第270話 秋服選び 2


 9月もそろそろ終わりを告げようかという頃の月末の土曜日。先日の約束通り、日曜日のデートに着ていく秋服を選ぶため、海と二人で繰り出すこととなった。


 普段の俺たちだと、買い物も遊びも大抵は最寄りの繁華街で済ませることが多いけれど、今日は海の提案で郊外のアウトレットモールに向かうことに。なんでもオープン3周年記念ということで大規模なセールが始まるらしく、食料品や衣料品などに限らず多くの商品が安く手に入るとのことで、今回の目的にはうってつけだろう。


 ひとまずいつものパーカーにジーンズといういで立ちで、俺は朝凪家の玄関のインターホンを鳴らす。こういう場合、大抵は海のほうが迎えに来てくれるのだが、アウトレットまでのアクセスの都合上、今日は空さん運転の車で目的地まで向かうため、朝早くからこうして訪ねているというわけだ。


 ちなみに時刻は現在朝8時をまわったところ……個人的にはもうちょっとゆっくりしたいところだが、あんまりのんびりしすぎるとめぼしいセール品はほとんど売り切れてしまうそうで。


 ……買い物ひとつとっても、皆、とても気合が入っている。


『いらっしゃい、真樹君。海ももうすぐ準備出来るから、上がって上がって』


「はい。お邪魔します」


 スマホに写る自分の顔を見て前髪を少し整えてから、玄関をあがり、リビングへ。庭の家庭菜園でとれたという野菜や果物が中央に置かれたテーブル、香ばしいパンの焼ける匂いやキッチンで鼻歌を機嫌よく口ずさむ空さんと、そして俺の顔を見てぱっと明るい笑顔を向けてくれる俺の彼女の海――もう何度となくお世話になっていることもあり、俺にとってはもうお馴染みの光景だ。


「真樹、こっち」


「うん。……じゃあ、失礼して」


 言われる通り、ソファに座っている彼女のすぐそばに腰を下ろすと、すぐに海が腕を絡ませてくる。初めのうちは空さんの前ということで多少遠慮はしていたものの、俺も海も、まるでこうしているのが自然であるかのように振る舞っている。そして、空さんもそのことでいちいち俺たちのことを揶揄うようなこともない。


 大地さんがいる時は、さすがに自重するとは思うが。


「すいません、空さん。バスでも行けるのに、今日はわざわざ車まで出してもらって」


「いいのよ。ウチもちょうど食料品の買い出しが必要だったし、二人がいれくれたほうが荷物持ち的な意味で助かるから。……ふふ、海ったら、そんな顔しなくても、ちゃんと買い物は二人きりでさせてあげるわよ」


「……わ、私は別に怒ってなんかないし。ね? そうだよね、真樹?」


「え? うん、まあ……」


 ぎゅ、っと海に手の甲をつねられてしまうと、俺もそうとしか言えない。


 付き合い始めの時からそうだが、順調に海の尻に敷かれているようでなにより(?)だ。


 わりと普通につねられているのでそれなりに痛いのだが、海にこうされるのはそれほど嫌な気分にならないのはさすがに危ないだろうか。


 どうやら俺が来る直前に身だしなみはすでに終えているということで、さっそく車に乗り込んでアウトレットモールへ。空さん運転の車に乗るのは久しぶりだが、今回は――。


「? なに? どうしたの真樹君?」


「あ、いえ、なんでも……」


 ……とりあえず、大丈夫だと信じておこう。


 後部座席に海と一緒に座っている間も、もちろんお互いの手は握ったままだ。それぞれシートベルトをつけているので、さすがに密着していちゃつくようなことはできないけれど。


「――あ、そうそう、真樹君、そろそろ三者面談の時期よね? 真咲さん、お仕事忙しいみたいだけど、大丈夫そう?」


「はい。さすがにその日は休日をもらえるみたいで……海、そっちのクラスは予定表ってもう掲示板に張り出されてたっけ?」


「うん。昨日確認したけど、真樹と同じ日だったよ。そういえば、お母さんは真咲おばさんと会ってなかったっけ?」


「そうなのよ。日程が一緒なら、久しぶりにお酒……いえ、お茶でもしたいかなって思ってるんだけど」


「俺のことなら大丈夫ですから、お茶でもお酒でも自由に誘ってあげてください。母も空さんの誘いなら喜んでついていくはずですから」


「そう? なら、そうしちゃおうかしら」


 この時期の高校2年生にとってはあまり来てほしくないイベントの一つだが、来月の中旬あたりから3日間ほどの日程で三者面談が行われてることになっている。


 俺や海はすでに大学進学かつ希望大学も一致しているし、学校成績も悪くないので、ひとまずはそこに向かって頑張っていくだけだが、人によっては嫌でしょうがないこともあるだろう。俺たちの中でいうと、望や新田さん、後は天海さんがそれに当てはまる。


「それにしても、娘の海もあと1年半で卒業か……少し前まであんなに小さかったと思ってたのに、子供の成長はあっと言う間ね。陸も海ももうちょっと手がかかるかなって思ってたけど、二人ともその心配はしなくてよさそうだし」


 海には俺(一応)と、そして陸さんには雫さん。空さんにとってみれば、今年~来年にかけて、取り巻く環境が大きく変わっていくことだろう。陸さんは雫さんとの将来を見据えて家から巣立っていき、そして、来年以降、順調にいけば、海も大学進学を機に、生まれた時から過ごした朝凪家から出ていくことになる。


 大地さんが仕事で家を空けることが多いなか、陸さんがいなくなり、さらには海もいなくなって……そうなると、空さんが一人になる時間も多くなる。


 バックミラーに写る空さんの顔を、俺はちらりと見る。いつものように穏やかだけれど、やはり、それなりに寂しさはあるのかもしれない。


「……まあ、その時はお父さんと二人きりでゆっくりさせてもらおうかしら。誰かさんたちのおかげで、私もたまに昔のことを思い出すようになっちゃったし。ね? 海、それに真樹君?」


「……か、勝手にすれば。ね、真樹?」


「お、俺に振らないで」


 そもそも俺が空さんから海のことをとってしまったことも、空さんが寂しさを感じる原因の一つではあるので、当事者としてはコメントしづらいところだ。


 最近では自分の母親以上にお世話になっている気がするので、海だけでなく空さんのこともきちんと気を掛けなくては――そんなことを考えつつ、俺はいつものように朝凪母娘の間で苦笑いを浮かべる。


 ……この雰囲気が後1時間続くのは、もしかしたら結構苦労するかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る