第???話 私は『友だち』へ手紙をしたためようとして、やめる
×××
8月5日。私は友達のニナちと二人で買い物へと出かけた。
9月以降に向けての秋物選びや、最近ハマっている漫画を買いに行ったり、色々歩き回ったけれど、一番の目的はプレゼント選びだった。
明日、誕生日を迎える『友だち』――前原真樹君に送るための。
予め決めていたのもあって、私のほうはすんなりと買うことができた。商品自体はあまり人気がないものなのでまだ置いているかどうかだけ心配だったけれど――プレゼント用の袋に入った『それ』を、私は両手で大事に抱えていた。
「……はぁ、まさか久しぶりの男への贈り物の相手があの委員長とはね……なんでこんなことになってんだろ、私たち」
「ふふっ、その割には、ニナちってば随分悩んでたような気がしたけど?」
「……まあ、適当に渡したら渡したで、私のセンスが疑われちゃうからね。それに、一応は、
ニナちが選んだのは、私たちがよく利用している古着屋さんで買ったTシャツだ。在庫処分のバーゲン品で、値段的には高くないけれど、きちんと真樹君のことを考えて、派手すぎず、かといってプレゼントにしては地味過ぎないデザインのものを選んでいた。
口ではぶっきらぼうなことを言っていても、ニナちもニナちでちゃんと彼のことを『友達』として認識しているのだろう。それは、普段の話し方でもわかる。
……なんだかんだで、ちゃんと優しい女の子。私とは大違いだ。
「ねえ夕ちん、ところでさ――それ、」
「? なに?」
「……いや、やっぱりなんでもない」
「え~? そこまで言われちゃったら逆に気になっちゃうな~」
「へへ、ごめんって。本当、大したことないから」
最近、ニナちはたまにこうして私に何かを聞こうとしてやめちゃう時がある。
私のほうからしつこく追及はしないので、いったい彼女が何を訊こうとしているのかはわからない。
けれど、この時の苦笑するニナち顔を見る限り、私にとっては『大したことない』わけではなさそうだ。
「んじゃ、私こっちだから。またね、夕ちん」
「うん、ばいばいニナち。また明日学校で」
いつもの分かれ道に差し掛かったところで、私はニナちと別れて、かすかにオレンジ色にそまった帰り道を歩く。先月まではこの時間でもまだ昼間のように明るかったけれど、赤とんぼが飛んでいる夕暮れの空は、もうすでに秋が近づていることをそっと教えてくれている気がする。
「お盆開けたら体育祭の準備で忙しくなるから、そう考えると、ちゃんとした夏休みはあともうちょっとか……」
皆で勉強して、帰りに少し寄り道して遊んで、休みの日は友達の家でお弁当のおかずづくりをしたり、それが終わったら今度は私の家の庭で、皆と一緒にバーベキューをやったり……しっかりと高校2年の夏休みを満喫していると思う。
長いと思われた夏休みも、気付けば順調に終わりへと近づいている――そう考えると、ほんのちょっぴり寂しい。
「……ふふ、私ってば、なんからしくない。いつもなら、学校が始まったらまた皆に会える――って喜んでたくせに」
最近は一人でいる時間が増えたこともあって、たまにこうしてひっそりと黄昏てしまうことがある。おかげでちょっとだけ頭が良くなったような気がするけれど、これが自分にとっていいものか悪いものかは、今の私にはちょっとよくわからない。
少し前までなら、私の隣にはいつも親友の海がいてくれて、そのおかげで私は何も考えず、ただ日々を楽しく過ごせていた。
優しくて、強くて、勇気があって、いつだって私の手を引っ張ってくれる――そんな、私の憧れの存在。
海は、私がいいなと思っているものを、なんでも持っている。綺麗だし、頭もいいし、どんくさくないし……料理だけは私以上に壊滅的だけど、少しずつ良くなってるみたいだし、努力家だし、友達も多い。
そう、友達。
最初は、紗那絵ちゃんと茉奈佳ちゃん。そして、今は――。
海は、私に対してコンプレックスを抱いているみたいだけど、そんなことはない。
私の方が、多分、ずっとずっと。
「――ウォフッ!」
「ひゃっ……!? な、なんだロッキーか。いきなりだったからびっくりしちゃった」
「クゥ……」
「あはは、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてたから、気付かなかったの。怖がってるとか、そんなんじゃないから」
らしくないことをぐるぐると考えているうち、いつの間にか家に着いていたらしく、ロッキーが私のことを出迎えてくれた。庭のほうにリードを持ったお母さんがいるので、多分、ちょうど夕方の散歩から帰ってきたところなのだろう。
「ただいま、お母さん」
「お帰り、夕。プレゼント、ちゃんと選べた?」
「うん。色々考えたけど、やっぱり『これ』かなって」
「ふ~ん、ちゃんと考えたのね」
「? なに、どうかした」
「ううん。夕が満足なら、お金のことは目をつぶろうかなって」
「なんだ、そんなこと。大丈夫、今回はそんなにかかってないから。それよりお母さん、私、お腹空いちゃった。今日の晩御飯はなに?」
「ビーフシチュー。ロッキーのご飯が終わったら準備するから、それまで少し待ってなさい」
「はーい」
ロッキーのことをひとしきり撫でてから、私はいったん自分の部屋に入る。昼前から遊び歩いていたこともあって、ベッドにダイブした瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた気がする。
「プレゼント……真樹君、喜んでくれるかな」
机に置いたプレゼントの袋を見つつ、私はぼーっとそんなことを考える。
なんだか、少し物足りない気がした。中身に関しては問題ないはずだが、それ以外にもう一つ何かあれば、となんとなく思ったのだ。
今回、真樹君は海と二人きりで誕生日を過ごすので、明日、私やニナち、それに関君は真樹君の家には同席しない。プレゼントは学校で渡すつもりだが、他のクラスメイトの人たちの目もあるし、真樹君にも迷惑だろうから、出来るだけさっと済ませたほうがいいだろう。
しかし、真樹君には、去年の秋以降、私のせいでぎくしゃくしてしまった海との関係を取り持ってくれたり、進級してからも、渚ちゃんとのことや、勉強のことだったりと、感謝してもしきれないことが多くある。
だから、これを機に、今までの感謝をしっかりと伝えたくて。
「! そうだ、手紙っ。それなら、後ででもちゃんと読んでくれるし、プレゼントでそういうの見たことあるし。……うん、決めた」
ご飯でお腹いっぱいになると頭が回らなくなるので、今のうちに何を書くかだけ決めてしまおう――そう考えて、私はプレゼントをいったんベッドの上に移して、引き出しにしまってあった大きめのメモ用紙を手に取った。小さな花柄が端っこにあしらわれた薄い桃色の紙で、このまま綺麗に折りたたんでしまえば、即席のお手紙のできあがりだ。
「えっと……そうだな、最初のほうはまず――」
頭に思い浮かぶまま、私は、さらさらと文章を書き始める。
―――――――――――――――
( 真樹君へ―― )
17歳のお誕生日、おめでとう! 本当なら去年の分もお祝いしなきゃなんだけど、その時はまだ友達じゃなかったので、この手紙で二回分、お祝いさせてもらうね。真樹君、本当におめでとう!! 『!』二個で二回分にしてみました。えへへ。
真樹君、いつもいつも私や海のことを、ニナちや関君のこともだけど、皆のことを気にかけてくれて、ありがとう。真樹君的には、多分海のためを思ってやってくれてるんだろうけど、そのおかげで今の私たちがあるので、すごくすごく感謝しています。
クラス替えがあって最初の頃、真樹君のこと、ちょっととっつきにくい人かもって思ってました。でも、こうしてきちんと友達になって、一緒にお昼を食べたり、たまに皆と一緒に放課後で遊んだり……そうしているうちに、真樹君が、本当はとっても優しくて、相手のために色々考えて行動してくれていることに気づきました。
本当ならもっと早く気付いて、私のほうから助け舟を出すこともできたのに、結局は海に頼ってしまいました。そのことについては、本当にごめんなさい。
っと、お祝いの言葉なはずなのに、こんな話しちゃってごめんね。ということで、改めて元の話に。
真樹君、ありがとう。まだ友達になって1年経ってないはずなのに、なんだかもう何年もずっと仲が良いみたいに感じてるんだ。なんでだろ? 真樹君が海の、親友の彼氏さんだから、私がつい錯覚してるだけかな? きっとそうなんだろうけど、でも、それもちょっと違うような?
ともかく、それもこれも真樹君が優しすぎるのが悪いんだと思いますっ。なんて。
でも、それが真樹君のいいところだよね。他の人たちみたいな、表面的?な優しさじゃなくて、ちゃんと皆の気持ちを考えて、しっかりとぶつかってくれるから、きっと、海も、ニナちも、関君も、私も、こうして真樹君の側にいるんだと思うよ。
真樹君は、よく『みんながいるのは海のおかげであって、俺はただのおまけだよ』なんて言うけど、■は――き■■■■■■■
――――――――――――――
「……いや、ダメだよ、これ。なんてもの書いて……私、」
思うままに書いているうち、ふと我に返った私は、文章の最後を衝動的にぐしゃぐしゃとペンで塗りつぶした。
自分で書いた文章だが、どう考えても書きすぎだと思う。もう少し簡潔なメッセージでいいのに、これではまるっきり手紙だし、それに、この内容は……さすがにちょっと、良くない。
プレゼントの中身は、真樹君だけじゃなく、きっとその場にいる海も見る。そこにこっそり手紙を入れていれば、当然何を書いているのかと確認するだろう。
当然、それは悪いことではない。どう考えても、悪いのは、そんなバカみたいな内容の手紙をしのばせた私だ。
「こんなひどいもの、もし真樹君に見られたら……」
いや、違う。そうじゃない。
ちょっと考えたら、わかる。
もし、こんなものを海に見られたら――。
その瞬間を想像してしまい、私の全身がすっと冷えていくのを感じる。
――夕~? ご飯、用意できたよ~? 冷めないうちに、早く降りていらっしゃいな~。
「っ……う、うんっ! 今、今行く~っ!」
お母さんからの呼び声でなんとか我を取り戻した私は、今しがた書いたばかりの手紙をぐしゃぐしゃにして、他のいらないものと一緒にゴミ箱へ捨てようとするが。
しかし、他のゴミとは違って、握りしめられた手紙は、私の手に吸い付いたように離れてくれなくて。
――ゆ~う~? 早くしないと、涎垂らしたロッキーに食べられちゃうよ~。
「わかったっ。すぐ降りるからっ、ロッキーのことお願いっ」
私は仕方なく、ぐしゃぐしゃにしていたメモ用紙を再び伸ばし、綺麗に折りたたんでから、誰にも見つからないよう、鍵のかかる引き出しの奥に、それを放り込む。
「……メッセージ、また後で新しく書き直さなきゃ」
新しく書き直すのなら、今書いたものは捨ててしまえばいい。そうすれば、誰にも見られることなく、ゴミと一緒に燃えて消えてなくなってしまう。それで、何の問題もない。
……そのはず、なんだけど。
「とりあえず、ご飯食べてから考えよう。うん、そうしよう」
思いのままに書いてしまったことで、改めて自覚してしまった。
間違っているとわかっていても、ビリビリに破いて捨てることもできず、ただ引き出しの奥にそっと隠しておくことしかできない気持ちを、私はこれからどう処理すればいいのだろう。
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