第263話 花火大会の夜 6


 この人の多さだから、とにかく迷子だけには気をつけよう気をつけようと神経をとがらせていたのに、まさか、自分がその状況に陥るとは思いもしなかった。


 念のためもう一度だけ周囲を見渡してみるものの、やはり近くに海の姿はない。どうやらぼーっと人の流れに乗っているうち、全然違う方向に行ってしまったようだ。


 普段の俺は方向音痴ではないし、たとえ疲れていても目の前の風景が違っていれば、こうなる前に気づいたりするものだが、元々平均より身長が低いうえ、これだけ多くの人に囲まれていれば、意外と間違いに気付かない。


 急にひとりぼっちとなってしまって心細くはあるものの、そう慌てる必要もない。


 人と人の間隔がどれだけ詰まっていようと、スマホの電波は当然ながら良好だし、家を出る前に充電もしっかりとしてきたので、途中で充電切れを起こして困るなんてこともない。


 ひとまず、ぱっと目についた出店と出店の間にあるわずかなスペースに体を滑りこませてひと息ついた後、俺はすぐさまアプリを起動する。


『(前原) すいません。迷子になりました』

『(朝凪) まき、いまどこ』

『(朝凪) ばか。もう、私が手をつないでとすぐこれなんだから』

『(前原) ごめん。気を付けてたつもりだったんだけど。ついぼーっとして』

『(関) まあまあ、ひとまず落ち着けって朝凪。迷子って言っても、ちょっとはぐれただけだ。スマホも繋がってるし、すぐ見つかるよ』

『(ニナ) で、迷子の前原真樹くん(17歳)は今どこにいるのかな? ちょっとおねーさんたちに教えてくれる?』

『(前原) えっと……』


 いったんスマホの画面から目を離して、何か目印になるものがないかを探してみる。


 まず、もっとも目立つ向こう岸側の野外特設ステージは、自分から見て大分右側の位置にある。後は、俺が現在身を潜めているスペースにいる二つの出店だが、こちらはかき氷やアイスなどの冷たいものを売っているところと、後はアルコールやおつまみなどを販売しているところだ。


 もう少し何か特徴のあるものを探せればいいのだが、時間を追うごとにさらに人が多くなっているのと、ここでふらふらと歩いていたりすると余計に迷ってしまいそうなので、ひとまずここでじっとしておくことに。


『(朝凪) 真樹から見て右手側に特設ステージ……ってことは、やや西側の入口に流れたって感じかな』

『(ニナ) 調べた感じそうみたいだね。店の名前まではさすがにわからないけど、まあ、ちょっと探せば見つかるでしょ』

『(関) 真樹、ひとまずそこで待ってな。皆で手分けして探してやっから』

『(前原) ごめん、余計なことに時間使わせちゃって』

『(前原) ところで皆はもう合流してたり?』

『(朝凪) うん。私は追いかけようとしたんだけど、あっという間に人混みの中に消えちゃったから、ひとまずは皆のところに戻ってからと思って』

『(朝凪) 真樹、後で集合だから』

『(前原) はい』


 この分だと、しばらく海に隣でお説教されそうだが、裏を返せばそれだけ海が俺のことを心配してくれているので、ここは素直に受け入れて反省するしかない。


 ……やっぱり慣れないことはするもんじゃなかったか。


 ひとまず今は皆の迎えを待とうと、その場で誰かの顔が見つけられないかとあたりを見渡してみる。


「……なんか、急に心細くなってきたような」


 皆が俺のことを探し始めてからまだ数分というところだが、こうしてひとりぼっちでいると、やけに時間の流れが遅いような気がする。


 海と恋人になって以来、学校でも家でもほぼ二人で一緒にいたので、この感覚は久しく感じていなかった。海とお喋りをしているだけで、一緒にゲームをしているだけであっという間に過ぎ去っていく時間が、今はその数分が、30分にも1時間にも感じる。


 去年の今頃までは、その感覚が俺にとっての普通だったはずなのに……たった一人の女の子を好きになっただけで、こんなにも変わってしまうとは。


「――あの、すいませ~ん。そこにいられると邪魔なんで、退いてもらってもいいですか?」


「! あ、すいません。すぐ動きますので……」


 孤独を紛らわすために色々と頭の中で考えていると、不機嫌そうな顔をしたお店の人が、大きなダンボールを抱えて俺の横を通り過ぎていく。


 これで安全地帯からの移動も余儀なくされてわけだが、多くの人が行き交うこの場所で、ただぼーっと突っ立っている状態の俺は迷惑だろう。移動したいところだが、このまま適当に人の流れに乗るのはよくないし――。


 このままでは良くないので、とりあえずどちらかの店の最後尾に並んで追加で何かを買ってみようか……そう思っていると、背後から俺の肩をつんつんとつつく人が。


「――はい、見っけ。まったくもう、心配かけさせちゃって」


「あ、ごめん――」


 内心ほっとした気持ちで振り向くと、呆れつつも、ほっとした表情で微笑んでいる女の子の姿が。


「大丈夫、委員長? もしかして、私が一番乗り?」


「新田さん」


 おそらくみんなで近辺をしらみつぶしに探してくれていたのだろうが、俺の前に最初にたどり着いたのは、海ではなく、俺の中ではわりと意外な存在だった。

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