第268話 花火大会の夜 11
20分ほどの小休止を終え、いよいよ花火大会も後半戦。残っている3500発の花火が、ここから一気に打ちあがっていく。
内容は前半に打ちあがったものとほんの少し趣向を変え、とあるキャラクターの絵や図柄などを模した花火や、打ち上げとは別のものだとナイアガラなど、来場した人たちを飽きさせないような構成となっているらしい。
ちなみにその間の俺のほうはというと、前半と同じく口を半開きにして海からまた注意されていた。初めてのことでつい呆気にとられてしまったとはいえ、相変わらず学ばない、どうしようもないヤツだ。
「……花火、もうすぐ終わっちゃうね」
「うん。あっという間だった」
そうこうしているうちに、残りの花火は後100発ほど。ここから最後まで連発で打ちあがり(スターマイン、というらしい)、今年の花火大会は、それでお開きとなる。
来年は、果たしてどうなるだろうか。大会自体は例年通りであればまたこの時期に開催されるだろうが、俺たちのほうがどうなっているかわからない。
やや間を置いて、いよいよ100発分の花火が激しい音とともに、夜空を色とりどりの光で明るく染め上げる。
「海、また来ような」
「……うん。もちろん、ここにいる皆とね」
「だな」
二人きりでいい雰囲気になるのも捨てがたいけれど、こうして皆と揃っていられる時間も残り少ない。
俺と海、天海さん、望、そして新田さん。海との友達付き合いがきっかけとなって繋がった5人。
高校生活は残り1年と半分……海との思い出ももちろんだが、もちろん皆との思い出もしっかりと残していければと思う。
最後の1発、今まで打ちあがったどれよりも巨大で綺麗な花火が一瞬の輝きを放って消えた後、自然と周りから拍手が沸き起こった。
素晴らしかった、また来年も――主催者の人たちに対する拍手の中には、そんな気持ちが含まれているような感覚を覚えた。
「は~、楽しかった。ずっと上ばかり見てたから、ちょっとだけ首が痛いけど」
「ね。私なんか肩こっちゃって。ねえ関、今回だけ特別に触って良いから、私の肩揉んでよ」
「なんで俺が新田の肩をマッサージすんだよ。自分で適当にもみほぐしとけ」
「うわ、冷たっ。じゃあ、仕方ないから委員長でいいや」
「いや、普通にお断りしますけど……」
「私も当然パス。夕、よろしく」
「もう、皆ってば……ニナち、こんな感じでいい?」
「わ、ありがと~。やっぱり私の味方は夕ちんだけだ」
「いや、別にそこまでは思ってないけど……」
「おいっ」
花火が終わって、そこからは俺たちの会話の花が咲く番だった。当日の朝のことから始まり、急遽予定が変更となった昼のことや、俺の迷子の件、そして先程打ちあがったばかりの花火についてなど――誰からともなく自然と話題が出てきて、静かになる雰囲気がない。
新田さんの突然の休日のお誘いから始まって、つい先程の天海さんと望の仲の意外な進展など、体育祭以降の数日で色々と慌ただしい俺たちだけれど、少なくとも今は、そんなことを忘れて和やかな空気に包まれている。
ずっとこんなふうに、みんなと同じ空気で過ごせればいいのに――大会が終わり、徐々に人通りが落ち着いていく帰り道の中で、俺はそんなことをぼんやりと考えていた。
「さて、駅に着いたから、ここら辺で現地解散ってことにしようか。零次君が寝ちゃったから俺と雫は一足先に帰るけど、真樹、お前たちはどうする?」
「自分のせいですけど、迷子になっちゃったのもあって俺も結構疲れちゃいましたし、このまま真っすぐ帰ろうと思い……あの、海さん、そんなに裾を引っ張られても困るっていうか」
「お前の着替えは預かった。返してほしければ、このまま私と一緒にウチについてこい」
「なんか人質にとられたな。いや、着替えはまた明日取りに行くし、浴衣はちゃんと洗って返すので……」
もちろんもう少し海と一緒にいたい気持ちはあるけれど、時間も時間なので、なんとか誘惑を断ち切って、なんとか海のことを説得する方向へ。多分、空さんのことだから、お願いすれば1泊ぐらいはなんとかしてくれそうだが、今日は雫さんと零次君も朝凪家にお世話になるということで、さすがにそこまで迷惑をかけるわけにもいかない。
「……おい、海」
「アニキ……わ、わかってる。でも、家に帰るまでは真樹と一緒だから」
「ったく……ちゃんと真樹のこと家に送ったら、すぐに帰って来いよ。俺はお前が何しようが知ったこっちゃないけど、母さんを困らせるのは後々面倒だからな。真樹も、コイツがわがまま言ってきてもちゃんと断ること。いいな?」
「は、はい」
ということで、8人での行動はここまでで、陸さんたち三人は、一足先に空さんの待つ朝凪家へと戻っていく。俺が迷子になった以外は特に何も起こらなかったけれど、陸さんと雫さんの大人二人がいてくれたことで何の心配もなく花火を楽しめたはずなので、俺たちのお守り役を快く引き受けてくれたことは、とにかく感謝しかない。
「――それじゃあ、私らもそろそろ帰りますか。個人的にはもうちょっと遊びたいテンションだけど……さすがにこの時間から店に行くのはね」
「じゃあニナち、今日は私と一緒にゆっくり帰ろうよ。方向は一緒だし、私も途中参加で、お喋りしたりない気分だったから。……えっと、後、望君はどうする? 途中までだったら、一緒できるよね?」
「……いや、俺は自転車で来ちゃったから、今日は一人で帰るよ。明日は朝早くから練習だし、さっさと帰って寝ることにするよ」
「あ、そっか。ごめんね、私ったらそんなことも知らずに、望君一人じゃ寂しいだろうって変に気使っちゃって……」
「あ~……うん。いや、俺は大丈夫だから、気にしないでくれ」
ついさっき望から天海さんとの仲について聞いてしまったせいで、いつもなら特に気にすることのない二人のやり取りの中にも、なんとなくじれったさのようなものを感じてしまう。
このことはまだ海と新田さんは知る由もないだろうが……二人の目には、今の一連のやり取りは、いったいどう映っただろう。
ともかく、俺たち5人もいったんここで解散だ。俺は海と一緒に自宅へ、天海さんと新田さん、望もそれぞれ帰宅との途につく。
「? 真樹、どうしたの? 私の浴衣姿に見惚れるのはいいけど、いくらなんでも慣れなさすぎじゃない?」
「いや、別にそういうわけじゃ……まあ、いつ見ても綺麗だなとは思うけど」
「ふふっ。じゃあ、来年もこれ、私に着て欲しい?」
「……まあ、うん」
「えっち。けだもの」
「い……いやいや、別にそこまでは」
「え~、だって、自分で今日そう言ったじゃん。言っとくけど、今日の真樹のセリフ、一言一句忘れてあげないからね。後、ついでに私のうなじ何気じっと見てたのも」
「わ、忘れて――」
「あ~げないっ。へへ」
俺の反応が想定通りのものだったのか、海はとても上機嫌だ。
海がどんな格好をしていても俺が海のことを好きなのは変わりないけれど、この浴衣姿も、きっちりと着飾るのにはそれなりに時間も労力もかかるわけで、それならきちんと褒めて、恥ずかしくても自分の気持ちを正直に伝えてあげたいと思う。
何度でも思うし言うが、やっぱり俺の彼女は誰よりも可愛い。天海さんより、新田さんより、その他、数多くいる女の子の誰よりも。
「おーい、そこのバカップル。バカップルやるのはいいけど、そういうのはちゃんと二人きりになってから言え~。私たち、まだ近くにいるぞ~」
「そうだぞ~。海、真樹君、羨ましいぞ~」
「天海さんに同じ。いいよな、お前らは気楽で」
「「…………」」
我に返った俺たちは、こちらに向けてやんやと野次を飛ばす三人にぺこりと頭を下げると、そそくさと駅を後にする。
早足でしばらく歩いて、三人の姿が完全に見えなくなったのを確認してから、俺たちは同時にぷっと噴き出した。
「……相変わらずだな、俺たち」
「へへ。本当、恋人になってからずっと変わらないね。私たち」
「うん。……俺たちはずっと、これからも仲良くしていこうな」
「もちろん。来年も再来年も、その先もずっとね」
お互いの気持ちを今一度確認するように、俺と海は指を絡ませ合いつつ、肩を寄せ合って、同じ歩幅で歩く。
そう。もし、これから先、いつもの5人の関係に何か大きな変化が起こったとしても、一つだけ変わらないものがある。
何があっても、俺は海の味方であり続ける――天海さんたちには申し訳ないけれど、不器用な俺には、結局のところ、それしかできないのだから。
「あのさ、海」
「ん? なに?」
「……なんでもない」
「おいおい、自分から言っておいてそりゃないぜ~。ほら、怒らないから正直に言ってみ?」
「……じゃあ、家に帰ってからってことで」
好きだよ、と改めて言いたかっただけなのだが、ここはまだ道端――二人だけの世界に入るのは、ちゃんと二人きりの空間になった時のお楽しみということで。
恋人らしいこともちゃっかりと済ませつつ、花火大会の夜は、ゆっくりと更けていったのだった。
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