第274話 秋服選び 6


 途中ぎくしゃくとした空気となりつつも、その後はいつも通り(表面上は)の時間を過ごし。


「――じゃあ、私はそろそろお父さんとお母さんのところに行くね。本当は皆と一緒に見て回りたいけど、海と真樹君のせっかくのデートのお邪魔虫になりたくないし」


「だね。んじゃ、私もそろそろ姉貴と合流しよっかな。別に放っておいても大丈夫だろうけど、一応、妹だし」


「そう? じゃあ、私らはひとまず解散ってことで。真樹、行こ」


「あ、うん。天海さん、新田さん、それじゃあまた」


「「うん、じゃあ」」


 昼食後の流れでもしかしたら一緒にお店を見て回ることも考えたけれど、会計後、天海さんと新田さんはあっさりそれぞれの場所へと戻っていく。


 建前上、『俺と海のデートを邪魔しないよう』にとのことだが、今の状況では、天海さんも新田さんもさすがに気まずいのかも。


 海と天海さんがそうだったように、当然、天海さんと新田さんの間も場合によってはぎくしゃくすることもあると思っていたが……わりと周囲の和を大切にしている新田さんが当事者になるのは意外だった。


「あ、これ可愛いかも。ねえ真樹、この帽子どう? 可愛い? 似合ってると思う?」


「え? あ、ああ、うん。お洒落ってというか、似合ってると思うよ」


「…………ふ~ん」


「な、なに」


「なんか今の感想、随分適当だな~って思って。心が入ってないというか」


「う……」


 俺は素直な感想を述べたつもりだったのだが、いまいち目の前の彼女のことに集中できていない俺の様子を感じ取ってか、海はわかりやすく頬を膨らまして不機嫌アピールする。


 今は彼女の海と二人きりでの買い物デート中なのだし、余計なことは考えず海とのひと時を楽しめばいいことはわかっている。


 が、どうしても、あの二人の仲のことが頭の片隅に残って、放っておくといつのまにかぐるぐると回ってしまって。


「……ごめん、海。あの二人のこと、どうしても気になっちゃって」


「やっぱり。まあ、かくいう私もちょっとは気になってはいるんだけどね。……どこかに座って少し話そうか?」


「うん。ありがとう、海」


「いいよ。真樹がそういうヤツだっていうのは、彼女の私が一番よく知ってるんだから」


 いつも俺の我儘を聞いてくれる海に感謝しつつ、俺と海はフロア内にいくつか設置されている休憩用のソファに腰を下ろす。


 昼食を除けば午前中からずっと歩きっぱなしなので、普段の俺ならこのタイミングで海に体を預けてうとうととし始める頃なのだが、先述の通り、頭の中がぐるぐると動いているせいか、妙に目はさえているという状態である。


 ……体は疲れているのだが。


「海、ちなみにだけど、あの二人って、今まであんなふうに険悪っぽくなったことってある?」


「ううん、まったく。まあ、今まで私立のお嬢様校だった夕と私と、普通に小中と公立の新奈だから、多少意見の食い違いとかはあったけど。でも、それは今までの環境の違いでそうなだけだから、そこはお互いに尊重はしてたかなって思う……ってか、私たちも新奈との付き合いはまだ1年半だから、さすがにそこまでバチバチにケンカはしないよ。私と夕は、子供の頃、そういうのしょっちゅうだったけど」


「海と天海さんがケンカ……俺的にはそっちの方も意外だけど」


「そう? 何年も親友やってたら、たまにはそういうこともあるよ。なんていうのかな……仲がいいからこそ、どうしてもスルー出来ないことがあるっていうか」


「……うん、そうだね」


 それは俺もわかる気がする。『知り合い』や『友達』なら空気を読んで深く踏み込むことはしないけれど、それが『親友』や『恋人』または『家族』など、自分が大切に想っている人だからこそ時には諍いが起こってしまう。そういうのは、俺も過去に両親の件で嫌というほど経験した。


 その点で考えると、天海さんと新田さんの仲もそれだけ深まりつつある証拠でもあるし、決して今のぎくしゃくとした状態が必ずしも悪いわけではないと思うのだけれど……ちゃんと仲直りさえしてくれれば。


「でも、いったい何が原因であそこまで微妙な感じなっちゃったんだろ……海は、なんか心当たりとかある?」


「…………ん~……、そうだね~……」


「? やっぱり海でもわからない感じ?」


「えっ? あ、うん。そんな感じ。私も最近はずっと真樹とべったりだから、あんまり二人のことを気にしてやれなくなってたし」


「そっか……それはなんというか、申し訳ないことを」


「気にしないで。私も好きでべったりしてるし、それはあの二人もちゃんと理解してくれてるから。そのせいでよくいじられるんだけど」


 個人的には、一緒に過ごす時間を多少減らして、その分を天海さんや新田さんとの時間に充てても――とは思うが、それを口にするのはなんとなくマズい予感がしたのでやめる。


 海の気持ちをできるだけ尊重し、それについていく。それが今のところの俺のやり方だ。


「ふう。ちょっと話したら、トイレに行きたくなっちゃったかも。真樹、私ちょっと行ってくるから、荷物と一緒にここで待ってもらってていい? ついでに飲み物も買ってきてあげるから」


「了解。じゃあ、温かいお茶か何かで」


 お手洗いに行くという海といったん離れて、俺は一人ふかふかのソファに体を預けつつ、ふうと息を吐いた。


 今まで何の問題もなかった天海さんと新田さんの二人が、急にああなってしまった理由。


「――私とデートしてください、か。新田さん、なんであんなこと俺に言ったんだろ」


 体育祭終わり~花火大会までにいつもと変わったこととがあったかと問われれば、それぐらい。しかし、いつもの新田さんの冗談として終わった話を、天海さんがわざわざ蒸し返したりするだろうか。


 二人がぎくしゃくしているということは、何らかの件でお互いの意見が対立しているわけで――つまり、今回は新田さんにも譲れない何かがあるということ――。


「……ああ、もう、何がなんだかわからん」


 これ以上考えると頭がどうにかなりそうなので、二人のことは忘れて、別のことを考えてみる。


 そう、明日の日曜日のことなんかがいいだろう。今日選んだ服を着て海と二人でデートに繰り出す予定だが、どこに行くのがいいだろう。


 買い物……は、今日やっているので、遊ぶとしたらゲームセンターかカラオケあたりが無難だし、お金を極力使わないのなら、近所の公園でゆっくり手を繋いで歩くのも――。


 海とのひと時を想像しているうち、それまでしぼんでいた元気が戻ってきたような気がする。


 多分、俺はこれでいいのだろう。海と二人で楽しくおしゃべりをして、じゃれ合って、そして常識の範囲内で多少は性的……なこともしてみたり。

 

 ……そういえば、からもう1か月以上ご無沙汰のような。体育祭も終わってようやく落ち着いてきたので、個人的にはそろそろ再度お願いしたいところだけれど――。


「――委員長、一人でソファに座ってなにニヤニヤしてんの? それはちょっとさすがにキモすぎるんですけど」


「!? え、あ、いや、これはその……って、」


 と、ついつい想像があらぬ方向にいきそうなところではっと我に返ると、目の前にあきれ顔で腕組みしている新田さんがいて。


「新田さん」


「おっす、また会ったね。今回は無視しようと思ったけど、さすがに一人で挙動不審な動きしてたら、つい。……なに? この短時間で彼女とケンカでもあった?」


「いや、ちょっとトイレに行ってるだけ……っていうか、新田さんこそ一人だけど、由奈さんはまだ見つかってないわけ?」


 姉貴と合流すると言って別れたはずの新田さんだったが、相変わらず近くにそれらしき人影は見えない。


 もし何らかの理由で見つけられずにいるのなら、協力して探してあげようかとも思ったのだが。


 俺の問いに、新田さんはあっけらかんとした顔で答える。


「姉貴? ああ、ごめん、あれウソ」


「え?」


「だから、ウソ。私、今日は一人でここに来たから」


「……え?」


 もしかしたら今までで一番、新田さんのことがわからないかもしれない。

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