里さんの仕事内容についてはふわっとしたことしか知らなかったが、意外な縁もあるものである。


 とりあえず、お互いの第一印象も悪くなさそうだし、この分だと空さんなどと含めて仲良くなれそうでよかった。


 こちらに引っ越してきて以来、プライベートで仕事の愚痴や子供のことなど、相談できる人は空さんほぼ一人だったため、その輪の中に絵里さんが加わってくれるとなると、子供としても心配が少なくていい。


「……あの、真樹君、ごめんね? ウチのお母さん、こういうの久しぶりだからテンション上がっちゃってるみたいで」


「いや、ウチの母さんも普段仕事ばかりで寂しいみたいだから。こちらこそ、母さんの話相手になってくれてありがとう」


「そう? それならよかったのかな……えへへ、お母さんたち、すごく嬉しそうだね」


「うん。でも、あの調子だと余計なことまで喋りそうだから、そこだけなんとかして欲しいけど」


「あ、それわかるっ。言わないで、って私がお願いしてるのに、お母さんってば『ごめん、つい』って舌出してさ。もう、いい加減にしてほしいよ」


 親を持つ子として、天海さんも似たような不満は持っているのだろう。


 外から見ると凄まじいほどの高嶺の花で、住む世界が違うと思っている人でも、こうして話してみれば、等身大の悩みや愚痴を抱えていたりするのだ。


 相手を過剰に上に見たり、自分を卑下しすぎたりしなければ、意外と手の届く場所にいる……と思うのだが。


「……むぅ」


「っ……あの、海さん、どうして脇腹を、こう、強くひねりあげてくるのかなって」


「べつに? ただ、夕と随分楽しそうにお喋りしてるから、ちょっとムカついただけ」


「別に、じゃなくて、それが理由なのでは」


 そして、もちろん海のことも忘れてはいけない。天海さんと話しているとあからさまにむくれるのはいつものことだし、そういうところも可愛いと思う自分もいるけれど……海のことを第一に考えるのならば、異性である天海さんとの距離感は、もう少しだけ考えたほうがいいのかもしれない。


 友達ではなく、友達の友達、ぐらいの距離感に。


 だが、それはそれで寂しい気もして。


「――大丈夫だよ、海。それは、絶対にありえないことだから」


「……夕?」


「うん、そうだよ。真樹君と私はただのお友達、親友の彼氏さん……それ以上でも以下でも、ないから。だから、そんなにやきもち焼かないで? ね? あ、それとももうちょっと思わせぶりな態度を取ったほうが面白かったかな?」


「……夕ぅ? アンタねぇ?」


「げ、やば……えっと……あっ、ちょうど先生が呼んでるみたいだから、私、行ってくるねっ。お二人とも、後はごゆっくり~……なんて。それじゃっ」


「あ、こら待てっ」


 海のことを揶揄うだけ揶揄って、天海さんは絵里さんと一緒に教室の中へそそくさと消えていく。


 やきもちをやく海のことを揶揄って可愛い姿を観察するのは天海さんがたまに見せるムーブだけれど、それにしてはいつもの雰囲気と違うような。


 笑っていても時折寂しそうな、そして、先程のように無理矢理元気な様子を見せようと無理をして。


 ……やはり、まだまだいつもの天海夕からは程遠い気がする。


 新田さんのことも、天海さんのことも気にならないといえば嘘になる。


「……あのさ、海」


「? どした、真樹」


「俺はずっと、海のことだけ考えるから」


「……うん。大丈夫、ちゃんと分かってるから」


 ありがとね真樹――そう耳元で囁いた海が、そっと俺のほうに体を寄せてくるのを、俺はしっかりと受け止め、そして離さないようにぐっと手を握りしめる。


 その様子を見た母さんが呆れたように笑っているけれど、俺たちはこのまま、何も変わらずバカップルをしていればいいのだ。

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