第259話 花火大会の夜 2


 陸さんとは6月末に朝凪家への帰省にお供した時以来の再会なので、およそ3か月ぶりの再会となるが、その時の陸さんとは、まったく違う様子に見えた。


 まず、以前抱いていた印象よりも、随分と体が大きく感じる。元々の身長自体は変わっていないはずだが、背筋がまっすぐになっているのと、不摂生な生活でやせ細っていた体に筋肉がついて、朝凪家の大黒柱である大地さんと並べてみても、そう遜色ないほどになっているような。


 長かった髪はばっさりと切って、いかにも好青年という感じだ。


「陸さん、なんというかこう……すごく見違えた感じがするんですが」


「ホント。アニキのくせに3ヵ月で変わり過ぎ。正直キモい」


「お前らまでそれを言うのか……まあ、ここ最近になって他の人にも良く言われるようになったけどさ」


 俺と海の驚いた様子に、陸さんは目を逸らして恥ずかしがりつつ頬をぽりぽりとかいている。


 外見はたくましくなったけれど、中身の方までは変わっていない。優しいままの陸さんがそこにいた。


「みぞれお婆ちゃんの家に戻ってから今日まで、ずっと休みなしでお父さんの下で働いてたからね。朝4時過ぎに起きて、夜は遅くまで頑張って――すごく格好いいよ、りっくん?」


「しぃちゃ……いや、雫もいちいち乗っからなくていいから。そう何度もおだてなくても」


「あら、いいじゃない別に。見違えたのは事実だし、何度言ったって。ねえ? 零次もそう思うよね?」


「ん~……うん」


 ちらり、とだけ陸さんのほうを見つつ、零次君はこくりと頷く。


 陸さんが雫さんの実家である『しみず』で働き始めてからまだ日が浅いこともあり、零次君と陸さんの仲がどれほど進展しているかはわからないものの、雫さんや俺の陰に隠れるようなこともなくなったので、少しずつでも順調には進んでいるのだろう。


 部外者のくせして、二人の仲を取り持つよう働きかけるという余計なお節介をしてしまった身としては、ひとまず安心といったところだが。


「って、それよりもどうして陸さんたちがここに? 休みとはいえ、『しみず』から朝凪家ここまで、結構な距離もありますし」


「少し前に、急だけど今日と明日の二日間休みをもらえることになってさ。女将さん……雫のお母さんから初めて許可もらって、で、どこに行こうかって雫や零次君と相談してたんだけど、その時、ちょうど花火大会の話になってな」


「りっくんとは子供の時よく遊んでたけど、花火大会とか、そういうお祭り的な催しには行ってなかったな~って思い出してね。二日休みがあるなら、ちょっとぐらい遠出してもいいじゃない? ってことで。零次も珍しく乗り気だったし」


「……うん。あと、おにいちゃんもいるよって、おかあさんがいったから」


 突然の再会もあって少しばかり混乱していたものの、ようやく頭の中がまとまってきた気がする。


 都合により急にできた二日間の休暇をどう過ごそうかと相談していたところで、ちょうど俺たちと同様に花火大会の話になり、遠出ではあるけれど、朝凪家への帰省も兼ねてついでに行ってしまおうか、という経緯だったそうな。


 ……なるほど。これでようやく海の考えが読めてきた気がする。


「海、もしかして、陸さんのことがあったから……」


「うん。雫さんから『明日そっちに遊びに行くから』って連絡もらったから、『じゃあせっかくだし私たちと一緒にどうですか』って誘ったの。皆にはこれから連絡するつもりだけど、夕も新奈も、人が増える分には特に問題ないって子たちだから。もちろん関もね」


 陸さんと雫さん、もしもの時のために対応してくれる人が一緒に行動してくれればひとまず安心だから、それに異を唱えるような人は、俺たち5人の中にはいない。零次君はいるけれど、それでもきっと天海さんあたりは率先して面倒を見てくれそうだ。


「ねえおにいちゃん、ゲームやろ。このまえのつづき」


「あ、うん。まだ着替え途中だけど、終わったらちょっとだけ遊ぼうか。……陸さんん、部屋にあるゲーム機使わせてもらってもいいですか?」


「ああ、勝手に使っていいって言ったのは俺だしな。……それにしても、零次君は真樹にはものすごく懐いてるんだな……俺も頑張ってはいるつもりだけど、まだ全然だよ」


 携帯ゲーム機を片手に俺の方に寄ってくる零次君を見て、陸さんが微妙に落ち込んでいるが、零次君もきちんと周りのことは見ているし、雫さんが一緒とはいえ花火大会にはついてきているので、いずれは人見知りせず普通に接してくれるようになるはずだ。


 その後、海と空さんによって手早く身だしなみを済ませると、俺の方は陸さんや零次君を交えて時間まで三人でゲームをし、空さんと海は、途中参加の雫さんと一緒に浴衣の着付けへ。


 ――あら、じゃあ、陸とは正式に婚約する方向で話が進んでるのね。


 ――はい。両親が認めてくれるのはまだ少し先の話になりそうですけど、反対はされてないので……えへへ。


 ――いいじゃないですか。ウチの兄貴、あんな感じですけど、雫さんの力で真人間にしてやってくれると嬉しいです。


 ――ふふ、りっくんは今も昔も頑張り屋さんだけどね。ねえ、それより海ちゃんのほうはどうなの? 真樹君とはあれ以来もずっと順調なんでしょう? おばさんの前でこんなこと聞くのもアレだけど、もうしちゃった?


 ――うふふ、そういえばどうなの、海?


 ――え? いや、あの、それはまあ、付き合ってますし、私たちも高校生ですから、まあ、人並みには……ってなんでお母さんまで乗っかってくんの! 私のことより今は雫さんのことでしょっ。雫さん、どうなんですかっ!?


 ――いや、私たちはまだ全然。今は零次のことが最優先で、そういうのはまだ全然後回しだから。海ちゃんは全然違うみたいだけど?


 ――く、しつこいなこの人……。



 一応、襖で仕切られたこちら側には俺たちが残っているわけだが、そんなことを気にもせず海の着替えが行われている(らしい)客間内はとてもさわがし……じゃなく、賑やかである。


 そういえば、もし陸さんがこのまま雫さんと婚約・結婚するとしたら、この後しばらくは息の合った三人のお喋りを隣で聞くことになるのに気づく。


「……真樹、すまんな。ウチの人たちが騒がしくて」


「いえ、もう慣れてますから」


「おかあさん、なんかたのしそう」


 今この場にいる6人とは、とても長い付き合いになりそうだ。


 もちろん、友人関係ではなく、家族的な意味で。

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