第267話 花火大会の夜 10
天海さんと望。振った振られたの関係でありつつも、俺や海との繋がりもあって、偶然にも友人同士となった二人だが、このタイミングでその関係が一歩進んだものになるかもしれないというのは、俺個人としてはかなりの驚きだった。
改めて言うが、俺が把握している限りだと、天海さんは恋愛に関しては未だピンと来ておらず、気になる異性も『今は特にいない』状態だったはず。海や新田さんからも特にそんな話は聞いていなかったし、天海さんも特におかしい様子は……まあ、それについては俺の方が海の浴衣姿にばかり気を取られていて、単に気づいていなかった説も否定はできないが。
「望、その話って……いつぐらいから?」
「写真を撮ったのはついこの間……体育祭が終わった後すぐの試合の時かな。試合があることは皆にも言ってたけど、その応援に来てくれたんだ。一人で」
「ああ……それでそのツーショット写真ってことね」
体育祭翌日の代休というと、俺は海と二人で自宅でいつものようにまったりと過ごしていたから、その時にこっそりと行ったことになる。試合会場はこの間の夏の県予選1回戦と同じ球場だったから、覚えていれば一人で簡単に行ける。
写真の望の表情からもわかる通り、まさか天海さんが来てくれるとは思わなかっただろう。いつものにこやかなスマイルを浮かべる天海さんの横で、頬を染めた望は『明らかに緊張しています』という顔をしていた。
色々話を聞いてみたいという衝動に駆られるが、親友である海や新田さんにすらこのことはまだ内緒のようだし、こちらからはなんとも言いづらい。
そんな空気を察したのか、望が苦笑する。
「いや、真樹がそんな顔すんのも当然だよな。だって、俺だってまさかこんな展開になるなんて思ってなかったし。体育祭も終わって、さあ、後は来年に向けて力試しを――って思ってたところで『望君、がんばって~』だぜ? 試合は普通に俺一人で投げぬいて勝ったけど、正直、その日の記憶あんまり残ってねえもん」
「そりゃそうだよね……ところで、その話って、俺に話しても良かったの? 二人が仲良くしてるってんならそれはそれで嬉しいことだけど、この話って、まだ望たち二人だけの秘密だよね?」
「いや、別に隠すつもりとかはなかったぜ? 天海さん的には休日の日に友達の部活の応援に行っただけで、告白されたわけでもないし。真樹だって、いちいち休日になにしたかなんて事細かに友達に報告しないだろ?」
「まあ……俺と海の場合、言ったところで『このバカップルが』って呆れられるだけだしね」
俺と海のことはともかく、今まで5人で集まる時以外ではほとんど会うことがなかった天海さんと望が二人だけでいるということは、天海さんの中で何らかの心境の変化があったことは間違いない。
体育祭の件については、もう過ぎたこととはいえ、変な噂話が出回ったこともあったし、天海さんもその件についてはかなり反省していることは知っているが……しかし、それだけで望との個人的な付き合いの機会を増やすというのは、俺個人の考えとしてはあまり筋が通っていないような。
そして、俺の知る限り、天海さんはそんなことをするような女の子でもなくて。
「この写真は本当の仲直りの印に、ってことで天海さんからお願いされたんだ。『自分の気持ちがよくわからないまま、告白を断ってしまってごめんなさい。これからはきちんとした【友達】として、望君とも、海やニナちと同じように仲良くしていきたいです』って。……なあ、これってワンチャン可能性あるよな? 俺のただの自意識過剰じゃないよな?」
「う、うん。まあ、俺もそこらへんはまだよくわからないけど……その割には、あんまり嬉しくなさそうな顔してるけど」
天海さんの中ではただ単に『-《マイナス》』から『ゼロ』になっただけかもだが、それでも大きな進歩であることは間違いない。
だから、この話は本来なら喜ばしい話だ。『ただのクラスメイト』から『友達』へ、そして『友達』から、もっともっと親しい関係へ。望は高校入学当時からずっと天海さんに想いを寄せているわけだから、この件についてはもっと喜んでいいはず。
……にも関わらず、今こうして俺に話を打ち明けてくれた男友達の顔はあまり冴えなくて。
「……で、ここでお前に相談になるんだけど。彼女持ちとして、率直な意見を聞きたいと思って」
「まあ、なんとなくそんな気はしてたけど……でも、天海さんとの関係がちょっととはいえ前進したのは悪いことじゃないよね? この前言った通り、今は焦らずゆっくりやっていけばいいんじゃない?」
「だよな。焦ってまた自爆したら、せっかく長い時間かけてここまできた努力が今度こそ全部ダメになっちゃう可能性もあるし。……でも、もしこのまま付き合えるようになったらどうしようとか、練習中もふとした瞬間に、そのことが浮かんじゃって」
「ああ、なるほど」
俺も男だから、望のその気持ちはとてもよくわかる。想いを寄せている女の子からアプローチを受けると、しばらくその女の子のことが頭から離れず、つい一人で悶々としてしまう。
俺も、海との仲が進展しつつあるときに同じような症状に陥ったことがある。
望も俺と同じく変に真面目なところがあるから、勉強のことや部活との兼ね合いのことなど、まだそこまで始まってすらいないのに、色々と考えてしまっているのだと思う。
恋の病、というやつだろうか。
望がこうして俺に相談してくれるのは嬉しいけれど、俺の場合はただ運が良かっただけなので、望のようなケースの恋愛において、どのようなアドバイスをしていいかわからない。
なので、俺にしてやれることといえば、俺のほかに相談に乗ってくれそうな人を紹介するぐらいなのだが……俺が知っている人で、人生経験があり、なおかつ口も堅くて――そうなると、俺の数少ない知人の中では、たった一人しかいないわけで。
「ねえ望、そういうことなら、俺より最適な人がいるんだけど……」
「? 真樹がそう言うなら俺は別にいいけど、それってまさか――」
俺がその人の名前を望むに伝えようとした瞬間、背後からポンと肩を叩かれて。
「――おーい、委員長に関。今戻ったけど、特に変わりなかった? ……なにあんたら、そんなびっくりした顔して。なんかやましい話でもしてた?」
「いや、別に。なあ真樹?」
「うん。まあ、男同士の話ってところ」
「なにそれ、キモ。別にいいけど、エロ話はほどほどにしときなよ」
まだ相談の途中ではあるけれど、ひとまずこの話はここで中断のようだ。後半分の花火の再開までもうまもなくというところだが、新田さん以下、お手洗いにいった全員がこちらに戻ってくる。
海も、再び当然のように俺の隣に座って、腕を絡ませてきた。
「真樹、久しぶりに関と二人きりみたいだったけど、どんな話してたの? ……新奈はああ言ってたけど」
「いや、別にナニモ、大したハナシはしてない、ですけどね……」
「ふ~ん……まあ、男友達同士、積もる話もそれなりにあるだろうし、しつこく詮索したりはしないけど」
「……申し訳ないです」
天海さんとのことなので、いずれ海にも相談に乗ってもらう時が来るかもしれないが、ひとまず今は望の希望を尊重することに。
天海さんと望の関係が今後どうなるかはわからないけれど、二人にとっていい落とし所が見つかってくれればと切に願う俺だった。
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