第261話 花火大会の夜 4


 海と二人でやることをしっかりと済ませた後、俺たちは集合場所である最寄り駅の広場へと向かう。


 現在時刻は夕方の17時ちょうど。花火の打ちあがる19時にはまだだいぶ時間はあるが、これから訪れるであろうラッシュの混雑をなるべく避けるための措置だ。同じ理由で、帰りも多少遅めにずらすため、会場近くで遊びつつ時間を潰す予定となっている。


 途中で陸さんたちと合流し、ゆっくり歩いて駅に到着すると、少し前に来ていたのか、望と新田さんが俺たちの姿を見つけて手を振ってくる。


「よっ、真樹、朝凪。時間ちょうどだったな」


「おっす、前原夫妻」


 望はTシャツにジーンズというラフな私服で、新田さんは、言っていた通り、海と同様浴衣を着ている。淡い緑色で、涼し気な雰囲気を感じさせている。


 あと、いつものように軽い冗談はスルーすることに。


「お待たせ二人とも。……後、天海さんはやっぱり遅刻しそうな感じだね」


「うん。さっきも私のほうから夕ちんに電話してみたんだけど、やっぱり遅れそうだから先に行っててほしいってさ。ロッキーのほうは大したことなくて、ひとまず安心だったけど」


 実は出発直前に天海さんから『ごめんなさい。土曜日で動物病院がものすごく混んでて、やっぱり遅れちゃいそう』とメッセージはもらっていたので、天海さんの到着は待たずに、今のメンバーでこのまま電車に乗ることに。


 何気陸さんたちとは初顔合わせの望と新田さんだったものの、二人とも持ち前のコミュニケーション能力の高さで、あっという間に馴染んでみせている。恥ずかしがり屋の零次君は、雫さん、もしくは雫さんがいない場合は俺の後ろに隠れて離れないけれど、それでも聞かれたことにはきちんと答えている。


 ……やはり、俺とは大違いだ。


 電車内は、やはり俺たちと同じことを考えている人たちが多いせいかそこそこ混んでいて、座席のほうはほとんど開いていない。海や新田さんのほかにも浴衣を着ている人たちがいて、あちこちで今日の花火についての話が聞こえてくる。


「どんどん人が多くなってくるな……雫、ここ席一つだけ空いたから、零次君と一緒に座れよ。俺が前に立つから」


「うん、ありがと。零次、ほら、こっちおいで」


「……ぼくはこのまま立ってる」


「あら、一丁前に強がっちゃって。でも、このままだとぎゅうぎゅう詰めになっちゃうから、やっぱり零次はこっとにいらっしゃい。そうじゃないと、お兄ちゃんとお姉ちゃんたちが狭すぎてきつくなっちゃうから」


「零次君、その、お願いできると、お、おじちゃん……的にもとても嬉しいっていうか」


「ぶふっ……! あ、アニキが自分のことおじちゃ……おじちゃんって……」


「っ……海、お前な……」


 陸さんの思わぬ発言に、海が思わず吹き出す。


 年齢的にはまだ20代後半なので、俺的にはまだ陸さんは『お兄さん』だとは思うが、零次君的には、やはり『おじちゃん』になってしまうのだろう。


 俺もなるべくこらえてはいるものの、海につられて思わず吹き出しそうになってしまう。というか、耐えられなくなって、ちょっとだけ出てしまった。


「真樹、お前ならわかってくれると思ってたのに……」


「す、すいません。色々と苦労されてるのは理解してるんですけど、あまりにも唐突だったものですから、つい」


「ってか、ウミのおにーさんって、もう27? 8? でしたっけ? それならもうおじさんでしょうがないんじゃないすか。二十代後半って言えば聞こえはいいですけど、ぶっちゃけアラサーだし」


「新田、お前な……まあでも、確かに俺たちもあと10年でなっちまうんだな。小学生の頃はまだずっとずっと先の話だと思ってたけど」


「そうだよ~? さらに言うと、私が零次この子を産んだのが大学卒業して割とすぐだったから、『大人』になるのはそのもっともっと前だし。10年後なんて言わずにね」


 陸さんと同い年の27歳ですでに結婚・出産・離婚を経験している雫さんが言うと、ものすごく説得力がある。


 俺たちは今、17歳。それぞれ来年の誕生日を迎えて18歳になれば、法律上はもう成人扱いとなる。高校卒業と同時に働き始める人もいるだろうから、そうなればもう完全に一人の大人だ。


 改めて、雫さんと、その膝の上に大人しく座っている零次君を見る。


 あと5、6年もすれば、俺たちも雫さんが零次君を出産した年齢に達するわけだが……ということは、俺と海も、もしかしたらそう早くないうちに、零次君のような子供を持つようになる可能性があるというわけで。


「? どしたの真樹君? 私たちのことじっと見て……あ、ダメだよ真樹君、海ちゃんっていう可愛い彼女がいるのに、こんなおばさんのことばっかり眺めてちゃ」


「いえ、俺は別になにも……ぎっ!?」


「? おにいちゃん、どうしたの」


「え!? ああ、いや、なんでも……」


 一瞬だけ、脇腹にぎゅうっっっ、と強くつねられたような激しい痛みが走ったものの、電車内で大声を出すわけにもいかないので、ここはぐっとこらえる。


 隣で俺の腕に抱き着いている海がじとっとした視線を俺に向けてくる。


「……真樹?」


「ご、誤解だって。確かに雫さんのこと見てぼーっとしてたけど、それは雫さんのことじゃなくて、海のことを考えてたっていうか。その遠くない未来に、海も、こんな感じの人になるのかなって」


「私が……って……」


 海の視線が、俺の顔から雫さんと、それから同じく零次君の方に向き。


 少しあってから、海の頬がかーっと赤く染まっていく。


 と同時に、先程と同じ個所をやはり強くつねられてしまう。


「いだっ……!」


「ま、真樹のばかっ。こんなとこで余計なこと考えないの」


「ご、ごめん。でも、電車で静かにしていると、どうしても色々頭が回って、癖で余計なこと考えちゃうというか」


 根っこのところでは似た者同士の俺たちなので、反応は違えど、だいたい同じことを想像してしまう。


 まだ少しだけ先の話ではあるけれど、俺と海が目指している将来の姿は、きっと変わらない。もちろん、雫さんがたどった道を完全になぞることがをないように頑張るとつもりだが。


「別に悪いとは言わないけど、でも、そういうのはまた今度、二人でいる時にね」


「そうですよね……本当、空気読めなくて申し訳ない」


「まあ、わかってくれれば、私はそれでいいけど。……あと、皆、お願いだから、そんな目で私たちのこと見ないで」


 海が恥ずかしそうに目を伏せて視線を逸らした先には、ニヤニヤとした表情を浮かべる雫さんや、『またやってるよ』とばかりに呆れた様子で俺たちのことを見てため息を吐く新田さん、望、陸さんの三人、そしてつぶらな瞳をぱちくりとさせている零次君の顔があった。


「あらあら、この分だと、もしかしたらこの二人は思った以上に早く『大人』の仲間入りしそうね。ちなみに『しみず』は結婚披露宴の会場としてもお使いいただけますので、その際はどうぞよろしく」


「……俺はもう『しみず』の人間だから、そこらへんはノーコメントで」


「「お前ら電車内ではお静かに」」


「? おにいちゃん、大丈夫」


「あ、うん。ありがとう、零次君は俺の味方でいてくれて」


「??」


 きょとんとした顔で首を傾げる零次君の頭を撫でつつ、俺たちの乗る電車は、順調に花火大会の会場近くの駅へと近づいていた。

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