第271話 秋服選び 3
そこから休日でそれなりに混んでいる一般道を走り、およそ1時間半。途中、道路渋滞もあって予定よりも遅い到着となってしまったが、ようやくお目当てのアウトレットへと行きつくことができた。
「でかいなあ……」
車のウインドウ越しに建物の外観を見た俺は、思わずそう呟く。こういうものが存在するのは知っていたものの、実際に足を運ぶのは初めてなので、やはりそれなりに驚くものだ。
業務用の食品等とも数多く扱われている大型スーパーに、映画館、温泉、大きなチェーン店や有名店が数多くテナントとして入っているレストラン街などなど――その気になれば、この場所で一日過ごすことなどわけないほどの施設が、ひとまとまりになって形成されている。
3周年ということでCMや新聞の折り込みチラシなどで宣伝をうっていることもあり、俺たちが来た時点で駐車場はすでにほぼ満車の状態。運航している直通バスからも次々と利用客が降りてきて、バスの停車駅から施設の入口まで、数珠繋ぎで長い列が形成されている。
先日の花火大会に較べればまだマシなほうではあるけれど……今回ばかりはしっかりと海の側にくっついておかないと。
「さ、まずは先に食材の買い出しのほうを済ませちゃいましょうか。真樹君、海、ちょっと荷物が多くなっちゃうけどよろしくね」
「了解。ごめんね真樹、ウチの用事なのに付き合ってもらっちゃって」
「いいよ。いつもお世話になってるし、荷物持ちぐらいならなんなりと」
車を降りて、まずは食料品を扱う大型スーパーへ。こちらは普段俺たちが利用するようなところとは違い、商品の多くがキロ単位のビッグサイズ――所謂業務用サイズで販売されていて、精肉や魚、野菜などの生鮮食料品、バターやチーズ、ソーセージなどの加工品やお惣菜など、全てがずっしりと重い。一人暮らしの世帯にとっては使い切れないほどだろうが、大人数での食事会や、多人数で暮らす人たちにとっては強い味方だろう。
また、スーパー内にはフードコートも併設されており、ピザやハンバーガーなど、ちょっとした軽食なども出来るようで、ここだけでもかなりの時間を潰せてしまいそうだ。
「あ、そうだ。ねえお母さん、今日の晩御飯だけど、せっかくだし真樹と3人で焼肉にしようよ。ほら、ここらへんのコーナー、どれもすごくお買い得みたいだし」
「あら、そうね。真樹君、そういうわけだから、あそこの棚から5パックほど取ってきてくれない?」
「なんかしれっとご馳走させてもらう感じになってますけど……ともかくわかりました」
ショッピングカートを押す空さんと海の側にぴったりとついて、指示された商品をてきぱきと買い物かごの中に入れていく。いつもならこの役割は大地さんか陸さんが務めていたのだろうが、これからは俺がメインになっていくのだろう。
肉や野菜、お米など、今日の焼肉で食べる分のほかにも、ケーキや果物などのデザート類から、スナック菓子にジュース、後は保存がきく加工食品……少し店内を回っている間に、カートの中はあっと言う間に満杯だ。全てがビックサイズなので、商品を棚から持ってくるだけでも何気に大変ではあるけれど、いつもの買い出しとは雰囲気がまるで違うので、これはこれで楽しいかもしれない。
……多分、買い物から戻った際にはまたヘトヘトになっているのは確実だろうが。
お会計を済ませ、一旦三人で手分けして荷物を車のほうに詰め込んでから、俺と海は今日の本来の目的である服選びのために、衣料品などのお店が立ち並ぶエリアへ。
こちらのほうは、家族連れでにぎわっていた食料品エリアとは違い、友人同士やカップルなど、俺たちと同年代か少し上の人たちが主なようだ。
「お~、ここに来たのはオープン以来だけど、お店も結構入れ替わったりしてるっぽいね。真樹、どこから見て回ろっか?」
「俺はブランドにこだわりないし、メンズ売り場だったらどこでも構わないんだけど……じゃあ、ひとまずあそこから」
ぱっと辺りを見渡して、今の時点でもっとも混んでいなさそうなお店から物色していくことに。ハンガーにかかっている商品を見る限り、日々の小遣いや貯金でやりくりしている高校生には中々手の届かない値段帯だが、見るだけでもどんな系統の服を買うかなどのイメージにはなってくれる。
「こうしてざっと見てみると、結構落ち着いた色が多いんだな。茶色とか、カーキとか。もちろん違うのもあるけど」
「これからどんどん寒くなる季節だしね。色もそうだけど、ニットとかセーターみたいな、暖かそうに見える素材を使うのもポイントかなって私的には思うよ。ただ適当重ね着するんじゃなく、ね?」
「……はい、ちゃんとわかっております」
秋服=長袖ならなんでもいいという考えだった俺には耳の痛い言葉だ。予算に制限ある以上、新しいものを沢山追加することはできないので、メインが安物であっても、どこか一点季節らしい何かがあればそれっぽく見えるのは、普段の海のファッションを見ればわかる。
これまでデートの服装は海に丸投げの状態だったけれど、たまには自分の頭で考えて少しずつでも感性を磨いていかなければ。内面だけでなく、他人に見える外の部分もしっかりすれば、俺の隣にいる海に恥をかかせることも少なくなるはず。
今までに海からもらったアドバイスを元に、少しずつ、自分なりのコーディネイトを頭の中で作り上げていく。
「あ、このシャツなんか、ちょっといいかも。単体でもいいけど、たまに着てるグレーのパーカーと合わせるといいアクセントになるかも」
「ああ、あのジップアップのやつ。パンツとか靴次第だけど、真樹らしくていいんじゃない? 私は格好いいと思うよ」
彼女としてかなりの贔屓目で見て、になるだろうが、それでも海から見て及第点なら、他から見てもそう大きな問題にはならないはずだ。値段についても、表示の価格からさらにレジで50%引きということで、最初の店ではまず大きなグラフィックの入った長袖のシャツを購入することに。
服選びはまだ始まったばかりではあるものの、こうして見て回り、もし実際に購入してきた場合の姿を想像するもの、意外に楽しいかも――そう考えると、海や天海さんたちが頻繁にウィンドウショッピングをするのも理解できるような。
その後も、そう多くない予算とにらめっこしつつ、いくつかの店を回り、上から下まで一式見繕っていく。
実際に試着をし、『いいね』だったり『それはちょっと微妙』から『それはさすがに0点』など、ところどころで海の感想を聞きながら、明日のデートに向けて順調に準備を進めていって。
昼前には、両手に紙袋を下げて、完全に周囲の風景に溶け込んだ俺たち二人がいた。
これはもう、どこからどう見ても、そこらへんにいるカップルだ。
「――うん。まあ、真樹の分はこんなところかな。個人的にはもうちょっとお店周りしたいところだけど、私の分もまだ残ってるし、お腹もすいてきたしね」
「時間もいい感じにお昼時だしな。それじゃあ、いったん空さんと合流して、フードコートで軽く腹ごしらえするか。スーパーのほうにあったアメリカンサイズのピザ、実はずっと気になっててさ」
「いいね。あのクソデカピザと、あとはあのどう考えても人工的に作りましたっていうケミカル色のソーダでしょ?」
「そうそう。『私不健康ですけどなにか?』って開き直っている感じのアレ」
手を握り、お互いの顔を見て笑い合いながら、俺たちは二人きりでの買い物を満喫する。
買い物、というか完全にデートなのだが、俺的は海と一緒にいれれば、デートでも買い物でもどちらでも構わない。
フードコートで空さんと落ち合うことにして、俺たちは来た道を引き返して、食料品エリアへと戻ることに。ちょうど同じことを考えているのか、他のお客さんもレストラン街などへと移動しているようで、このエリア限定だろうが、人込みはまばらだ。
……そのせいだろうか、何気なく目を移したとあるショップのウインドウ越しに、ひとりぼっちで浮かない顔をして商品を手に取っていた見知った顔の女の子を見つけて。
「……海、あれって」
「うん。一人でいるけど、間違いなく新奈……だね」
誰かと一緒に来ているのかと思い、一瞬、声を掛けるべきか悩んだものの、ちょうど新田さんも俺たちのことに気づいてバツの悪そうな苦笑を浮かべている。
ということで、気付かないフリをするわけにいかなくなった。
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