第275話 秋服選び 7


「いやいや委員長、確かに変なウソついて申し訳ないとは思うけど、さすがにそれは驚きすぎだって。口半開きじゃん」


「え? あ、ああ、ごめん。つい……」


 今までくだらない冗談やごまかしを言うことは多くあった新田さんだったけれど、俺たちの前で決して嘘をついたりすることはなかったので、さすがに意外である。


 新田さんも最初のうちは俺の反応を見ていつものように『ウケる』と言いつつけらけらと笑っていたけれど、やはり内心はいつもの様子とは程遠いようで、そこからすぐに自嘲気味にため息を吐き、俯く。


「――いやさ、わかってんだよ。私だって。自分がどんだけキモいウソついてるかなんてさ。休みの日にこんなところへ、特に何か目的があるわけでもなく一人で来て……そんなの、誰がどう見たって可哀想なヤツだし。……まあ、おかげで夕ちんに変な気を遣わせずに済んだわけだけど」


「なるほど。じゃあ、由奈さんは今ごろ家か予備校で受験勉強中ってことか」


「じゃない? 家でゴロゴロしてたら姉貴が『アンタもたまには勉強しろ』ってうるさくて。約束もしてないから急に誰かを誘うことも出来んし、かといって一人で近くをぶらついて友達に見つかるのも格好悪いしで……まあ、そんな感じで安くないバス代出して、今日ここまで足を伸ばしてみたわけだけれども」


 そこまで余計な気を回したにも関わらず、結局、部活の練習でこの場にいない望を除いた全員がこの場に集まってしまったというのは、気の毒としか言えない。


 もし新田さんと天海さんの間に何もなければ、『奇遇だね』で済んで、この場所で四人一緒に休憩するようなこともあったかもしれない。


「そっか……でも、わざわざお姉さんの名前を出してまで誤魔化したのに、どうしてこのタイミングで俺にバラしちゃったの? 海はどうかわからないけど、少なくとも俺は完全に新田さんの話を信じきってたのに」


 最初に俺たちと鉢合わせた時ならともかく、今回声をかけてきたのは新田さんだ。俺は直前まで考え事(というか妄想)をしていて彼女の気配には一切気付かなかったので、そのまま俺のことを避けることだって出来たはずだが。


 その問いに、新田さんは先程白状した時と同じような調子で、あっけらかんと答える。


「さあ、なんでだろね? 私も今回ばかりはスルーするつもりだったんだけど……委員長のだらしない顔見てたら、なんか気が抜けちゃって」


「……俺って、そんなに変な顔してた?」


「してたしてた。何想像してたかとかは詳しく訊くつもりないけど、ぶっちゃけちょっとエロいこと考えてたっしょ?」


「の、ノーコメントで」


「それもう白状してるもんじゃん?」


 一人で暇になるとついぼーっとしてしまうのは俺の良くない癖だ。自覚はしているし普段は気を付けているつもりなのだが、こうして疲労がたまってくるとついつい素の顔が出てしまう。


 いつもは隣に海がいて、脇腹や手の甲などを軽くつねってくれるので周りに迷惑をかけることはないのだけれど……やはり混んでいるのだろうか、海が帰ってくる様子はまだない。


 俺と同様、新田さんもそのことを確認した後、大きく伸びをしてソファの中に体を沈みこませていく。

 

「あ~あ。本当、なにやってんだろ、私。いつもだったらこんなことになっちゃう前にさっと空気読んで適当にごまかして、やり過ごして……って出来るのに。委員長、アンタのせいだからね」


「え? なんで俺?」


「当然でしょ。委員長、ウミ、夕ちんに、それからあとは関……バカ正直な4人とつるんでるとさ、そりゃ自然に影響されちゃうって」


「そんなもんかなあ……」


「そうだよ。委員長なんかは特にね。なんだかんだ5人の中心でもあるし」


「中心って……俺は別にそんなんじゃ」


 個人的な考えで言うと俺はあくまで4人のおまけ的な存在でしかないと思っているが、新田さんの視点から見ると、どうやら違うらしい。


 海や天海さんではなく、俺が皆の中心、か。


 そんなこと、今まで考えたこともなかった。


「まあ、リーダー云々の話はともかく、今日は嘘ついちゃってごめんねってことで。いつまでもここでしけたツラしててもしょうがないし、私は帰って勉強でもしようかな。一応、中間テストやら三者面談やらもあるし。ガラじゃないけど」


「あ、うん。それじゃ、お気をつけて――」


「あいよ」


 そう言って、勢いをつけて立ち上がった新田さんは、手をひらひらと振って俺のもとから離れていく。


 俺と話して多少は楽になったのか表情はいつもの調子に戻っているけれど、先程の話を聞いてしまったせいか、どことなく無理をしているようにも思えて。


 ……気づいた瞬間には、俺の手は新田さんの肩に伸びていた。


「? なに、どした?」


「あ、いや、その――」


 天海さんとの間に何があったのか、やはりきちんと教えてほしいと思った。


 新田さんとの関係の始まりはあくまで『彼女うみの友達の、そのさらに友達』という微妙に遠い繋がりでしかなかったけれど、きっかけはどうあれ、今はきちんとした俺の友人だし、おそらく新田さんもそう思ってくれていると信じている。


 新田さんには色々と借りがあるとか、俺が5人の中心として皆のことをまとめなければとか、そういうことではなく。


 ただ、俺のことをよくしてくれている『友達』のことが心配で、何か力になってあげたいと思ったから。


「……どうしても聞きたい? 私と夕ちんとのこと」


「まあ……あ、新田さんがどうしても嫌だって言うんなら、そこまで無理強いはしないけど。でも、もし、そうでないなら」


 俺一人の力ではどうにもならないかもしれないけれど、俺には皆がいる。


 海がいて、望がいて、そして他にも相談に乗ってくれる人たちがいれば解決できるかも――。


「――じゃあ、ウミに秘密に出来る?」


 だが、次の新田さんの言葉で、それは少し、いやかなり甘え考えだったことを思い知る。


「え?」


「この話は私と委員長だけの秘密。ウミにも、関にも、後は当然夕ちんとか、他の人にもね。……それが出来るんだったら、話してあげてもいいけど」


「それ、は……」


「秘密にできる?」


「……いや、」


 そう問われた瞬間、俺はすぐに答えることができなかった。


 海にこのことを秘密にする――そんなことは、絶対に出来ない。


 確かに新田さんや天海さんは俺にとっても大事な友達で、何かあれば助けたいという思いは変わっていない。


 けれど、海のことを蔑ろにすることになるのだとすれば話は別だ。


 隠し事をして、誰にも相談せずに裏でこそこそ動いて――もし俺が逆の立場だとすると、きっと寂しい思いをするだろう。


 悲しげな表情を見せる海の顔が、すぐさま俺の脳裏に浮かびあがる。


 海には、なるべくそんな顔をして欲しくない。海に一番似合うのは、俺の前でだけ見せる無邪気な笑顔なのだから。


「……委員長、どうする?」


「ごめん。やっぱり、今の話は忘れて」


「ん。ってか、委員長ならそう言うだろうと思ってたけど」


 友達として何の力にもなれないのは歯がゆいけれど、海のことを一番に優先すると決めている以上、やはり現状は新田さんを信じるしかないようだ。


 俺や海、そして天海さんも新田さん、そして望……お互いがお互いのことを大事に想っているはずなのに、どうして、こんなことになってしまったのか。


 間違ったことは何もしていないのに。


「……そんな顔すんなって。委員長がそこまで心配しなくても、多分来週ぐらいにはまたいつもの私たちに戻ってるさ。このまま仲直りせずぎくしゃくしたままってのがダメなことくらい、私も夕ちんもわかってるから」


「そう? なら、いいけどさ」


「そうそう。委員長は特に気にせず、これまで通り大好きな彼女と人前でイチャイチャしてなって。ウザいけど、そっちのほうが私たちも気ぃ使わなくていいし」


「俺も海も、これで一応セーブしてるつもりなんですが……」


 一瞬、俺の自宅で二人きりでいる時のことを思い出してしまったが、ぼーっとしているとまた新田さんの言う『だらしない顔』になってしまいそうなので、すぐさま首を振って余計な煩悩を追い出すことに。


「じゃ、今度こそまたね。中間テストも近いし、また近いうちに勉強会でもしてよ。別にクラスになって、私、また成績ヤバくなってきてるからさ」


「しょうがないな……それじゃ、また近いうちに5人で」


「……だね」


 そう、5人で。誰一人欠けることなく、これまでのように仲良く。くだらない冗談を言い合い、笑い合いながら。


「ねえ、委員長」


「なに?」


「委員長は、そのままでいなよ。余計なこと、考えなくていいから」


「? うん。まあ、今のところ特に変わるつもりもないけど……」


「そ? なら、よかったけど」


「……今、俺の真似した?」


「へへ、どうかな」


 俺の口調を真似るように言って(似てないけど)、今度こそ新田さんは俺の元から足早に立ち去っていく。


 ……俺と話して、少しでも彼女の気が楽になってくれたのであればいいけれど。


 とにかく、今の俺に出来ることは、万事上手く事が運ぶことを祈るのみだ。

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