第269話 秋服選び 1


 夏休み明けすぐの体育祭、そして、いかにも夏らしいイベントである花火大会を終えると、ようやく涼しく過ごせる時期がやってきた。7月から連日のように30度以上を記録していた蒸し暑さもどこへやら、日によっては長袖を着ていないと肌寒さを感じるほどである。


 9月いっぱいまで高校のほうは夏服を着用することになっているけれど、女子生徒などはすでに長袖のシャツにカーディガンと、すっかり秋の装いになっている。


 半袖だと少し寒いけれど、ブレザーを着るのはまだちょっと暑い……ウチの高校は男子は基本的に夏服(半袖シャツ)か冬服(長袖+ブレザー)で通学することが校則で決まっているので、この時期の朝はちょっとだけ悩みどころだったり。


 布団の中の誘惑が徐々に強くなってくる中、なんとか体を起こして朝の身支度に励んでいると、いつものように海がやってきた。


「おはよ。あ、もう、また派手に寝癖なんてつけちゃって……ほら、やってあげるからこっち向いて」


「ん」


 家に入ってきた時点で気付いていたが、海も今日から秋服にしたらしい。長袖のブラウスに、パステルピンクのカーディガン。男子と違って女子のほうは比較的校則は緩めだが、それだと逆にセンスが問われそうな気もするので、それはそれで苦労するかもしれない。


 まあ、海の場合は何を着ても似合うしかわ……いや、朝っぱらから惚気るのはよしておこう。


「――よし、ちょっとしつこいヤツあったけど、私にかかればこんなもんね。ところで真樹、今日の私を見て、何か言うことは?」


「えっと……秋服、似合ってるよ。あと、これはいつも言ってるけど、可愛い」


「よし。へへ、真樹も少しずつ褒め上手になってきたじゃん。70点」


「100点じゃないのね。まあ、そこそこ取れてるなら別にいいけど」


 それに、あんまり完璧すぎると、逆に俺らしくない気もする。


 ともかく、今日も今日とて海が嬉しそうで何よりだ。白い歯を見せて笑う海を見ていると、なんだか俺のほうまで元気が湧いてくる。


「今日微妙に肌寒いからどうしようか悩んだけど、海が秋服なら、俺も今日からブレザーにしようかな。暑い時は学校なら脱いでも問題ないし」


「お、いいね。真樹、去年と比べて身長もちょっと伸びてるし、体格も良くなってるから、きっとちょうどいいぐらいのサイズになってるよ。ほら、早く部屋に行って着替えよ。チェックしてあげるから」


「ナチュラルに部屋に入ってこようとするじゃん……まあ、着替えぐらいなら別にいいけど」


 着替え中の姿を晒すのは正直まだ恥ずかしいけれど、海にはもうそれ以上の姿をたくさん晒しているので、嫌というわけでもない。その逆はありえないけれど、俺が海にされる分にはいいのだ。


「そういえば、真樹のクローゼットってあんまり見たことなかったな。ねえ、エッチな雑誌とか漫画ってどこにしまってんの? あ、隅っこのクリアケースの奥か」


「ある前提で話を進めないでもらえますかね……まだ未成年だし、そういうのはまだないよ。海が友達になるまでぼっちだったから、借りるような友達とか先輩もいなかったし」


 ……まあ、今は望がいるけれど。


 ちなみに、そういう系統の本を見せてもらったことはあるが、借りたことはない。それに今は専らスマホやパソコンでなんでも……いや、その話はともかく、今は着ていく服の話だ。


 意気揚々と俺のクローゼットの扉を開ける海。


「……多分そうだろうなって思ってたけど、やっぱり服少ないね」


「まあ、はい」


 六畳の部屋のクローゼットなので、収納スペースはそれなりしかないけれど、それでもなお寂しさを感じるほど、中の空間はすかすかの状態である。


 まず、ハンガーにかかっているのは制服と、その他には以前、海と天海さんの二人に選んでもらった古着と、後はその他の防寒具ぐらいしかない。普段家にいる時に来ているトレーナーやパーカー、寝間着などはクリアケースの中に納まる程度で、Tシャツや靴下も3つか4つほどで、毎日洗濯をして、乾いているものを適当に着ている。


 個人的にはそれで十分だと思っているが、普段、皆の話を聞く限りだと、同年代の学生のクローゼットは常にぎゅうぎゅうで、着なくなったものは毎年のように処分することもあるそう。


 そして俺の場合、『着なくなった=破れたりして物理的に着ることができなくなった』なので、基本的にこの収納スペースは、減ることはあっても増えることはほとんどない。


 一応、海とお付き合いを始めてから増えてはいるけれど、普段から『デート場所=俺の自宅』の俺なので、余所行きの服が一つ二つ増えただけで、バリエーションに関してはまだまだ非常に乏しかったりする。


 ……秋服ぐらいは、やっぱり買ったほうがいいだろうか。気温的なことを考えれば、春服とも兼用できるので、そこまで無駄にはならないと思うし。


「……なあ、海」


「わかった。じゃあ、今度の休みは一緒に服選びだね。私もちょうど買い換えたいなって思ってたとこだし」


「話が早くて助かる」


 お金のほうは……まあ、そんなにないけれど、そこは店選びでなんとかしよう。


 去年海と友達付き合いを始めた当初は感じなかったけれど、恋人として交際期間が長くなるにつれて、やはりお金はかかるのだと実感する。


 母さんは海のことをいたく気に入っているので、正直に言えば、気前よくポンと出してくれるのだろうが……服も決して安い買い物ではないので、働いていない身としては、やっぱり気が引ける。


「でも、珍しいね。真樹が自分から服買いに行きたいなんて。ちょっと前まで私が言わないとすぐにダサ私服着ちゃうし」


「ダサくても愛着はあるから……とりあえず、今週の土曜でいい?」


「うん。じゃあ、次の日曜はその服着てデートだね」


「……自宅で?」


「んなわけあるか」


「ですよね……」


 ということで、いつものように週末の予定が海一色に染まる。

 

 秋は体育祭以降、特にこれといった学校行事などもないので、その分だけ海との時間にこれでもかと時間を充ててやろうと思う。

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