第256話 久々の週末おでかけ 3


 海に手を引かれて入口の大きな鳥居をくぐると、暖かで賑やかな雰囲気が俺たちのことを出迎えてくれる。


 出店から漂うお菓子の甘い匂いや、お醤油の焼ける香ばしい匂いなどが早速鼻をくすぐり、その瞬間、きゅる……と俺の側にいる海にだけ聞こえるぐらいの大人しい腹の虫が鳴った。


「ふふ、せっかくだから食べながら行こっか? お金はちゃんと持ってきてるよね?」


「うん。いつもの食事代分だけど」


 自分自身の食事代+海と一緒に遊ぶためのお金。海との関係が母さんバレてからずっとその方式で採用されているが、今日は海が誘ったこともあり、食事代については二人で折半することに。


 俺の方は焼きそばとイカ焼き、海のほうはたこ焼きの入ったパックと飲み物を手に取って、それぞれ少しずつつまみながら、二人でゆっくりと神社までの上り坂を歩いていく。


「規模にしてはこじんまりしてるほうだけど、それにしても、まさかこんなところでお祭りをやってるなんてな」


「ね。私もお母さんから聞いた話だから良くは知らないんだけど、ここの神社、毎年お彼岸前にそういうことをやるらしくて。今日がメインらしいんだけど、一応明日も催し物はあるっぽいから、なら下見も兼ねてちょうどいいかなって」


「そっか。でも、どうしてこの場所なんだ? 花火大会はここじゃやらないはずだけど」


「そんなの知ってるよ。……とりあえず、それはまた頂上に行ってからってことで。あ、それよりもたこ焼き食べる? 残り一個、真樹にあげる」


「あ、うん。それはどうもだけど……」


 二人きりの食事ではわりとお馴染みとなった(なってしまった)『あ~ん』でたこ焼きを食べさせてもらいつつ、なだらかな石段を一段ずつ上がると、登り切ったところで正面に本殿と思しき建物が姿を現す。


 敷地の中央では大きな焚火がされていて、参拝客と思われる人の何人かが、古くなったお守りやそういった類のものを投げて入れている。お焚き上げ、みたいなものだろうか。


 隅に用意されたベンチに腰掛けて、空に向かってゆらゆらと伸びる炎を見ながら、残りの食べ物をしっかりと味わう。


 焼きそばもイカ焼きも、普段食べている食事以上に味が濃いけれど、雰囲気も相まって、なんだか美味しく感じる。


 一人ぼっちの時には絶対思わなかったことだろうが、こういう空気は、結構悪くないかもしれない。


 まあ、海が隣にいてくれさえすれば、大抵何でもそう感じてしまうのだけど。


「そういえば、今年の夏休みは色々忙しくて、結局こういうお祭りみたいなのには行かなかったよな」


「予備校行ったり、体育祭の準備とかもあって忙しかったからね。来年はまた文化祭だから、その時はもう少し時間とれるんだろうけど、でも、その時は勉強で忙しいからね」


 遊び足りなかった気はしないけれど、こうして考えてみると、やはり意外とやり残したことは多いような気がする。特に俺の場合、夏休みと言えば、たまの帰省以外は家からほとんど一歩も出ることなく過ごしていたから、他の皆と較べて、思い出自体が極端に少ない。


 その分だけ、今年の夏は濃密な時間を過ごさせてはもらったけれど。


 そして、特に思い出深いのはやはり、6月末に海の実家への帰省にお供させてもらった時のことだろうか。

 

 周囲に人の目がある状況で当時の光景を思い出すわけにはいかないが……海と初めて心と体が繋がることができて、その後しばらく一人でいると、そのことばかり思い出してにやけていた時期も正直あったり。


「……真樹、今、エッチなこと考えてなかった?」


「い、いやいや、ただちょっとぼんやりと火を眺めてただけだし」


「うそだ~。そんなにふうに誤魔化したって、私にはちゃんと分かってるから無駄なんだから。いつもの癖も出てるし」


「え、マジ?」


「うん。マジマジ」


「……ちなみにだけど、どこに出てる?」


「……んふふ~」


 どうやら癖があるのは本当なようだが、どこに変化が出るかどうかは海だけの秘密らしい。


「教えてくださいお願いします」


「えへへ、やだ」


「ぐ……う、海の意地悪」


「にひひ。あ、でもそんなに心配しなくても大丈夫だよ。癖と言っても、ほんの少し顔に出るぐらいで、真樹の顔をいつも見てる私ぐらいしかわからないぐらいの違いだから」


「わかるのは海一人だけだから、別にこのままでもいいってこと?」


「うん。結構前から癖はわりと頻繁に出てるのを見るけど、それも私と二人きりの時だけだから」


 ということで、今まで隠し通せたと思っていたことも、わりと頻繁に筒抜けだったらしい。


 二人でいるとほぼ毎日そういうことを考えていることや、天海さんや新田さんなど、海以外に仲の良い女の子はあくまで『友人』としてしか見ていないことなど。


 癖があることで自分一筋であることがわかるから、そういうこともあり、海個人の考えとしては矯正しなくてもいいと考えているのかも。


「ま、まあ俺の癖のことはいいとして、今はさっさとやることやっちゃおうぜ。祭りで焼きそばとかたこ焼き食べて出歩くのが目的じゃないわけだし」


「お、そういえばそうだったね。それなりにお腹も膨れたことだし、じゃあ、元の任務に戻ろっか」


 他の参加者たちの手によってさらに大きくなる焚火の炎を横目に、俺たちは神社の建物の裏手へと入っていく。


 それなりに賑やかな祭りの喧噪から離れて、徐々に光の届かない、静かで真っ暗な夜の中へ。


「今は側でお祭りやってるからいいけど、もし何もなかったら滅茶苦茶怖いだろうな、ここ」


「雰囲気あるよね。あ、それなら今度ヒマな時に肝試しでもやってみる? そういうのも、高2の夏を締めくくるにはちょうどいいイベントに――」


「それについては絶対にお断りさせていただく」


 霊感的なものについては一部信じたり信じなかったりする程度だが、ホラー系は映画でもなんでもそれなりに苦手な部類なので、今年の夏は明日の花火大会で締めくくるくらいでちょうどいいと思う。


 これまでの話の流れからすると、おそらくこの場所には明日もくることになりそうだが……どうか明日、花火大会終わりのテンションで肝試しをしようみたいな空気になりませんように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る