第255話 久々の週末おでかけ 2
一旦お互いの自宅に戻り、制服から私服に着替えてから、俺と海は二人一緒に外へと繰り出した。
いつもは二人で遠出するとき、大抵は電車を使って最寄りの繁華街まで行くことがほとんどだが、今回は、バスを使って目的地まで行くらしい。
ウチの高校に通う生徒の中にも電車ではなくバス通学をしている生徒も多くいるからお馴染みではあるけれど、徒歩圏内に学校がある俺や海にとっては、久しぶりのバスだから、なんだかほんの少しだけ緊張してしまう。
「真樹、スマホにICカードのアプリは……ああ、ごめん、今のは聞かなかったことにして」
「……まあ、使う機会もそんなにないし」
ただ、これから過ごしやすい季節なので海とお出かけする機会も増えるはずなので、持っておいても損はないだろう。
ひとまず入口で整理券をとってから、二人でバスに乗り込む。夕方のピークの時間帯ではあるものの、車内は比較的すいており、前でも後ろでも好きな場所に座れそうだ。
「真樹、どこに座る?」
「俺は別に二人で座れるならどこでも……じゃあ、一番後ろで」
「ふふ、真樹ってばお子様だね」
「い、良いだろ別に。ほら、出発するから早く座るぞ」
「はいはい」
最後方にある5人掛けのシートの窓際に座ると、バスがゆっくりと発車して、次のバス停へと向かって行く。
車内にわずかに漂う排気ガスの匂いと、小刻みに揺れる車内――車酔いしやすい体質なので不安ではあるが、あまり長時間は乗らないはずなので問題ないだろう。
「海、どこで降りるかそろそろ教えてくれないか? 一応降りる時のお金も準備しておかないとだし」
「乗車料金なら290円だよ?」
「……あくまで着いてからのお楽しみってことね。まあ、降りる時に言ってくれれば俺は構わないけど」
「うん。とりあえず、今日は全部私に任せてくれていいから」
海がそう言うので今回は全面的にお言葉に甘えさせてもらうことにして、俺の方は窓の外を流れる景色をぼーっと眺め……ようと思ったものの、
「なあ、海」
「ん? なあに?」
「くすぐったいから、あんまり脇腹とか頬とかつついてこないで」
「え~、どうしよっかな~? つんつん」
「言ってる側からやめい」
不定期にやってくる(それも割と頻繁に)海の構って攻撃によって邪魔されてしまう。
今も当然のように手は握っているし、先程バス停で待っている時も十分いちゃつかせてもらっていたが、今日の海はそれでもまだまだ甘え足りないらしい。
俺のことをお子様だと言っておいて、海もまだまだ俺と変わらない。
とはいえ、いつまでもこのまま、というわけにもいかないのだが。
「海、急な話でごめんだけど、この前の進路希望って、もう先生に出した?」
「本当に急だね。まあ、別にいいけど。……一応、進学希望で出したよ。この前の全国模試の結果にあわせて、第三志望の大学ぐらいまでは」
「そっか……早いな」
夏休みが明けたということで、次第に俺たちの主な話題も、次第にそちら方面へとシフトしてくる。特に、来月は保護者を交えての三者面談もあるので、成績優秀な海と俺はともかく、天海さんや新田さん、望といった成績が芳しくない人たちにとっては穏やかではないだろう。
「真樹はまだ出してないんだ? 一応、第一志望は私に決まってるとして」
「なんか語弊のある言い方だなそれ……事実だし、実際そこだけは埋まってるんだけどさ」
第一志望『朝凪海』、と書いているわけではなく、単に海の第一志望の大学を書いているだけなのだが、第二・第三志望や、将来希望している職種などは未だに決まっていない。
進路については母さんとも少しずつではあるが話をしているし、海と同じ大学に行くことについては『第一志望の大学に合格すること』を条件に認めてもらってはいるが、進路指導側の学校としては、現実的な選択肢も入れておいて欲しいところだろう。
「真樹はさ、もし何かの仕事に就いて働かなくちゃいけなくなった時、どんな仕事をやってみたい? 会社に勤めるとか、自営業で色々やってみるとか」
「普通に考えると就職……なるのかな。父さんも母さんも、毎日そうやってお金を稼いで頑張ってるわけだし」
現状、アルバイトすらしたことがないので偉そうなことは何も言えないけれど、父さんや母さんのことを間近で見ていると、月並みな感想すぎて申し訳ないが、生活のためとはいえとても辛いと思う。
父さんは誰もが名前を聞いたことがあるような大きな会社に勤めていて、経済的には何不自由ない生活をさせてもらってはいたけれど、それと引き換えに家族で過ごす時間を犠牲にしてしまったし、俺と二人の生活のために頑張ってくれている母さんも、それは同じことだ。
俺に不自由な思いをさせまいと頑張ってくれた(そして頑張ってくれている)両親には感謝してもしきれないけれど、自分も同じように働きたいか、というと。
「仕事内容とか、お金とかやりがいとか、そういうのも大事だっていうのはわかってるけど……でも、それ以上に大切にしたいものっていうのは、俺にもやっぱりあるっていうか」
「大切にしたいものっていうのは、その、もしかしなくても……」
「まあ、うん。ご想像の通り、ですけど」
そう言って、俺は海の手をきゅっと握りしめる。
これからもしやってみたい仕事などが見つかったとしても、俺の中で『海と毎日幸せにやっていけるかどうか』が前提にあるので、その前提が崩れる限り、それは俺が本当に望んでいることではない。
「ってことは、真樹の話を総合すると、『たまに贅沢は出来るぐらいのお金と、それから残業も出来る限り少ない職場』か……私が思いつく範囲だと、地方の公務員さんの一部とか、超がつくぐらいのホワイト企業? ぐらいしか浮かばないけど」
「大分狭き門、になるよな」
「だねえ。私たちが知ってる範囲だと、
以前天海さんが見せてくれた家族旅行の写真に収まっていた、眼鏡をかけた真面目そうな男の人――天海家の家族仲は、朝凪家と同様にものすごく良好らしいが、一体どんな人なのだろう。
ちょっとだけ、気になる。
「ま、色々あるけど、ともかく今は久しぶりのお外デートを楽しみましょ。せっかくの二人きりの時間を、そんな世間話で無駄にするのなんてもったいないし……ね?」
「それはついては俺も同意しかない」
正解のない話をする機会はこれからいくらでも訪れるだろうから、それなら今は恋人との甘い時間に浸っていたい。
――次は神社前、神社前。お降りの方はお知らせください。
「っと、そうこうしてるうちに今日のデート場所だ。真樹、ここで降りるから、ボタン押して」
「あ、うん」
海に言われるまま降車ボタンを押し、料金を払って、予定していた場所に降り立つ。終点であるバスターミナル駅まではまだ少し遠いが、俺たちが席を立つのに合わせて、同乗していた他の乗客のほとんども、ぞろぞろと出口から降りていって。
「真樹、ほら、あそこ見て」
「! あ、あれってまさか……」
バス停の名前からもわかる通り、俺たちが着いたのはとある神社の入口だが、夜にも関わらず色とりどりの提灯の明かりが浮かんでいて、小高い山の頂上にある建物までの道が明るく照らされていて、その途中途中に、出店なども立ち並んでいて。
「……えっと、とりあえず、今日はお祭りデートってことでいいのかな?」
「うん。明日の花火大会の下見も兼ねて、だけど。ほらっ、皆に後れをとらないように、私たちも急ごうっ」
「あ、うん」
花火大会の会場はこの場所からもう少しだけ離れた場所の河川敷だったはずだが……まあ、ひとまず地元民の海に従っておくことにしよう。
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