第265話 花火大会の夜 8


 その後、新田さんに引っ張られるまま10分ほど歩いていると、ようやく見覚えのある場所へと戻ってきた。


 別に迷路のような場所を彷徨っていたわけではないので少し大袈裟かもしれないが、視界の先に見える皆の姿に、俺はようやく胸を撫でおろした。


「! お、ようやく戻ってきたか。おーい、真樹、新田。こっちだこっち」


 俺たちのことを一足先に見つけた望が大きな声で呼びながら手を振ると、同じく俺の捜索から戻ってきていた皆の視線が俺たち二人へと向く。


「真樹っ」


 花火の打ち上げ前になんとか戻ってきた俺のもとに、心配そうな顔を浮かべた海がすぐさま駆け寄ってくる。存在を確かめるように俺の頬や髪を触ってから、ようやく安心したように大きく息を吐いた。


 それと同時に、新田さんが何事もなかったように、握っていた浴衣の袖をぱっと話してくれる。


「ばか。もう、心配したんだから」


「うん。本当、ごめん。次からはもっと気を付けて海のこと見るようにするから」


「……今日はもうずっと私の側にいること。いい?」


「それはその……例えばトイレとかも?」


「近くまで付き添います」


「……はい」


 俺の不注意でこんなことになってしまったとはいえ、海はすっかり過保護モードになって、俺の腕をがっちりとホールドしている。


 これで、今後しばらくの間、何かの機会で外に出かける時はずっとこんな感じになるかもしれない。すでに皆からの生温かい視線が恥ずかしいけれど、今はとにかく海の気持ちを優先なので頬が熱を帯びるの自覚しつつ、ここは甘んじて受け入れることに。


 後、俺が迷子になっている間に後から来る予定の2人も合流していたようで、海の気持ちが一通り落ち着いたのを見計らって俺のもとへ。


「こんばんは、真樹君。初めての花火大会なのに、災難だったね。大丈夫だった?」


「心配かけてごめん、天海さん。天海さんも、花火に間に合ってよかった。……あ、後、こっちはウチのお父さん。多分、はじめましてだったよね?」


「かな。誕生日会の時も、望の応援の時も、結局仕事だったみたいだし……どうも、前原といいます。えっと、その……」


天海隼人あまみはやとです。ウチの娘から話は聞いてるよ。いつも仲良くしてもらっているようで、どうもありがとう。呼び方は……『おじさん』でも、普通に名前呼びでもどちらでも構わないから」


「……では、隼人さんで」


 海や新田さんは『おじさん』らしいけれど、それに便乗するのもなんだか気が引けるので、絵里さんと同じく、隼人さんのほうも名前呼びでいかせてもらうことに。


 こうして実際にお会いするのは初めてだが、写真を見た時に抱いた印象よりもわりと細身で、身長については絵里さんと同じくらい……といっても、絵里さんの身長が170センチ以上あるので、体型的には標準の部類に入るだろうか。


 俺の父親も含め、陸さんや大地さん、望もそうだが、俺の周囲にいる男の人たちはほぼ高身長で体格もいい人たちばかりなので、隼人さんを見ていると、なんとなく親近感を覚える。


 写真の時は七三気味だったが、今はさっぱりとした短髪になっていて、俺の漠然としたイメージになって申し訳ないけれど、まさしく『公務員』といった雰囲気を纏った人だ。


 もちろん、いい意味で。


「それよりお父さん、本当にこのまま帰っちゃうの? せっかく来たんだし、ちょっとぐらい一緒に花火見ていこうよ」


「そうしたいところだけど、家で絵里が夕飯を準備して待ってくれているから。夕、一応確認だけど、帰りは迎えに来なくて本当にいいんだな?」


「あ、うん。せっかくだし、皆とお喋りしながら帰りたいかなって。帰る時はちゃんと連絡するから、お母さんにもそう言っておいて」


「わかった。……皆さん、申し訳ありませんが、しばらくの間娘のことをよろしくお願いします」


 俺たち全員に丁寧に頭を下げた後、隼人さんは足早に会場を後にしていく。天海さんと絵里さん母娘の性格を考えて、隼人さんも似たようなところがあるかもしれないと思ったが……外見や言動の通り、真面目そうな性格がにじみ出ているような気がする。


 天海さんの父親ということで容姿のほうは言うまでもなく整っているけれど、外見は若々しいというほどはなく、年相応に重ねた年月が顔にうっすらと刻まれた皺などにも表れている。


「真樹、どうだった? 初めての隼人おじさんの感想は?」


「どうだろ……写真で見た感じもっと穏やかな印象だったけど、話してみると割とお堅い感じがしてちょっと意外……だったかもしれない。でも、俺たちなんかにもすごく礼儀正しくて、優しい感じは伝わってきた……ってごめん、天海さんがいるのに、こんな好き勝手言っちゃって」


「ううん、気にしないで。ウチのお父さん、家にいる時はもっと優しいし冗談だって言ったりするんだけど、初対面の人が多いとどうしても緊張してあんな感じになっちゃうんだよね。何でもないように見せてるけど、割と人見知りだから」


「そうそう。夕と同じでね」


「む~。私は人見知りちゃんと克服したもん。海のいじわる~」


 とはいえ、隼人さんの第一印象がそれほどだった理由がわかってよかった。初対面だと構えてしまって、どうしてもとっつきにくい話し方や対応になってしまうのは、俺も同じだからとてもよく理解できる。


 俺の父親である前原樹、海の父親である大地さん、そして天海さんの父親である隼人さん――三者とも違うタイプだが、隼人さんはなんだか他人のような気がしない。


 顔はともかく体格や性格は割と共通点があるので、もしかしたら、俺が歳をとったときに、最もイメージしやすい将来の姿かも。


「みんな~! 人数分の席確保できたから、花火見ながら腹ごしらえしましょ~! 夕ちゃんも、遠慮せずこっちにいらっしゃい~!」


「あ、は~いっ! ほら、皆も早く雫さんのところ行こ。今日はロッキーのこともあってお昼もあんまり食べられなかったからお腹ぺこぺこだよ」


「そうだね。真樹、迷子のことはもう忘れて、後はいっぱい楽しもう? 一緒においしいもの食べて飲んで花火見れば、さっきまでのことなんてきっと忘れちゃうから」


「うん。……ありがとう、海」


「ふふ、どういたしまして」


 少し予定はずれてしまったけれど、このまま皆でゆっくりご飯を食べつつ、向こう岸で打ちあがる花火を堪能させてもらうことに。


 雫さんのおかげもあり、運よく確保できたテーブルに海と並んで座って、二人一緒に同じ夜空を見上げる。


 空のほうは雲が多く星のほうはあまり見えなかったけれど、これから打ちあがる花火には関係ない。


 時刻はちょうど夜7時。会場にいる人々は皆、今か今かと最初の大きな一発が打ちあがるのを心待ちにしている。


「……真樹、始まるね」


「……うん」


 座席の下でこっそりと指を絡ませあってこれでもかといちゃつきつつ、俺と海は、二人にとって初めての花火大会を満喫していくことにした。

 

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