第225話 皆でプール 3


 俺と海のペアが5人からのぞかれた瞬間、新田さんが残された面々の顔をちらりと見る。


 海の隣にいる天海さんを見、そして俺のすぐ後ろにいる望を見て……何かを察したように小さくため息をついた。


「あ~……いやまあ、そこのバカップル二人がペアになるのはわかるけど……関、関かぁ~……後ろから掴まれたくないし、かといって肩に捕まるのも……ねえ、夕ちん?」


「……俺は別に一人で滑っても問題ないから、天海さんと新田の二人でペア組めばいいんじゃね?」


「む、ダメだよそんなの。せっかく皆で一緒に来たんだから、ひとりぼっちだなんて、そんなの認めませんっ。望君だって、皆で滑ったほうが楽しいよね?」


「そりゃまあ、そうなんだけど……でも、そうなると俺のほうも色々マズいというか」


「え? そうなの?」


 天海さんはいまいちピンと来ていないようだが、同じ男として、望の気持ちはなんとなくわかる。


 3人がペアになった場合、おそらく望と新田さんの間に天海さんが入る形になるのだろうが、


(←先頭)【望・天海さん・新田さん】の場合……天海さんが望の背中にしがみつく


(←先頭)【新田さん・天海さん・望】の場合……望が天海さんの腰に手を回して密着する

 

 となるので、好きな人と素肌が密着する状況は、女性に対する免疫があまりない望には刺激が強すぎるかもしれない、というわけだ。


 しがみつかれても『前』がやばいし、逆にしがみついても『前』がやばい……これはあくまで俺の推測だが、多分、間違っていないだろう。


「……ごめん、海。俺、やっぱり望と一緒に滑ることにするよ。そっちのほうが、なんとなく丸く収まりそうだし」


「ん、だね。夕、新奈、やっぱり私たち3人で滑ろ。女3人と男2人。そっちのが、体重的な意味でもバランスよさそうだし」


「そうだけど……でも、海はそれでいいの? 真樹君と一緒じゃなくて」


「うん。これはあくまで1回目で、真樹とは2回目に滑るから」


 ……2回目とは。


 すでに階段を上ってスタート地点までもうすぐというところだが、俺の彼女は、これを後もう1回やるつもりらしい。


「え? じゃないでしょ。別に1回きりじゃないんだし、待ち時間もそんなにかからなそうだから、なら当然滑るとこでしょ」


「いやで――」


「いやじゃない」


「……はい」


 彼女を満足させるため、すでに2回目も滑ることが決定してしまった。とはいえ、これならひとりぼっちはいないし、望が懸念していたことも起こらない。


 ということで、改めて五人の並びを入れ替え、先に海たち女子三人、後ろに俺と望の二人でスタート地点へと続く階段を上っていく。


「……すまん、真樹。正直、助かった」


「俺は構わないけど、望は俺とで本当によかったの?」


「……まあ、本音を言えばちょっと残念だけどさ。こんな機会、これから先滅多にないだろうし」


 お盆休みが明ければ望はまた部活で遊べなくなるし、来年の今ごろはおそらく試験勉強で忙しいので、こういう機会はもう二度と訪れないかもしれない。


 にもかかわらず、俺の隣で、天海さんの後姿を眺めている望の顔は、残念がっているというより、安堵しているように見えた。


「他の奴らなら適当に言い訳並べてちゃっかり天海さんのこと触ろうとするんだろうな……天海さんって、思っている以上に優しいから、常識的な範囲であれば密着しても嫌な顔一つしなさそうだし。新田と違って」


「そこまでわかってるんだったら、ちょっと一緒に滑るぐらい問題ないと思うけど。フラれた直後ならまだしも、天海さん、最近は望のことちゃんと仲の良い友達として見てるみたいだし」


「そうかもな。でも、やっぱり俺的にこういう形でいい思いをするのは『ねえな』って思って……天海さんの優しさにつけこんで鼻の下伸ばしてるみたいでさ」


 友達という建前はあっても、天海さんは誰もが認める魅力的な女の子だから、結果的にそうなって仕方ないと思うのだが。友達であっても、ふとした仕草や言動・行動にドキリとさせられることはあるわけで。


 実際、俺も海とはそんな感じだった。


「望ってさ、わりと損な性格してるよね。格好いいのに」


「お互い様だろ。真樹だって、朝凪がいなきゃ似たようなもんだ」


「性格だけね。本当、海が彼女でいてくれてよかったと思うよ」


 人は内面が一番大事とは言われるけれど、外見だって間違いなく判断基準には入ってくるはずなので、海の許容範囲に入ってくれていたのは幸運だったと思う。


 その後も男二人並んで他愛ないことを話しつつ、ほどなくしてウォータースライダーの入口に辿りついた。職員さんから滑る際の注意事項をいくつか聞きつつ、OKの合図が出るのを待つ。


「ようやくウチらの番きたね。ところで、誰が先頭行く? 夕ちん? ウミ? それともジャンケン?」


「私はどっちでもいいけど、ここはジャンケンかな。夕もそれでいい?」


「うん。私もそれでいいよ」


 ジャンケンの結果、1回目は先頭が海、ついで新田さん、天海さんの順となった。その様子を遠くから見ているらしい他の客から『真ん中の子、俺と替わってくれないかな』という声が聞こえてきたが、そんなことを言っている間は、そんな機会は絶対に訪れないと思う。心の中で、舌打ちしたい気持ちをぐっとこらえた。


「む、意外と水の流れ速いかも……新奈、放したら危ないから、しっかり腰抱いてくっついてなよ」


「へーい」


 職員さんから合図が出たところで、海と新田さんがコース上に座る。入口にある手すりから手を放したら、そのまま水の流れに乗ってスピードを上げる形だ。


「夕ちんも、ほら早く」


「あ……う、うん。そだね」


「? どしたの夕ちん、もしかしてちょっと怖くなっちゃった?」


「ううん、そんなことはないんだけど……」


 しかし、スタート直前になって、天海さんの顔がどこか浮かないのに気づく。海の話によると、天海さんはこういうアトラクションが大の得意だそうなので、この高さで怖くなってしまったとは考えにくい。


「夕、どっか良くないなら、滑るのやめて下に降りようか?」


「あ、違うの海。滑りたくないわけじゃないんだけど、そうじゃなくて――」


 俺たちのほうへちらりと目をやった後、天海さんが職員さんへ言う。


「すいません。私、やっぱりこっちの二人と一緒に滑ります。それでいいですか?」


「「「「…え?」」」」


 海たちではなく、俺たちと一緒に滑りたい――その言葉に、その場にいた4人からほぼ同じ声が出た。


「夕ちん、それマジ?」


「うん。望君がずっと残念そうにしてるから、やっぱりそういうのは嫌かなって」


 俺は望との話に集中していて気付かなかったが、どうやら並んでいる間、天海さんは望の様子を確認していたらしい。


 俺たちのほうに向きなおって、天海さんが言う。


「ねえ望君、せっかく皆で遊びに来たんだから、遠慮せずに一緒に楽しも? 色々気にしてくれてるのはわかるけど、ちょっと触られたぐらいで、私、怒ったりなんかしないから」


「いや、でも……」


「いいのっ。体の大きい望君が先頭で、私は真ん中。で、真樹君が後ろ。皆でぎゅっとくっついて勢いよく飛び出して、一番早いタイムでゴールまで行こっ!」


「ええ……」


 スピード重視はついでだろうし、言い分もわかるが、皆で話して決めたことを直前で覆すのは、天海さんにしては珍しい。


 確かに、この3:2の組で分けてから、ちょっとだけ微妙な空気になっていたが……天海さん的には、そこでいたたまれなくなってしまったのだろうか。

 

「まったくウチのお姫様は……新奈、ここで話しても迷惑になるし、とりあえず二人で先に滑っちゃお」


「へいへい。んじゃ、そっちのタイミングでよろしく」


「ん。夕、下に行ったらお説教だからね。……真樹、ごめんだけど、そこのおバカさんをよろしく」


「うん。俺たちもすぐ行くから」


 目配せし合って頷き合った後、先に海がパイプ内を滑っていく。やはり内部はそこそこ迫力があるようで『うひゃ~……!』という二人どちらかの声が小さく響いてきた。


「じゃ、俺たちも早いとこ二人を追いかけよっか。望、申し訳ないけど先頭よろしく」


「お、おう……天海さんも、とりあえずよろしくってことで」


「うんっ、よろしくね。真樹君も、はい、どうぞ」


「……失礼します」


 望の腰にぎゅっと抱き着いた天海さんのすぐ後ろにすわって、びっくりするぐらい細い腰に手を回す。こういう場合、遠慮したほうが逆に危ないので、きちんと腕に力を入れて密着することに。


 ……あくまで滑ることに集中して、それ以外のことは頭から排除する。


「よしっ、出発進行~! 望君、遠慮はいらないよっ、思いっきり飛び出しちゃって!」


「なんかいいようにのせられてる気が……まあ、やるけどさっ」


「んっ……!」


 普段のトレーニングによって鍛えられた膂力によって打ち出された俺たち三人は、プールの流れも手伝って、前の二人に追い付かんばかりのスピードで流れていく。


「うおおっ!? なにこれっ、やばいっ、速い。しぬっ」


「キャーっ、速いはやーい! あははっ」


 男二人に挟まれつつもいつもの調子に戻った天海さんに内心ほっとしたが……後で海にきちんとフォローというか、謝っておこうと思う。


 俺は別に悪くないはずだが、なんとなくそのほうがいいような気がしていた。

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