第257話 久々の週末おでかけ 4


 途中、何気ない雑談を二人でしつつ道を進んでいくと、ほどなくして開けた場所に出た。どうやらここが本当の意味で山の頂上らしく、視界の先に転落防止用のフェンスが設置されている。


 椅子やベンチなど、休憩スペースなどは特に見当たらないものの、海の話によると、神社の人たちも、ここの場所を立ち入り禁止にまではしていないそうで、ゴミを捨てたり、大きな声で騒いだりなど迷惑行為をしなければ、ある程度は大目に見てくれているらしい。


「真樹、ほら、あっちのほう。今はちょっと暗いけど、夜景もちゃんと見える」


「本当だ。……あと、多分だけど河川敷のほうも。もしかして、明日の下見の目的ってここのことだったり?」


「うん、そういうこと。皆で花火大会に行くってお母さんに話したら、『それならおススメの良い場所があるよ』ってここのこと教えてくれてさ。私が生まれる直前くらいに安産祈願で両親で行ったときに知った場所だって」


 海が指さした先を見ると、遠くのビルや住宅地の明かりが照らす側を大きな川が流れていて、そこがちょうど明日の花火大会の開催地となっている。


 夏に地元で開催される唯一規模の大きなものということで、俺個人としても、明日はかなりの人手の中でもみくちゃにされる覚悟をしていたのだが……距離は少し離れているし、間近で迫力のある花火を体験したい人には物足りないかもしれないものの、ここなら綺麗に花火の全体像も確認できるだろうし、当然、花火目当てでここに来る人もそう多くないだろうから、ストレスを感じることなくいつもの5人で過ごせることだろう。


 先程祭りついでに神社のほうもちらりとのぞかせてもらったが、安産祈願のほか、合格祈願などのお守りなども売られていたので、皆でついでにお参りしていくのもいいだろうし。


「この時間になると、さすがにちょっと肌寒くなってきたね……ねえ真樹、もうちょっとだけ、くっついてもいい?」


「うん。ついでに俺のシャツも羽織ってていいから。今日のは七分袖だけど、無いよりは全然マシだろうし」


「ありがと。……へへ、まさかこんなところで彼シャツやっちゃうとは。あと、あんまり格好良くないけど」


「いいだろ別に。久々のお出かけとはいえ、まさかこんなところに来るとは思わなかったんだから。……イヤだったら、別に返してくれてもいいけど」


「誰も着たくないなんて言ってませ~ん。ふふっ」


 周囲が暗いこともあって表情はよくわからないけれど、声色を聞く限りすこぶる機嫌は良さそうなので、問題ないだろう。


 ……俺は別にいいのだが、あまり襟のあたりをくんくんと嗅がれると、こっちのほうまでむずがゆくなってしまうので、少なくとも明日はやめて欲しいところだ。


「なあ海、良い場所だな。ここ」


「ね。私もここに来たのは初めてだけど、空気も澄んでるし、何より静かだし。明日は私たち以外にもいるだろうけど」


 大勢の人たちと一緒に空を見上げて一面の花火を見届けるのも悪くはないのかもしれないが、俺にはきっとこちらのほうが性に合っている気がする。


 明日はいつもの5人と一緒に行動する予定だが、もし二人きりだったら、どんな空気になることだろう。


 ちょっとだけ想像し……ようと思ったが、よからぬ妄想のほうに発展しそうなので、やめた。


「あ、変なコト想像しようとして今やめたな?」


「そんなことまでわかっちゃうのか……なあ俺の癖って、本当に皆には気付かれてないんだよな? 実は他の人たちにも筒抜けだったとか」


「大丈夫だって。本当に真樹のことよく見てないと、わからないぐらいの違いだから。もし疑ってるんなら、真咲おばさんに聞いてみれば? おばさんなら多分ある程度はわかると思うはずだけど、それが『どっち』かはわからないと思う」


「……『どっち』?」


 どうやら考え事の種類によって、さらに癖が枝分かれしているらしい。


 ……海、いったいどれくらい俺のことをわかっているのだろう。


 今後海に隠し事をするつもりは一切ないと思ってはいるが、仮に何かあってもすぐにばれてしまいそうだ。


 やっぱり、海にはかなわない。


 そこからしばらく二人で寄り添って上空に浮かぶ星空と眼下に広がる夜景の下見を終えた俺たちは、そのまま来た道を戻って、神社の敷地へと戻る。


 30分ほど二人きりでゆっくりといちゃついているうちに敷地中央の炎の勢いは半分ほどに衰えて、祭りの雰囲気も少し落ち着いてきていた。


「ねえ真樹、せっかくだしお参りもしていこっか。今年のお正月、病気してたせいできちんとした初詣はできなかったし」


「じゃあ、せっかくだしお守りも買うか。お金はまだ残ってるから、俺は母さんに、海は空さんに」


「……私たちの分はどうする? 学業? 恋愛? 健康? それとも安産?」


「候補は3つだよな。全部買うのも欲張りな気がするし、悩むな……」


「こらこら。一つ明らかに無視するんじゃない。安産祈願さんがかわいそうだろ」


「わかってるじゃないか」


 ……でも、出来ればいずれはそういう余裕を持てる大人になれればと思う。


 経済的にも。そして、精神的にもだ。


「……じゃあ、ここはとりあえず『健康祈願』を3つ買おうか。勉強でも恋愛でも、やっぱり健康が第一なところはあるし」


「わかった。じゃあ、お参りした後に買って帰ろ」


 俺たちと同じく、祭りついでにお参りをしていく人たちの列に並び、二人にとって、かなり遅めの初詣をすませる。


 お賽銭を入れ、手を合わせる際にちらりと海の横顔を見るが、祭りの空気感も相まってとても綺麗で、思わず見とれてしまう。


 俺の彼女ってやっぱり可愛いな、と何度でも思う。


「? 真樹、どうしたの? もうお願いは終わった?」


「あ……うん。こういうことするのも久しぶりだから、海のこと待ってる間どうすればいいのかなって」


「……『彼女の顔に見とれてた』って正直に言っても別にいいのに」


「……まあ、正直それもあるけど」


「ふふ。真樹は相変わらず可愛いヤツだね、うりうり」


「ほ、頬をぷにぷにするなってば」


 いつまで経っても付き合い始めの頃の癖が抜けないことをからかわれつつ、予定通り健康祈願のお守りを買って、少し早めに神社を後にすることに。


 滞在時間は1時間ほどだったが、それでも久しぶりに、自宅以外の場所でのデートを堪能することができた。


 自宅で何の気兼ねもなく二人で過ごす時間がやはり一番ではあるけれど、たまには涼しい夜風にあたって、手を繋いでゆっくり外の景色を見て回るのも悪くない。


 門限まではまだ少し時間はあるものの、このまま俺の家に戻って遊ぶにしても中途半端になってしまいそうなので、今日のところはこのまま朝凪家まで海のことを送り届けることに。


 ちょうど下り方面行の最終便ということで、バス車内は行きと較べてそれなりに人の数が多い。席はまだ多少空きはあるものの、並んで座ることはできないので、俺がつり革を握り、海が俺の体に身を預ける形となった。


「真樹、急な予定だったけど、どうだった? 楽しかった?」


「うん。あんなふうに誰かと祭りを見て回るのなんて初めてだったけど、良かった……と思う」


 今までは父親の仕事の都合で、都市部ばかりを転々としていたこともあり、幼い頃は俺も母さんも必要以上に外出することはなかったから、本当に新鮮な気持ちで賑やかな空気に触れることができた。


 久しぶりに乗ったバスの匂いや揺れ、祭り会場の暖かな光や、そこで食べた焼きそばやたこ焼きの濃いソースの味。


 そして、隣には俺の大好きな女の子のぬくもりが常にあって――これもまた、俺の記憶に残るとてもいい思い出になってくれるだろう。


 ……ただ一つ、申し訳ないことを考えてしまったことを除いては。


「あのさ、海。その、明日の花火大会のことなんだけど」


「うん」


「……明日は普通に会場の近くで花火を見ないか?」


「え?」


 瞬間、それまで嬉しそうに俺の話に耳を傾けていた海の顔に不安の色が浮かぶ。


 元々明日の下見と称して俺のことをあの場所まで連れ出し、結果として俺も海も悪くない感触だったわけだから、急に俺がそんなことを言えば困惑の一つもしてしまうだろう。


「あ、ごめん。別にあそこの場所がダメとかいうつもりじゃなくて……むしろ俺にとって良すぎたというか。その、出来ればあの場所には二人で行きたいなというか」


「……真樹的には、あそこで皆と見るより、私と二人きりで見たいってこと?」


「うん。まあ、そんな感じ」


 もちろん、あの場所で皆とワイワイ言いながら眺める花火も、それはそれで楽しい時間を過ごせるだろうとは思う。人混みも避けられるし、人が少ない分、余計な面倒事に巻き込まれる可能性も低いので、客観的に考えればそちらのほうがいいことも。


 しかし、あの時、海と二人で夜景を眺めた時に、俺は思ってしまった。


 ここは二人だけの秘密にしておきたい、と。


「皆と約束しちゃったから明日はもう無理だけど、でも、来年とか、その次の年とかも機会はあるわけだから……その時までの楽しみってことで」


「真樹がそう言うなら私はそれでも構わないけど……そうなると明日は結構大変だよ? 電車は多分激込みだし、下手したら皆とはぐれちゃったりとかで、もしかしたら花火どころじゃないかも」


「……そうなんだよな」


 5人でしっかり気を付けておけば問題ないとは思うが、確実に何もないと断言することもできない。地元では大きな行事ではあるので、警備はきちんとしていると思うが、対応しきれない場合も出てくるだろう。


 特に、海や天海さん、新田さんなどは、この前のプールの時のように、誰かから声を掛けられたりする可能性は決して低くない。


 望がいれば問題はないと思うが、もしはぐれてしまうようなことがあれば、それも意味がなくなってしまうわけで。


「……ごめん、やっぱり今の話忘れて」


「いいの? 私もちょっと言い過ぎちゃったけど、大体花火大会なんてそんなもんだから、ちゃんと皆で気を付けておけば平気だと思うよ?」


「そうなんだろうけど、俺もちょっと我儘過ぎたかもって自覚はあったから」


 海との時間が何よりも大切ではあるけれど、だからと言って、他の皆のことを蔑ろにしたいわけではないし、そこまでして秘密にしたいわけでもない。


 だから、やっぱり海が計画している当初予定通りでいいのだ。


「そっか。なら、とりあえず明日の集合場所は今日の下見通りってことで皆に連絡しちゃうけど……本当にそれでいい?」


「うん。ごめん、急に変なこといって困らせちゃって」


「気にしないで。真樹ちゃんが意外に我儘なコだってことは、私が一番よく知ってるわけだし」


「急に子供扱いしてくるじゃん……一応踏みとどまったのに」


「だって、実際そうなんだからしょうがないでしょ。特にこの前なんていつも以上に私の胸に甘え――」


「周りにお客さんいるからその続きはバス降りてからでお願いします」


 最後にちょっとだけ恥ずかしい思いをして、久しぶりに外に出かけた金曜日、週末最初の夜が過ぎようとしていた。


 明日、土曜日の花火大会はいったいどうなるのだろう。


 何事もなく、楽しく終わってくれればいいのだが。

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