第260話 花火大会の夜 3
とにかく、新たに陸さんたち3人が今回の輪の中に加わるということで、一応、俺と海のほうですぐに他の皆へと連絡したわけだが、海の大方の予想通り『人数が増える分には問題ない』ということで、快く了解してもらった。
唯一の懸念点として、過去の陸さんの行動に対して苦手意識を持っている天海さんのことがあったけれど、
『(朝凪) ごめんね、夕。せっかくの花火大会に、ウチのバカ兄貴も連れてきちゃって』
『(あまみ) ううん。昔の件については前にちゃんと誤解だってわかったし、陸さんにも謝ってもらったから。もう、全然大丈夫』
という感じで、どうやら陸さんの引越し前に長年のわだかまりは一応だが解消したらしい。
なので、その話については意外にもあっさりと終わったわけだが、今、俺たちのチャットルームの話題をかっさらっていったのは、陸さんや雫さんと一緒に同行することになっている、零次君について。
『(あまみ) あ~ん、なにこの男の子。零次君っていうの? めっちゃ可愛いじゃん!』
『(あまみ) 写真撮られるのが恥ずかしいのかな? ほっぺた赤くして、半分顔隠しちゃって……今すぐにでも海の家にお邪魔したいぐらい!』
『(ニナ) 関、小さい子供にまで嫉妬しちゃってみっともないよ』
『(関) おい新田、お前は何を言ってるんだ?』
『(ニナ) いや、どうせスマホの前で『ぐぬぬ』ってやってるだろうなって思って、なら先に置いておこうかと』
『(関) そんなもの置いてんじゃねえよ……』
『(朝凪) 本当はちゃんとした顔をおさめたかったんだけど、スマホに気づいて隠れられちゃって』
『(ニナ) まあ、人見知りの男の子ならこんなもんでしょ。今はまだぎこちないけど、しばらくしたら慣れてくるだろうし』
『(朝凪) そうかな? 二人でいる時によく写真撮ったりするんだけど、なかなか自然な表情が取れないんだよね? 皆といる時はわりと平気みたいなんだけど』
『(関) それは俺も同意だな。前と較べたら随分と見違えてるし、もうちょっと自信もって背筋伸ばして胸張ってもいいんだけどな』
『(あまみ) ?? どういうこと』
『(あまみ) あ、ごめん。そういうことか』
『(あまみ) うん。それについては私もそう思うかも!』
『(前原) 皆いったい何の話をしてるんですかね? もしかして、零次君と一緒に写ってる俺のことを雑にいじったりしてません?』
恥ずかしがって俺の陰に隠れる零次君の横でぎこちない笑顔を見せる俺のことはともかく、零次君の母親である雫さんも含めて歓迎してくれたのは嬉しい。
これでひとまず何事もなく花火を楽しむことができるだろう――だが、1時間ほど経って、天海さんから新たにメッセージが。
『(あまみ) ごめん、みんな! もしかしたら、集合時間に遅れちゃうかもしれない』
『(朝凪) ん? 夕、どうかしたの?』
『(あまみ) 花火大会の前にロッキーのことお散歩に連れて行ってあげてたんだけど、その時にロッキーってば、大きな蜂にお鼻を刺されちゃったみたいで』
『(あまみ) 本人はいつも通り元気そうなんだけど、鼻のあたりが結構腫れちゃってるの。ほら、これ見て』
メッセージとともに添付されたロッキーの鼻のアップ画像を見ると、刺された場所やその周りの口あたりまで腫れが及んでいる。
今は元気でも、放っておいたら取り返しのつかないことになりかねないので、ここはすぐにでも動物病院に連れて行ったほうがいいだろう。
スマホですぐに最寄りの動物病院を調べてみるものの、一番近いところでも車で30分ほどかかるらしい。獣医さんの診断次第だろうが、確かに、場合によっては遅くなることもありそうだ。
『(朝凪) わかった。ひとまず集合時間はこのままにしておいて、もし遅れるようならまた連絡して』
『(あまみ) うん。遅れちゃう場合は、お父さんの車で直接会場に連れてってもらうから、その時に合流しよ』
『(あまみ) ごめんねみんな。そんなわけだから、もしかしたら迷惑かけちゃうかも』
『(前原) 大丈夫。ロッキーだって天海さんの家族なんだから、そっちのほう最優先してもらって』
『(ニナ) いいってことよ』
『(関) 天海さん、気をつけてな』
集合時間の数時間前になって急に状況が目まぐるしく動くものの、ともかく今は冷静に、一つ一つ対処して、皆で揃って花火を楽しめるよう願うのみだ。
天海さんがロッキーの付き添いで動物病院へと向かった後、残った俺たちでこれからの予定を確認する。ひとまず集合時間までは最寄り駅で天海さんの到着を待ち、もし遅れるようであれば、天海さんとは現地集合という形で、残りの全員で電車に乗ることに。
そうして、慌ただしくしているうち、出発の時間はあっという間にやってきた。
「雫、そろそろ時間だけど、準備は出来たか?」
「うん。ちょうど今終わったところ。ほら海ちゃん、可愛い姿をしっかりりっくんと真樹君に見せてあげなきゃ」
「アニキは正直どうでもいいんですけど、まあ、特別に」
そう言って、開いた襖の隙間から、花火大会仕様の身だしなみを整えた海が俺の前に顔を出した。
……感想はそういつもと変わらない。綺麗で、可愛い、俺だけの彼女。
だが、俺の頭にはそれしか浮かばなかった。
「えと……今回はわりと雫さんとお母さんにお任せにしてみたんだけど、どう、かな?」
「あ~……うん。えっと、」
浴衣の方はあまり煌びやかすぎない淡い色の生地にアジサイや朝顔などの柄があしらわれたもの。肩までの髪は後ろでまとめて、その結び目にアクセントとして、以前の誕生日プレゼントで、俺が海に贈った青い花のアクセサリがつけられている。
髪飾りは、去年彼女が着用していたクリスマスのドレス姿に合わせたものだったが、こうして実際に見てみると、こういった和装でも違和感がないのに気づく。
「さて、ここは若い二人に任せて、私たちのほうは一足先に玄関のほうに行かせてもらいますか。ほら、零次、りっくん、行くよ」
「? ……うん、わかった」
「ああ。……真樹、俺たちはゆっくり行くから、後から追い付いてこい」
「うふふ。じゃあ、お邪魔虫の私も明日の分の買い物に行っちゃおうっと。海、真樹君と一緒に、家の戸締りお願いするわね?」
「なっ……そんな余計な気使わなくてもいいからっ……」
顔を赤くして反論する海から逃げるようにして、俺たち以外の皆がそそくさと朝凪家から出ていく。
あっという間に、二人、リビングに取り残された。
「……まあ、とりあえず先に戸締りやっちゃうか。1階はリビングの窓と勝手口ぐらい?」
「うん。私は2階のほう戸締りしてくるから……でも、その前に、一応、聞いておくね?」
「……うん」
「真樹、今日の私、どう? 可愛い? ドキドキする?」
「はい。可愛いし、綺麗だし……あとは、その、」
今はこの場に俺たち以外はいないけれど、それでも大っぴらに言うのはなんとなく恥ずかしくて、俺は続きの言葉を、ゆっくりと海に耳打ちする。
(色っぽくて、正直、かなりドキドキ……するというか)
「真樹のえっち……えへへ、でも、正直で非常によろしい。真樹の浴衣も、とてもよく似合っているよ。かっこいい」
「それはどうも……へ、へへ」
初めての花火大会もそれなりに楽しみだが、もし仮に中止になったとしても、俺の心はもうほとんど満足してしまった。
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