第266話 花火大会の夜 9
会場のアナウンスを合図に、まず最初の花火が空高く打ちあがる。
暗闇の空を大きく照らすような真っ赤な花がぱっと咲くように広がると、やや遅れて、ドンッ、という大きな爆発音が地上にいる俺たちの元に届く。
次いで、周囲の人たちからもその迫力に感嘆の声が上がっている。
「お、おお……」
あまりの爆音と迫力に耳の奥がキーンと響くが、不思議と不快には思わない。
今まで俺の中で花火というと、幼い頃に両親とやった棒花火や線香花火ぐらいのもので、こういった大規模な打ち上げ花火も、せいぜい遠くでやっているのを自宅のベランダから眺めるくらい。
なので、こうやって間近で次々と炸裂する色とりどりの花火に、俺はただただ圧倒されているばかりだ。
そうしていると、次の花火が上がるまでのほんのわずかな間に海がつんつんと頬をつついてくる。
「こーらっ、真樹ってば、口が半開きだよ? 確かに花火はすごい迫力だけど、だらしないからちゃんと閉じておかなきゃ」
「え? ご、ごめん。こんな近くでこんな大きな花火なんて見たことなかったから、つい」
「ふふっ、でも、それだけ真樹が楽しんでるってことだから、今回は許してあげる。真樹が迷子になった時は『やっぱり予定変更なんてするんじゃなかった』って後悔しちゃったりもしたけど」
「そっか。でも、結局は大事にはならなかったし、こうして皆揃って楽しめてるんだから、俺はそれでいいと思うよ。……ほら、次の花火、上がるよ」
「……うん」
もう一度きゅっと手を握りなおして、俺と海はお互いの顔から夜空へと視線を再び移した。
事前のアナウンスによると、今回の花火は7千発ほど打ちあがる予定とのことで、最初の一発以降も、様々な趣向を凝らした花火が、色とりどりの火花を照らして、眩しいほどの光で俺たちを照らしている。
皆、食事を忘れて、ただただ首を上げて魅入られている。陸さん、雫さん、零次くん、天海さん、新田さん、そして望も。
花火が打ちあがる頃にはすでに人と人との間隔はあってないようなほどの混雑模様を見せているが、俺も含めて、そんなことはどうでもいいとばかりに、ただ歓声を上げながら、連続で炸裂する花火を楽しんでいるように見えた。
見上げすぎて首を痛めることないよう、時々ストレッチや体操を間に挟んで、まず前半の4千発が打ちあがる。次の仕掛けの準備のため20分程度の小休止を挟み、それから残りの3千発を一気に打ち上げるとのアナウンス。
「……おかあさん、ぼく、おしっこ」
「あら。りっくん、会場内のトイレってどこにあったっけ?」
「確か西と東の入口と、後は他にもいくつか……ここからちょっとだけ離れてるみたいだから、俺もついていくよ。ちなみに、他の皆は大丈夫か?」
「うっす。俺たちはここにいるんで、お兄さんは零次君のこと連れてってあげてください。真樹、一応訊いておくけど、我慢とかしてないよな?」
「委員長、平気? 途中でやっぱり行きたいってなっても、私たちはついていけないよ?」
「なんで俺だけに聞いてくるのかわからないけど……出発前にちゃんと済ませてきてるから、まだ全然平気」
この流れで海と天海さんにも大丈夫か確認しようと思ったものの、用を足す足さないの話を女の子に振るのもデリカシーがないなと思い、踏みとどまる。
少し前だと口を滑らせて女性陣から注意されそうなものだが……俺も多少は空気が読めるようになってきただろうか。
「……ごめん、私はちょっとだけ行きたいかも。ロッキーのことが心配だったのと、家に戻ってからも慌てて準備しちゃったから、忘れちゃってて」
「夕ちんが行くなら、私も行こうかな。花火が終わった後が一番混むだろうから、そうなると家帰るまで……ってのは勘弁だし。ウミはどうする?」
「私は……その、」
海が俺のことをちらりと見て、こっそりと浴衣の裾をくいくいと引っ張ってくる。トイレのほうは俺と同様来る前にしっかり済ませてきたはずだが、俺が余計なポカをやらかしたせいで余計な心配をかけさせた影響か、近くなってしまったらしい。
俺がトイレに行くときに海がついてくるのはいいが、その逆はさすがにやり過ぎかもしれない。お互いの自宅ならまだ他人の目がない分許される(かもしれない)が、今は公共の場なのだ。
「俺はここで望といるから、海も皆と一緒に行ってきなよ。さっき新田さんも言った通り、我慢は良くないと思うし」
「……うん、わかった。じゃあ、私も夕たちと一緒させてもらおうかな。関、真樹のことくれぐれもよろしくね」
「おう、まかせとけ。今度はどこにも行かせないようしっかり見張っておくからよ」
「今日の俺、すっかりお子様だな……まあ、いいけど」
ということで、俺と望の男二人を残して、他の皆はここからもっとも近い仮設トイレへと向かって行く。
賑やかな女性陣がいなくなって場がいっきに静かになってしまったものの、このぐらいの沈黙もあったほうが疲れなくていい。たまにこうして望と二人で過ごす時間も、俺は割と好きなほうだったり。……もちろん、ヘンな意味はなく。
「そういえば、俺と真樹、こうして二人だけで話すのも久しぶりだな。1年の時は同じクラスだったから、わりとそういう機会もあったけど」
「別クラスになっちゃったし、望は野球部の練習で忙しいからね。夏の大会は残念だったけど、秋のほうはどう?」
「初戦は勝ったし、今のところは順調だぜ。どこまでいけるかはわからないけど、一応、やるからには全国目指してるからな。春のセンバツも、夏の甲子園も」
望は正式にエースナンバーの1を3年生から受け継ぎ、名実ともに新チームの中心として頑張っているそうだ。俺たち5人の中では俺と同様に女性陣のいじられ役となってくれているが、本来はもっと内外から注目を集めていい選手なのだ。
海が恋人として側にいてくれるのもそうだが、望がこうして気の置けない男友達としているのも、それはそれで十分恵まれていると思う。友達の人数は少ないけれど、皆、いい人たちばかりだ。
「そっか。じゃあ、望はしばらく部活のほうで頑張らないとね。天海さんとのこともあるけど、まあ、そっちはまたおいおい考えるってことで」
「…………天海さん、か。うん、そうだよな」
「? 望?」
二人きりなら出来る話かと思いつい話題に出してしまったが、天海さんの名前を出した瞬間、それまで明るかったはずの望の顔に、ほんのわずか翳りが見えたような気がする。
今のところ、天海さんと望の間に何か大きな変化はなかったはず。海や新田さんから特に話は聞かないし、先程までの振る舞いからも見ても、天海さんに様子のおかしいところはなかったはず。
「……真樹、こんなところでなんだけど、相談があるんだ」
「それって、もしかしてその、恋愛相談、とか……天海さんとの」
「まあ、うん」
しかし、望が俺に見せてきたスマホの画面に映し出されていたのは、ユニフォーム姿でぎこちない笑顔を浮かべている望と、そして、その隣で穏やかな笑顔を浮かべている天海さん。
まだ気が早いのはわかってるけど、と前置きして、望は続けた。
「真樹……あのさ、俺、もしかしたら天海さんと――」
「え――」
これからの花火なんてどうでもよくなるぐらいの話が、望の口からもたらされた。
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