第280話 三者面談 1
ほとんどの学生にとって、長い学校生活を過ごしていると、どうしても嫌なイベントの一つや二つは必ずやってくる。
新学期の自己紹介タイムや、各学期に必ず行われる定期テスト、夏休み中の出校日、炎天下の中行われる体育祭に、冬場のマラソン大会……人によって微妙に違うけれど、学校行事の全てが楽しみだと思う人は、中々少ないのでは思う。
だが、そんな中で、おそらくほとんどの生徒(※あくまで俺個人の意見として)が憂鬱に感じるであろうイベント――三者面談が、秋の深まる10月中旬、ついにやってきてしまった。
中間テストの答案も昨日までの間にほぼ全ての教科で返却されており、順位の発表や平均点などの詳細については、三者面談の際に、担任の先生から言い渡されるという。
……いったい、ウチの高校はなんてことをしてくれるのだろうか。成績のいい生徒なら特段問題はないだろうが、そうでない生徒たちにとっては、気が休まらないだろう。
いつものように朝、俺のことを迎えにきてくれた海とコーヒーを飲みながらまったりとしていると、海のほうから今日のことについて切り出してきた。
「――真樹、いよいよ三者面談の日だけど、真咲おばさんはどうするって? 今日も朝早くから慌ただしく出社してったけど」
「会社に言って、その時間だけ抜けさせてもらえるって。終わった後は外回り営業しつつ、また終電ぎりぎりまで」
「そっか。もしよければ一緒にご飯でも食べようかって、お母さんと話してたんだけど」
事前に決められた日程表によると、俺と海の三者面談は同日・同時間帯で行われるので、初めて前原家と朝凪家の親子が会することになる。
もし、母さんが余計な気を使って有給休暇を取ろうものなら、海と空さんに対して俺の幼少時代の恥ずかしい過去の暴露大会が開かれるはずだったから、俺としてはほっと一安心というところ。
……とはいえ、それでも十数分は羞恥に耐えなければならないだろうが。
「まあ、三者面談って言っても、私とか真樹みたいな成績優秀組はあっさり終わるだろうけど。真樹も、進路希望の紙は『進学希望』で出したんだよね?」
「うん。第三希望まで書かなきゃだったから、そこだけ結構悩んじゃったけど」
三者面談前、担任の先生に提出した進路調査票については、以前の通り、地元の国立大学への進学を希望する旨を書いて提出している。
かねてより海が進学を希望している大学で、学部・学科も同じ。
大学も、高校と同じように、海と同じ場所に並んで立って、同じ空気を吸って一緒に勉強をして、そして、可能であれば一緒の部屋に――は言い過ぎだけれど、高校卒業を機に、違う場所で離れ離れになることは、俺も海も今のところは考えていない。
お互いに寂しがり屋の甘えん坊なので、遠距離恋愛はできればしたくない。
それが二人の共通認識だった。
「でも、そっか。俺たちもあと1年と半年で卒業なわけだから、そろそろどうするかも考えないといけないんだよなあ……大学でどんなことを勉強するとか、その後の仕事はどうしたいか、とか」
「だね。高校卒業しちゃったら、私たちももう立派に大人扱いになるわけで」
20歳から18歳へと成人年齢が引き下げられた今、俺も海も、もうすぐ『大人』として、立派な社会の一員と扱われる。
……もうすぐ目の前にやってきていることなのに、今の学生生活に身を置いていると、まったく想像ができない。
「なあ、海」
「ん?」
「海はさ、将来のことって、なんか考えてる? やってみたい勉強とか、仕事とか」
「ん~……まず先になんと言っても、真樹のお嫁さんになることが――」
「ぶっ……!」
いきなりとんでもないことを言われて、俺は思わず口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになってしまう。寸でのところで耐え、なんとか制服のシャツにシミを作ることは回避できたけれど、一歩間違えたらあっという間にクリーニング行きだ。
「もう、大丈夫? 真樹ってばしょうがないんだから。ほら、口拭いたげるから」
「あ、ごめん……いや、そうじゃなくて、海がいきなり変なこと言うから」
「ふふ、ごめんごめん。私もちょっとふざけすぎちゃったね。……まあ、半分はわりと本気なつもりだけど」
申し訳なさそうな表情を浮かべつつも、顔をほんのりと赤くした海が、ポケットから取り出したハンカチで俺の口のまわりについたコーヒーを優しく拭ってくれる。
……確かに、俺も『結婚』の二文字を意識していないわけではないが。こうして真剣にお付き合いさせてもらっているし、皆には大っぴらにはしていないけれど、恋人としてやることはやっているわけで。
「……あの、海さん」
「はい」
「えっと、俺、これからもっと勉強頑張るから」
「私のために?」
「うん。海のために」
「じゃあ、頑張んなきゃね。とりあえず、次の期末はトップ10位内ってことで」
「……そ、それはさすがに」
「が ん ば る ん だ よ ね?」
「……はい」
「ふふっ、じゃあ、約束ね。私もバシバシ鍛えてあげるからそのつもりで」
将来のことはまだわからないから、とりあえず今は目の前のことを一つずつこなしていくことに努めることにしよう。
まずは、朝凪先生による厳しい授業からだ。
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