第264話 花火大会の夜 7
「委員長、ダメじゃん。約束した通り、ちゃんとお店とお店の間に挟まってちぢこまってなきゃ。せっかく見つけたのにいなかったから、『あんのクソガキ……』って、ちょっとだけ舌打ち出ちゃったし」
「店の人に邪魔だからって言われて……ところで新田さん一人?」
「最初は関のヤツと一緒だったんだけど、図体のデカいアイツと一緒だと人かき分けて進まなきゃだから、それが面倒で結局一人ですいすい抜けてきちゃった。ま、5人の中じゃ、一番人混みの中に慣れっこだしね」
海や天海さんと較べると小柄で細身の新田さんだが、それでもこの混雑の中で俺の元までたどり着くのは大変だったろうと思う。
本人はさりげない素振りをしているものの、髪や服装をささっと直す仕草を見せていることからもそれはわかったり。
「そっか……とりあえずご迷惑をおかけしました」
「本当だよ。ま、この中で迷子になるなら委員長かもなって予想はしてたから、私田的には『やっぱりか』って感じだったけどね。とりあえず、さっさと皆に確保したこと伝えなきゃ」
「だね。海も心配してるだろうし」
「そういうこと」
すぐに新田さんの手によってメッセージが皆へと送られる。
……なぜか両手に荷物をもって立ち尽くす俺の姿の写真を添付して。
『(ニナ) 確保』
『(前原) すいません、無事確保されました』
『(朝凪) よかった』
『(朝凪) 今どこ? すぐにそっちに行くから』
『(関) お、案外早かったな。ちょっと焦ったけど、花火が打ちあがる前に見つかって良かった』
『(ニナ) とりあえずすぐに連れて帰るから、皆は先に元の場所に戻ってて。ウミ、アンタはわざわざこっちに来なくていいから、おにーさんと雫さんたちにこのこと伝えて』
『(朝凪) ……わかった』
『(朝凪) とりあえず、今は新奈に任せとく。真樹、ちゃんと新奈の側から離れないようにね』
『(前原) 了解です』
小さな子供に向けて言われるような言葉だが、実際、幼い子供がやるような迷子だったので、恥ずかしい思いを抑えて、ここはしっかりと従っておく。
「それじゃ、さっさと戻ろっか。……しょうがないから、私がしっかり捕まえておいてあげる」
「……お世話になります」
結局先程並んだ店で飲み物を追加で購入し両手がさらに荷物でふさがったため、手が空いてる新田さんが俺の浴衣の袖を掴む。
無遠慮に袖をがっちりと握ってぐいぐい引っ張る新田さんと、そちらにくっついてとにかく後を追う俺……新田さんとは同級生のはずだが、なんだかこの時だけは出来の悪い弟(俺)とそれを助ける面倒見のよい姉(新田さん)のように感じる。
「……委員長、また一つ私に貸しができちゃったね。少し前のクラスマッチの時もそうだけど、いつになったら耳揃えてきっちり返してくれんの?」
「えっと……さっき買ったタピオカミルクティーあるんだけど、いる?」
「いらない。喉渇いてないし、もう大分流行りも過ぎちゃってるし」
去年の冬のファミレスの一件から新田さんともそれなりに話すようになったものの、彼女には地味にお世話になっていることが多い。
おそらく最初はお互いにあまりいい印象は持っておらず、別クラスになった2年以降はちょっとずつ疎遠になっていくと思っていたから、友達になり、今こうして休日に一緒に歩いているのは、自分でもちょっと驚きである。
今この瞬間もそうだが、ずっとお世話になりっぱなしも気が引けるので、なんとかこちらのほうも彼女の助けになるようなことが出来ればと思ってはいるのだが。
借りを返す……となると、直近で思い浮かぶのはやはり『あの件』。
「……新田さん、その、もちろん借りはちゃんと返すつもりだけど、体育祭の時のアレは、やっぱり無しだからね」
「え~? いいじゃん別に。この前はデートなんて言っちゃったけど、ちょっと二人で遊びに行くだけだし。友達として。それとも、可愛い彼女がいるくせに、ちょっと私のこと意識しちゃってんの?」
「いや、それはないけど」
「そこは言い淀まないのかよ。まあ、変なところだけ妙にはっきりしてんの、委員長らしいっちゃらしいけど」
彼女の真意は相変わらずわからないけれど、どうやら二人で出かける件についてはまだ完全に諦めているわけではないようだ。
俺個人の感覚で言うと、異性をデート(?)に誘うということは、その相手にそれなりの好意があるからだと思っているのだが……そうすると普段新田さんが公言していることと矛盾が生じる。
新田さんのタイプは、身近な人で言うと、生徒会の滝沢君のような男性である。アイドル顔負けの容姿で、運動が出来て、人柄も良くて。はっきり言って、俺とは真逆のタイプ。
だから、彼女があの時『デートしない?』と誘ってきた時、俺は驚いたと同時に、とても戸惑った。
どうして俺なのか。そして、なぜそれをわざわざ海と一緒にいる前で堂々と誘ってきたのか。
新田さんなら、当然俺がそれに素直に首を縦に振ることがないことや、隣にいる海が不満を表すことだって、わかっているはずなのに。
……女の子の考えていることは、やっぱり俺にはまだまだ難しい。
「まあ、その話はまた今度にして、今はとりあえず皆と合流しよ。もうちょっと歩けば、集合場所に戻れるし」
「……うん。できればもうその話はなかったことにして欲しいけど」
「う~ん、私的にはもうちょっと粘りたいかな。なんせ私は諦めの悪いヤツだから」
「じゃあ、滝沢君のことも?」
「それはちょっときついかも……いや、でもまだ諦めてはないかな。ウミとか夕ちんと違って、私は恋多き女でもあるから」
「節操ないな、まったく……まあ、新田さんらしいけど」
そうやって雑談しつつ、俺は改めて新田さんのことを見る。
俺が偉そうに言うのもなんだが、海や天海さんが言うように、新田さんもそれなりに可愛いと思う。ここ数か月友達として付き合ってみてわかったことだが、意外に面倒見も良く、海や天海さんが一目置く理由もわかる。
しかし、それとこれとはやはり別の話だ。彼女の真意が知りたいと思うこともあるけれど、土日祝日の貴重な休日の時間を、海以外の女の子に割くことはしたくない。
誰がなんと言おうと、俺、前原真樹は朝凪海のものだ。余程のことがない限り海のことがなにより優先で、彼女が少しでも嫌な思いをするなら、どんなことでも極力やらないつもりでいる。
もし海が仮に了承したとしても……いや、やきもち焼きな海の性格上そんなことはおそらくないだろうが。
「ほら、そんな話はいいから、さっさと行くよ。いい加減私もお腹すいちゃったし」
「ちょ……そんなに引っ張らなくても、ちゃんとついてくから」
「迷子は大体そう言う」
しかし、今まで俺に対して特別好意のあるような素振りを見せなかった新田さんが、なぜそんなことを言い出したのか。
今訊いたところではぐらかされるような気もするが、果たして新田さんの真意はどこにあるのだろう。
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