第273話 秋服選び 5


 この土日の予定について特に誰かと示し合わせていたわけではないけれど、一緒に行動していると考えも似てくるのか、同じ日の同じ時間、同じ場所で顔を合わせるとは思わなかった。


 本来なら『奇遇なこともあるね』と話して、いつものように女子組3人での会話に花が咲いて――となるはずなのだが。


「……夕、とりあえず、遠慮せずに座ったら? お母さんと席を入れ替えただけだから、問題ないはずだし」


「う、うん。そうだね。それじゃ、お邪魔します」


 海に促された天海さんが新田さんの席の隣へ。


 天海さんたちは両親と三人で来ていたようだが、空さんが気を利かせてくれたこともあり、空さんは隼人さんや絵里さんと一緒に3人席のほうへ移動し、こちらのテーブル席はいつもの4人に。

 

 俺と海はいつものようにお互いの肩がぴったりとくっつように座り、向かいにすわる天海さんと新田さんがそんな俺たちのことをちょくちょくと茶化しつつ、好きなように食べ飲みするのがいつものパターンだ。


「……あ、夕ちんも自分の食べる分とってきなよ。一応三人分はあるけど、向かいのバカップルの偏ったチョイスのせいでジャンキーなモンばっかりだから」


「あ、あとからちゃんと野菜もいっぱい食べるし……夕、他に食べたいものがあるなら一緒に行こうか? 夕は食いしんぼだから、両手の皿だけじゃ量が足りないでしょ」


「もう、私だって最近はちゃんとそういうの気にしてるんだから……一人で大丈夫だから、三人は先に食べちゃってて」


「そう? なら、お言葉に甘えて。真樹、冷めないうちに食べよ」


「あ、うん」


 天海さんがお皿をもって一人で料理を取りにいくのを見送りつつ、俺は海と一緒に、お目当てのピザにかじりつく。生地はサクサク、チーズはたっぷり、かつガーリックも利いて個人的にとても好きな味である。その他については、若干味つけが好みより濃い気がするけれど、炭酸飲料との相性も考えると悪くない。


 料理については値段も考えて申し分なし。


 だが、その料理を囲む俺たちの間に漂う空気だけが、微妙に良くないような気がして。


 正確には、4人というより、天海さんと新田さんの二人の間で、だが。


「まさか、アンタら二人だけじゃなく夕ちんとも会うとは……偶然とはいえ、さすがに私もびっくりしちゃったよ」


「本当にね。ところで新奈、夕となんかあった?」


「……いきなり突っ込んでくるねえ。まあ、夕ちんの態度見れば、どう考えてもバレバレだもんね。わりとニブチンの委員長にすら一瞬で気付かれたし」


「まあ、天海さんって感情をストレートに表現する人だからわかりやすいし」


 新田さんはなるべくいつも通りの空気感を出そうと努めていたけれど、天海さんのほうは急な鉢合わせには対応できなかったようで、さすがに慌てていた。空さんと席を変更するときそうだったが、珍しくいつもより遠慮がちで、愛想笑いも多い。


「で、どうなの? いつから? 多分花火大会の後ぐらいからだよね? 平日は別クラスだから、そんなに話す時間もなかったはずだし」


「なんか取り調べ始まってんですケド……一応、時期的には考えてる通りで間違ってないんじゃん? きっかけ自体はもうちょっと前っぽいけど。ちなみに平日はそんなに顔は合わせてないよ」


 花火大会の最中までは普通だったはずだから、新田さんの話を信じるなら花火大会の後の帰り道ということになる。


 その時は確か……記憶は曖昧だが、『話し足りないことがある』みたいなことを天海さんは言っていたと思う。なので、その会話の流れで雰囲気が悪くなる原因があったのかもしれない。


 天海さんもじきに戻ってくる中、あまりこの場であまり突っ込んだ話はできそうもないが……もし俺と海で何かできることがあるとしたら、早いうちになんとかしてあげたい気持ちもある。


「新田さん、やっぱり天海さんと何かあったんだね」


「ん~……まあ、正直に言うとね。お察しの通り、ちょっとあったかな。喧嘩ってわけじゃないんだけど……性格の不一致っていうか音楽性の違いというか、とにかくそんな感じ」


「随分はぐらかすね……言いたくないのなら、俺も海もそこまで無理強いはしないけど。天海さんもいるし」


「そりゃどうも。私も別に二人に内緒にしたいわけじゃないんだけど、今回ばかりはもうちょっとだけ、私と夕ちんの、二人だけの問題ってことにしておいて欲しいかな。もちろん、話せるようになったら、二人にもきちんと報告するからさ。ね?」


 そう言って、新田さんは大皿に盛られているポテトフライをぱくりと口にする。


 結局詳しいことは何もわからないままではあるけれど、天海さんと新田さんの間で、何らかの意見の食い違いがあることはわかった。


 新田さんの言う通り、あくまで二人の個人的な問題なのか、はたまた俺たちにも関わってくることなのか。


 ……とにかく今は、新田さんのことを信じて待つしかないらしい。


 話がちょうど終わったところで、天海さんが料理をのせた皿をもって戻ってくる。


「――みんなお待たせっ。へへ、ここのレストランのお料理、どれも美味しそうだから迷っちゃったよ~」


「ね。でも夕、その割にはそんなに量とってないみたいだけど? それで足りる?」


「もう、私も最近は多少気にしてるって言ったでしょ? 大丈夫、料理をセーブした分、ケーキとかアイスとか、食後のデザートのほうはばっちり食べちゃうから」


「夕ちん、それじゃああんまり意味なくない?」


「えへへ。それは言わない約束だよニナち~」


 天海さんが戻ってきて再び気まずい空気になったらどうしようかと思ったが、二人とも場の空気が悪くならないよう、努めていつも通りに振り待っているように見える。


 今までケンカ一つなく和気あいあいと過ごしてきた俺たちの間に漂う、始めての不穏な空気――何事もなく、仲直りできればいいなと思うけれど。

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