第277話 いつもと違う 2
『(朝凪) え?』
『(ニナ) ゆ、夕ちん?』
『(望) まさか、天海さんが……』
これまでは遊びも含め、こういった集まりには必ずといっていいほど参加していた天海さんだったので、さすがに他の皆も驚いた様子である。
一瞬、新田さんとの仲を気にして遠慮したのかもと思ったが、俺や海、望には迷惑をかけないよう、表面上はいつも通り過ごしている(よう努めている)はずなので、そこまであからさまに新田さんとの距離を遠ざけるようなことは考えにくい……と思うのだが。
『(あまみ) ご、ごめんね皆』
『(あまみ) 実は今回のテスト、お父さんに教えてもらおうかなって』
『(朝凪) おじさんに?』
『(朝凪) おじさん、仕事忙しくないの?』
『(あまみ) 大丈夫みたい。なんか最近ノーザンギョー? みたいなことやってて、忙しくても定時で帰るように言われてるらしくて。だから、別にいいよって』
『(前原) なるほど、ノー残業デーね』
『(望) へえ、そんなのがあるんだ。ウチの部活に取り入れてくれねえかなそれ。ウチなんか毎回夜遅くまでグラウンドに残されて』
『(ニナ) ……関、野球部のあれこれはひとまずヨソでやってもろて』
さらっと出てきたブラック部活の話は今置いておくとして、そういう理由であれば、一応、理屈は通っている。5人での勉強会と銘打っているとはいえ、友達同士で集まっている以上、どうしてもゆるい空気の中での勉強とはなりがちだ。
特に今回は三者面談を直前に控えたテストでもあるし、天海さんとしても真剣に頑張らなければならない事情があるのだろう。天海さんも今のところは進学を希望しているようだし、俺や海以上に勉強しなければならないのは確かだ。
……なのだけれど。
『(朝凪) まあ、とりあえず今は皆で合流しよ。夕も、今日は参加しないにしても一緒に帰るぐらいはいいでしょ?』
『(ニナ) だよ。夕ちん、一緒に帰ろ』
『(あまみ) あ、うん。それはもちろん』
『(前原) じゃあ、一旦昇降口前に集合ってことで。望もそれでいい?』
『(望) おう』
スマホでのやり取りでやる話でもないので、いったんやりとりを打ち切った俺たちは下校の支度へと戻る。
同じ教室なので必然的に天海さんと一緒に出ることになるが……この状況で、俺は何を話せばいいのだろう。これはさすがに、まともなコミュニケーション2年目の俺にはまだまだ難しいシチュエーションだ。
「えっと……じゃあ天海さん、行こっか」
「うん……あ、えっと、その前に渚ちゃんにバイバイだけ――って」
しかし、天海さんが振り向いたときには、すでに荒江さん以下、いつもの女子グループは忽然と姿を消している。
どうやら、俺たちが話し込んでいる間に、さっさと下校してしまったようで。
「……いないみたいだね」
「うん……もう、渚ちゃんのバカバカ…………」
天海さんにしては珍しく、荒江さんに対してなにやらぼやいている。
海とも今朝話したばかりだが、やはり、天海さんのほうはいつもと同じ調子とはいかないようだ。
※
教室を出て、俺と天海さんは一足先に集合場所である昇降口へ。海のいる隣の11組の終わりを待とうかとも思ったが、こちらのほうはまだSHR中らしく、海からは『先に行ってて』とのメッセージをもらっている。
いつもの俺の場合、海にそう言われても結局は教室の前でじっと彼女のことを待つことが多い。11組の人たちにはすでに俺たちのことは知れ渡っているのでコソコソする必要もないし、中村さんたち11組の面々と話すもなんだかんだ楽しかったりするからだ。
しかし、今回は続いて海から送られてきたメッセージがあって。
『――(朝凪) ギスギスしてる夕と新奈のこと、関一人にだけ任せるのはさすがに酷でしょ。だから、今回はそっちについてあげてて』
確かに、とその時ばかりは思わず一人で呟き納得した。
二人の間のことについては望もなんとなくは把握しているはずだが、先日のショッピングモールの一件など、二人の間に流れる実際の空気を体感しているわけではないので、さすがに俺がいたほうがいいだろう。
という判断のもと、新田さんや望と合流するほんの少しの時間だが、久しぶりに天海さんと二人だ。
「とりあえず、行こうか」
「う、うんっ」
俺が歩き出してから半歩ほど遅れる形で、天海さんが俺の後ろについてくる。
こういう場合、いつもはぐいぐい引っ張らんとする勢いで俺たちのことを引っ張る彼女なのだが、今日はやけに控えめで大人しい雰囲気が漂う。
……なんだろう、すごく気まずい空気が俺と天海さんの間に漂っているような。
「あの……ごめんね真樹君」
「え?」
「今日の勉強会のこと。せっかくいつもみたいに誘ってくれたのに、断るようなことしちゃって」
「予定があるんならしょうがないよ。別に今日参加しなくたって、テストに出そうなとこをまとめてノートで渡したっていいし」
「え、いいの!? ……って、ううん、ダメダメそんなのっ。参加してないのに、そこまでやってもらうのはさすがに悪いよ」
「……本当にいいの?」
「うっ……う、うんっ。私に二言はないよ、真樹君!」
「天意気込みは買うけど、その言葉のチョイスは微妙に違うような……」
一瞬迷ったようだが、今日の天海さんの決意は揺るがないらしい。
天海さんが不参加の分、俺と海の負担が減るのは悪いことではないが……天海さんがいないのは、それはそれで寂しいような気もして。
そんなやり取りをしつつ、俺と天海さんは集合場所である昇降口前へ。すでに一足先に待っていた新田さんと望が、俺たちのことを見つけるとこちらへ駆け寄ってきた。
「おう、真樹お疲れ。天海さんも」
「おつ~」
「ごめんねニナち、望君。もしかして、ちょっと待たせちゃった?」
「ん~ん。
「うん。もうすぐ終わるみたいだから、ここで少し待ってようかと」
「ふ~ん。じゃ、ここだと往来の邪魔だし、中庭にでも移動しよか。ベンチもあるし」
「そうだね」
海にもその旨をメッセージで伝えてから、俺たちは中庭のベンチへ。中央の大きな円の植え込みを囲むようにして三人掛けのベンチが配置されている。
他の生徒も使っているので、今のところ空いているのは一つだけのようだ。
「私と夕ちんは当然座るとして……どっちが私たちの間に座りたい?」
「なんでお前と天海さんに挟まれなきゃならないんだよ。別に端っこでもいいだろ」
「おや? せっかく合法的に両手に花状態に出来るっていうのに。……関、こんなチャンス滅多にないかもしれないよ?」
「どんなチャンスだよ。俺はいいから、真樹、座ってくれ」
「あ、ちょっと――」
ぐい、と望に背中を押される形で、天海さんと新田さんの間にすっぽりと収まった。
両手に花なのは確かだが、彼女らの事情をある程度知っている身としては、個人的にあまり嬉しくない。
こういう時、誰かが緩衝材になる必要があるのは、わかっているけれど。
「ところで委員長、今日の勉強会っていつまでやるん? 一応、全教科チェックするんだよね?」
「うん、英語と数学を重点的にやるつもりだけど、他もある程度は。時間は特に決めてないけど……もしかして、早めに帰りたいとか?」
「ううん、その逆。もうちょっと遅くまで残りたいかなって。もちろん、遊ぶんじゃなくて、勉強のためね」
「…………ん?」
新田さんがあまりにも意外なことを言うものだから、反射的にそんな反応をしてしまった。
例年の勉強会では、天海さんに次いで集中力のない人がそんなことを言い出すなんて。
「……なに? 委員長、私、そんなにヘンなこと言った?」
「いや、別に変ではないけど……ねえ、望?」
「ああ。明日は全国的に大雪だな」
「アンタらぶっ飛ばされたいの? そりゃ私だって勉強なんてイヤだけどさ……でもほら、今回の定期テストはいつもとはちょっとワケが違うじゃん? ほら、あるっしょ。テストが終わってすぐの、ほら、保護者と教師による公開処刑イベント」
「三者面談、ね。……新田さんのご両親って、そんなに厳しいの?」
「うん、実は何気に。普段はのらりくらり躱してるんだけど、今回ばかりはそうもいかないじゃん? だから、最低限見栄えよくはしておかないと」
個人的にはそこまでする必要はないという考えだが、新田さんは新田さんで考えていることがあるらしい。
まあ、理由はどうあれ勉強することは悪いことではないから、本人が頑張るということであれば、教える側としては止める理由はない。
「まあ、そこまで言うなら俺は大丈夫だけど」
「本当? さっすが我らが委員長、物分かりが良くて助かるわ、ありがと。……せいっ」
「――え?」
新田さんからお礼を言われるなんて珍しいこともあるものだが、俺が驚いたのはそのことではない。
……どうして新田さんは、今、俺の腕に抱き着いているのだろう。
「な、ななな、な……」
「? どした夕ちん、わかりやすく狼狽えちゃって。私の顔に虫か何かついてる?」
「虫はついてない……というかこの場合ニナちが悪い虫……じゃなくって、ニ、ニナちこそにいきなりなにやってるのっ」
「これ? ああ、ごめん。ついテンションが上がって柄にもなくはしゃいじゃった。でも、友達だったらこのぐらいは普通じゃん? ねえ委員長?」
「いや、俺的には全然普通じゃないけど」
勉強会なんて今まで何度もやってきたし、新田さんにはそのたびに勉強を教えていたけれど、ここまで感謝された記憶はないし、ここまで過度なスキンシップを取られたことも。
普段の新田さんのキャラからは考えられない。彼女らしくない。
彼女のお眼鏡に適うような男子ならいざ知らず、彼女にとって俺はあくまで『ただの友達』なのだ。いつものドライな新田さんを知っている俺からすれば、今のほうがよほど違和感を覚える。
……はっきり言って、ちょっと気色悪い。
「……委員長、あんまり嬉しいって顔してないね。私がこれだけサービスしてあげてんのに」
「そりゃそうでしょ。……はっきり言うけど、お金は貸せないよ?」
「アンタは私のこと一体なんだと思ってんの? とにかく、これはただの感謝の気持ちみたいなモンだから。いい?」
「はあ……まあ、わかったからとりあえず離れてもらっていい?」
新田さんにとって他意はないにしても、それを受け取る側の考えによっては余計な誤解を与えてしまいかねないので、いくらテンションが上がったからといって、やり過ぎはダメだ。
……そう、ちょうど目の前で、俺たちのやり取りをわなわなとした様子で見つめている天海さんのようになってしまうから。
「も、もうニナちってば、ダメだよ? 真樹君には海っていう大事な彼女がいるんだから、誤解されるようなことしちゃ」
「誤解? 周りに人が大勢いたらそりゃ駄目だけど、今はもうウチらしかいないから別に良くない? 確かに今のはちょっとやり過ぎたかもだけど、委員長が私の好みから完全に外れてることぐらい、ここにいる皆にとっては周知の事実だし」
「そ、それはそうだけど……でも、ダメなものはダメなのっ。真樹君も、そう思うよねっ、ねっ?」
「う、うん。まあ、そうだね」
今はここにいない海を含めて、俺たち全員が『冗談』だと思っていても、今の天海さんのように、内心はもやもやしたものが残ることだってある。
新田さんは俺や望のことを恋愛対象外だと公言しているけれど、言葉と内心が必ずしも同一であるとは限らないし、心境なんていくらでも変化するわけだから、もしかしたら……と不安に思う気持ちも拭いきれないわけで。
だからこそ、俺も極力、天海さんや新田さんも含めて、海以外との異性との接触は出来るだけ避けるよう心掛けているのだ。今回はあまりに不意打ちだったので、対応できなかったが。
「……なあ、新田。お前さ、やっぱりいつもと様子違くね? 体調悪いなら、今日はもう帰ったほうがいいんじゃねえか?」
「は? 私はだいたいいつもこんなだし。ってか、アンタこそ今日はもう家に帰ったら? アンタがいたら委員長のこと独り占めできないし。もちろんテスト勉強的な意味で」
「! むっ……」
まったくいつもではない新田さんの言動に、天海さんがわかりやすく頬を膨らませる。
……さすがにこの時点で俺も気付くが、どう考えても、新田さんは明らかに天海さんのことを煽るような行動をとっている。
表面上はあくまで『友達』を演じている彼女たちだけれど、まだまだ喧嘩のほうは継続中のようだ。
しかも、今度は新田さんのほうが強情になっている。
原因となった花火大会から一か月ほど……二人の雪解けは、いったいいつになったら訪れてくれるのだろう。
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