第253話 おせっかい
※※
今までの私の交友関係に『親友』というものは存在しなかった。
これまで浅く広くをモットーに人間付き合いをやってきたから、一度か二度遊んだ程度の顔見知りの子や、月に1、2回のペースで会うような友達ぐらいは多くいるけれど、それ以上の関係となるとぐんと数は絞られ、自分の悩みなどを正直に打ち明けられるような関係となると、ほぼゼロになってしまう。
もちろん、それについて後悔したことはなかった。上辺だけの付き合いについて『寂しい』とか『空しい』と陰で言う奴らもいるだろうけれど、その場のノリでワイワイガヤガヤと中身のない話や遊びをするのも、それはそれで気楽なものだ。
情がないわけではないので、友達が困っていれば相談に乗ったり助け舟を出したり(主に恋愛方面)はするが。
それでも深いところまでは決して踏み込まず、また、相手にもこちら側に踏み込んでこないよう予防線を張ったりして、余計な面倒に巻き込まれないよう心掛けていた。
それが、中学時代までの私、新田新奈のやり方で。
それは、これからもずっと変わらないはずだった。
「――ただいまぁ」
準備期間も含め、お盆明けからずっと続いていた体育祭期間がようやく終わり、帰宅した私は安堵のため息を漏らす。残暑厳しい9月の炎天下のグラウンドで学生らしく大騒ぎしたこともあり、体はもうヘトヘトだ。明日明後日と学校は休みだが、この分だと2日間は家から一歩も出ずに寝て過ごすことになるだろう。
高校生活唯一の体育祭はとても楽しかったけれど、その分だけ裏では色々とあったわけで。
「お、お帰り新奈。もうお風呂入れてるから、先に入って汗流しちゃいな。ご飯は……その感じだと食べてきてないみたいだけど、もしかしてハブられちゃった?」
「んなわけ。……今日は皆疲れてたから、打ち上げはまた後日ってことにしたの。ちょうど来週花火大会もあることだし」
「ああ、そういえばそんなお知らせが回覧板に入ってたような……で、新奈、アンタは誰と行くの? あ、もしかしてあの大人しい男の子……えっと、名前は確かいいんちょ……じゃなくて」
「み ん な で 行くんだよ、バカ姉。打ち上げは後日、来週の花火大会でってさっき言ったばっかでしょ。受験生なら行間を読めよ行間を」
「うん、知ってる。だって、冗談だし」
「…………」
受験勉強でストレスが溜まっているのか、最近は特に姉貴にからかわれる。
いつもなら適当にあしらうような話題だが、今回は微妙に図星なので、一瞬言葉に詰まって何も言えなくなった。
……あの場には、私と朝凪、そして前原しかいなかったはずなのだが。
「ん~? 新奈、顔赤いぞ?」
「……うっさいんだよ、バカ。勉強しろ」
私の様子を見てニヤニヤとした顔を浮かべる姉貴から逃げるようにして2階の自室へ戻った私は、Tシャツ短パン姿に着替えてすぐさま浴室へ。
いつもなら着替えを持って下着姿でそのままうろついたりするのだが、今日はなぜだか恥ずかしい。
……それもこれも、全て数時間前のらしくない行動のせいだ。
「――ああもう、何やってんだ、私はよお」
たっぷりのお湯がはられた浴槽に肩まで浸かった私は、ふうと息を吐きながら、そんなことを呟く。
友達を、デートに誘った。
しかも、その友達の彼女がいる前で、堂々と。
もちろん、そうしたのにはちゃんとした理由がある。あるのだけれど、その行動が果たして本当に正解だったかどうかはわからない。
どうすれば、あの3人……いや、あの2人の関係が丸く収まってくれるのか。
幼馴染で、一番の親友同士で。
そして、タイミングに差はあれど、同じ男の子を好きになってしまった二人の女の子。
私はこれから、とんでもないお節介をやらかそうとしている。
あの子はすでに自分なりに答えを出して、頑張って自分の気持ちを押し殺そうとしているのに、私はそれに待ったをかけているのだ。
「ダメだよ、夕ちん。そんなんじゃ……絶対後悔しちゃうよ」
白い湯気の立ちこめる浴室の天井にぼんやりと浮かぶオレンジ色の照明に向かって手を伸ばしつつ、私は、今はここにいない『友達』に向かって呼びかける。
夕ちんのやり方が間違っているとは決して思わない。前原と朝凪はすでに恋人同士で、間に割って入る隙間すらないほどのバカップルだから、自分は身を引いて、後は静かに二人の仲を『親友』として応援する――それが一番波風が立たないやり方であることは私もちゃんと理解している。
でも、それはあくまで『朝凪海』にとって一番都合のいい展開であって、『天海夕』にとってはどうだろうか。
多分だが、夕ちんは、親友の大事な彼氏を奪ってまでどうにかしたいとは思ってない。あの二人のバカップルぶりを外から眺めてからかうのは楽しいし、二人にはずっとこのままゴールインまで行って欲しいと思っている。私も夕ちんも、そこは変わらない。
しかし、それでも天海夕は前原真樹のことを好きになってしまった。
親友の友達という近くも遠くもない間柄から少しずつ関係性を深めていき、いつの間にかその人のことばかりを目で追っているようになって。
最近、朝凪以上に彼女の隣で彼女のことを良く見ている私だから、すぐわかる。
前原と話している時の夕ちんは、まさに恋する乙女のそれで。
だからこそ、その気持ちをもっと大切にして欲しいと思ったのだ。
当たり前の話ではあるけれど、『初恋』は文字通り、一度きりしかないのだから。
あとは……そう、私が付いてあげないと、夕ちんが一人で孤立してしまいそうな気もするし。
「しっかし、校内でも随一の美少女の初恋の相手が、よりにもよってあの委員長とは……朝凪と恋人同士になった時も驚いたけど、まさか夕ちんまで落としちゃうとはねえ」
つい去年あたりまでは顔も名前も覚えていなかった子が、今ではすっかり私を含めた仲良し女子三人組の注目の的である。
脳裏に浮かぶ彼の顔はいつも冴えなくて、お世辞にも格好いいとはいえないけれど、それでも不思議な魅力を持っていることは確かだ。個人的なことを言えば、前原は私の恋愛対象ではないけれど、それでも、夕ちんと朝凪の二人が彼のことを好きになってしまう気持ちは理解できる。
格好だけの優しさでなく、誰かのために深いところまで踏み込んで行動してくれるほどの『おせっかい』。
そんな男の子は、私の知る限り委員長……いや、前原真樹以外では知らなくて。
「知らず知らずの間に、私も影響を受けちゃってたってことなのか……まったく委員長のくせに、生意気なヤツ」
不器用ながら必死に競技に打ち込んでいた委員長の姿を思い浮かべて、私はくすくすと笑いをこぼす。
……多分、朝凪も夕ちんも、こうして彼のことを好きになっていったのだろう。
一日の疲れと汗をゆっくりと洗い流し、肌のケアもばっちりしたところで、私はお風呂から上がって、少し遅めの夕食をとる。
炊飯器に残っていたご飯で作ったおにぎりと、後はカップラーメン。本当ならいつものメンツで集まってファミレスでご飯でも食べるつもりだったのだが……朝凪がへそを曲げたこともあって、来週に持ち越しとなってしまったのだ。
主に私の『おせっかい』のせいで。
「……ねえ、新奈」
「なに、由奈姉? 言っとくけど、花火大会の件はノーコメントだから。あと、委員長じゃなくて、名前は前原ね。前原真樹」
「あ、真樹君。そうそう、そんな名前だったね。でも、私が気になったのはそうじゃなくて、アンタの髪型のほう」
「? 髪って、私は別にいつも通りだけど」
「そうなんだけどさ、アンタ、その青いシュシュ、いい加減捨てたら? 糸もほつれちゃってるし、もう大分ボロボロだよ」
「……ああ、そっちのこと」
姉貴が指さしてきたのは、私が普段使いしている青色のシュシュだった。
高校入学前に、それまで普通にストレートに降ろしていた髪型をなんとなく変えたくて、気まぐれで買ってみた安物で。
……そして、今では私の最も大切なもののうちの一つ。
「いいの、別に。これはこのままで」
「へえ、アンタにしては珍しい。……もしかして、誰かに褒められたとか?」
「まあね。あ、言っとくけど、こっちは男関係ないから。友達に言われただけで」
「そっか。その友達、なかなかセンスあるじゃん」
「……なにそれ。そんなお世辞言われても、何も出ないよ」
「ふふ、別にただの感想だって。姉が妹のこと『かわいい』って思うの、そんなに変なコトじゃないっしょ」
「……まあ、そうだけどさ」
普段はウザくてしょうがない姉だけど、こういう所があるから嫌いになれない。
家では姉貴、学校に行けば夕ちんにウミに委員長……本当、最近の私はマジで『らしく』ない。
まあ、それはそれで楽しかったりもするけれど。
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