第272話 秋服選び 4


 休日に新田さんと偶然鉢合わせることはこれまでもたまにあったものの、いつもの繁華街ならともかくこの場所で、というのは俺たちにとっても意外だった。


 しかも、こちらのほうに向かってくる新田さんを見るに、周りに天海さんやその他の友達らしき人もいないので、おそらく一人。俺の知る限り、新田さんがこういう場所で買い物をするときは必ず誰かと一緒に居ることがほとんどなので、その点についても珍しい状況である。


「よっす、お二人さん。今日も仲良く買い物デートってやつ? まさかこんなところで会うとか奇遇だね」


「それはこっちのセリフ。……新奈、もしかしてだけど、わざわざ一人でこの場所に来たの?」


「まさか。といっても、一緒に来たのは由奈姉とだけどね。受験勉強でストレス溜まってるから、たまにはパーッと散財したいってんでそれに付き合ってあげてんの。まあ、その当人は欲望のままふらっとどっか行っちゃって、そういう意味ではぼっちなんですケド。授業中の委員長と一緒だね」


「いや、話す人ぐらいはいるから……たまにだけど。それより、天海さんは一緒じゃないの? 新田さんがいるから、天海さんもてっきり一緒だと……」


 俺とのデートなどで海の予定が埋まってしまっている場合、天海さんは大抵新田さんと一緒に遊んでいることが多い。実際、街で鉢合わせる時もそのパターンがほとんどだから、今日のようなセールともなれば誘って当然かと思ったのだが。


 由奈さんが一緒だったとしても、それぞれ初対面というわけでもないので、天海さんがそのことを気にすることはないはず。


「あ~……いや、今日のことは元々予定してたわけじゃなくて、たまたまやってたテレビCM見た由奈姉が急に『新奈、行くべ』って言い出してさ。こっちの都合で急に誘って夕ちんのこと振り回すのも悪いし、まあ、今回はいいかなって。それに、気軽に誘って行くような場所でもないっしょ? バスで1時間ちょっとかかるしさ、ここ」


「そうなんだ。まあ、なんていうか大変だね」


「そうなんだよ。ってことで委員長、なんか奢ってよ。喉かわいたし、お腹もすいちゃったから」


「……そこは自腹でよろしくお願いします」


 新田さんがぼっちだった理由はわかったとして、そうなると、このまま『じゃあ俺たちはこれで』と彼女のことを置いていきづらくなった。


 由奈さんと一緒に来たとはいえ、アウトレット内では姉妹それぞれで自由行動のようなので、そうなると、由奈さんの気が済んで帰宅するまで、新田さんは先程と同じく一人で行動しなければならない。


 俺たちのことを見つける前、ぼーっと店の商品を手に取っていた新田さんは、とてもつまらなそうな顔をしていた。


 いつもなら誰かと楽しく、冗談を言い合いながらお喋りをして買い物を満喫したいだろう新田さんにとって、一人の時間は非常につまらないものだろう。


「……あのさ、海、」


「うん。まあ、せっかくここで会ったんだし、お昼ぐらいは一緒してもいいんじゃない? 新奈、ウチのお母さんも一緒だけど、それで構わない?」


「ん、いーよ。あ、私は昼ご飯食べたら由奈姉のこと引きずって帰るから、そこは安心して。せっかくのイチャイチャバカップル買い物デートの時間を邪魔したいわけじゃないし~?」


「……買い物デート、でいいでしょ。ったくもうアンタは相変わらずなんだから」


「へへ、ゴチになります」


「いや、お昼はちゃんと自分で出しなよ」


「もう、わかってるって。ウミちゃん、ジョークだよ、ジョーク」


 そうして、俺たちと話している間にいつもの調子を取り戻した新田さんとともに、俺たちは食料品売り場のおよそ3分の1ほどの敷地を占めるフードコートへ。


 大手のファストフード店なども軒を連ねているものの、俺たちの興味を引いてやまないのは、ここの食料品スーパーのお店が運営していると思われるレストランだ。先ほどの少し触れた通り、スーパー内で売られているビックサイズの商品を調理したものだったり、そのほか、レストラン内だけのオリジナルメニューなどが食べ放題となっていて、すでに入店待ちの列が発生している。


「海、真樹君、こっちこっち。あと、新奈ちゃんもこんにちは」


「お久しぶりです、おばさん。あんまり顔出せなくてすいません。たまには遊びにいってご挨拶でもって思うんですけど、隣の友人は自分の彼氏にもうずっとドハマりしてるから、予定も入れられないし」


「た、たまには遊んでるでしょ。……月に1回ぐらい、だけど」


 事前に空さんが順番待ちの名簿に名前を書いていたこともあり、10分ほどで座席へと案内されることができた。昼食代にしては少々お高めではあるものの、メニューも種類豊富かつとても美味しそうで、十分その価値はある。


 午前中までの買い物でそこそこ体を動かしていたから、俺も海も、すでに食べる気まんまんのコンディションだった。


 四人分の荷物を見ておくからとと言う空さんを残して、俺たち3人はそれぞれ皿を持ってランチメニューがずらっと並ぶ厨房前のショーケースへ。ここに並んでいるものなら好きなだけ持って行っていいそうで、出来立ての料理がどんどんとそれぞれの大皿に追加されているようだ。


「真樹、とりあえず最初に例のデカいヤツ行こうか。種類はどうする?」


「とりあえず、まずはあのチョリソーがいっぱい載ってるヤツから攻めるか。後はポテトとかパスタとか、そこらへんの定番のヤツを。飲み物はどうする?」


「メロンソーダ」


「わかる。なんかこういう時って、その気分だよな」


「……お二人さん、とことんジャンクなヤツいくね。野菜とかスープとか、そういうのも食べなよ、ちゃんと」


 食欲の赴くままに商品を大皿に乗せていく俺たちと、そこからバランスをとってサラダや果物などをチョイスする新田さん。


 できるだけ多くの品目をカバーしつつ、その中でも特に食べたいものはしっかりと ――そうしているうちに、あっという間に大皿はいっぱいになった。食べ放題になるとついつい取り過ぎてしまうクセが抜けないのは、俺も海もまだまだ子供であるという証だ。


 ……そういう意味では、実は新田さんが一番大人かもしれない。


 飲み物も含めて、ひとまず第1陣の料理たちがのったお皿をテーブルにもっていくことに。


 店員さんやお客さんで賑わう店内をゆっくり縫うようにして座席へと戻る俺たちだったが、もうすぐ空さんの待つ4人がけのテーブルが見えるというところで、ふと、俺たちの先を歩いていた新田さんが立ち止まった。


「……げ」


「どしたの新奈? ぼーっと突っ立って。あ、トイレなら、反対側のほうだよ」


「いや、そういうわけじゃないし。……そうじゃなくて、ほら、あそこ。空さんと話してる人たちがさ、ほら、なんていうか」


「? どういうこと?」


 俺たちとここで鉢合わせした時以上に気まずそうな顔を浮かべると、新田さんはそそくさと俺たちの後ろへと隠れる。


 珍しく人見知りを発動させる新田さんだったが、その理由は、空さんと楽しそうに談笑している人たちを見て察しがついた。


 あちら側も家族三人で来ているようで、空さんだけでなく、俺たちもその人たちにいつもお世話になっていて。


「天海さん」


「夕っ」


 俺たちが声を掛けたそのうちの一人の女の子――どんな人混みの中でも一際目立つ綺麗な金色の髪をなびかせた天海さんが、俺たちに気づいて振り向いた。


「! あ、海に真樹君っ。二人も今日はここに来てたんだ。あと、ニナちも」


「……おっす、夕ちん」


 施設側が大々的に宣伝していたとはいえ、まさか望以外の四人が同じタイミングで鉢合わせになるとは。

 

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