第224話 皆とプール 2


 予想はしていたが、プールは当然のごとく多くの人で賑わっており、開場時間と同時に多くの人が涼と楽しみを求めて、施設内へと入っていく。


 ただ、お盆休みということもあってか、俺がイメージしていたよりも家族連れが多く感じる。里帰りで来た子供たちを遊ばせに来たのだろうか、比較的に年配の人と、そのお孫さんと思しき小さな子という組み合わせもちらほらあって、逆に明らかに女の子に声かけすることが目的の、派手な格好をした集団というのは見つからない。


 まあ、そのチャラついた集団というのも、俺の勝手な独断と偏見でしかないのだが。


 俺たち男子二人は、着替えにそんなに時間はかからないので、ぱぱっと服を脱ぎ、水着を着て、海たち三人がやってくるのを待つ。


「しかし、すごい人だかりだね。プールって、こんなに人多いんだ」


「そうか? 俺はここちょくちょく来てるけど、今日はどっちかって言うと大分少ないほうだぞ。お盆休みなのか知らないけど、普段はやってる夜営業とかもないし……ってか真樹よ、お前って、本当にこういうところ初めてなのな」


「うん。海水浴とかは、母さんの実家が海に近いのもあって、小さい頃はたまに行ってたけどね。人混みが好きじゃないのは生まれてからずっと変わらないから、近所にあっても多分行かなかったろうけど。泳ぎも、そんなに得意じゃないし」


「あ~、だからお前、体育の選択授業、水泳じゃなくて剣道だったんだ。このクソ暑いのに珍しいなと思ってたけど」


 納得したように望がぽんと手を叩く。


 まったく泳げないというわけではないので、こういった所謂遊び目的で行くプールなら問題ないのだが、泳ぎ方や飛び込み方を習ったり、またはタイムを測ったりする『スポーツとしての水泳』は苦手なので、ウチの高校が選択授業だったのは、とてもありがたかった。


 中学時代まではほぼ強制で、理由をつけてサボることもできなかったから、飛び込みで腹から落ちて上半身を真っ赤にさせてクラスの人たちからクスクスと笑われたり、泳ぎも遅かったので、班でタイムを計る時に足を引っ張ったりと、正直、あまりいい思い出がない。


 プールに行く話になった時、当然、そのことは海にきちんと伝えたし、おそらく海の口から天海さんや新田さんにも伝わっているはずだが、『泳げなくても問題ないし、よければ教える』ということで、本来の予定通り、こうして遊びにいくことになった。


 なので、これだけ大勢の人を見た時は、一瞬『こんな場所で女の子に泳ぎ方をレクチャーされるのか……』と不安になったものである。


 まあ、これだけ多いと泳ぎを教えられるほどのスペースもなさそうなので、普通に人混みに紛れてプールの流れに漂ったり、もしくはウォータスライダーを滑って、鼻の中に派手に水を入れて身体的に少し辛い思いをするだけで済みそうだが。


 それに、この5人で一緒にいれば、俺が目立つことはほぼないだろうし――。


「えへへ、真樹君、望君、お待たせ~! ごめんね、ちょっと着替えに時間とられちゃって」


 中学時代の忌まわしき記憶を思い出して若干ブルーになっていたところで、天海さんの明るい声とともに女性陣三人が現れた。


 ……もちろん、当然のごとくきちんとした水着を着用して。


「真樹、お待たせ。……これ着るの二度目だけど、どう、かな?」


「……うん。1度目でも2度目でも、海のその水着は変わらず似合ってる……と思うよ」


「じゃあ、可愛い?」


「うん。かわいいし……その、」


「……へへ、そっか。なら、よし」


 俺の言葉に満足したのか、海が嬉しそうに俺の側にくっついてくる。


 今日、海が着ている水着は、先日の旅行の時に川で水遊びをした時のものと同じだが、彼女の久しぶりの水着姿ということもあって、前回と同じようにほんの少し見惚れてしまった。


 完全に贔屓目だが、やはり、俺の彼女は綺麗だし可愛い。前回と違い、今日はサメの小さな飾りのついたアクセサリを手首につけていて、そこもちょっとしたアクセントとなっている。


「あ~、もう。海と真樹君ったら、さっそく始まっちゃってるんだから……ねえねえ、二人とも、私のは? 男の子に見られるのはちょっと恥ずかしいけど、友達だし、一応感想も聞きたいなって、ね、ニナち?」


「え? いやいや、私はいいよ別に……顔の良いイケメンならともかく、委員長と関だし。ってか、ジロジロ見ないでよ、スケベ」


「お前のなんか見るかよ。真樹、ほら、お前からも言ってやれ」


「俺に振られても……」


 隣にいる彼女うみからの無言の圧がなぜだかすごいので、新田さんの希望通りジロジロは見ないものの、天海さんも新田さんも、きちんとそれぞれの体格にあった水着を着用しているし、似合っていると思う。どちらもビキニタイプで、新田さんは濃い紺色の上下に、下はパレオを巻いていて、天海さんは明るい色の生地に何かの柄の模様があしらわれたオーソドックスなもので、外側にフリルがついていて、系統的には海の着用しているものに近い気がする。


「と、とにかく、着替え終わったんだから、さっさとプールに入ろうよ。ほら、ウォータスライダーとか、もう人いっぱい並んでるし」


「あ、逃げたな委員長コイツ。まあ、あんまりしつこくすると隣の鬼嫁が怖いし、感想タイムはこの辺にしとこうか」


「誰が鬼嫁じゃ誰が」


「……あの、海さん。お腹、お腹痛い。つねらないでください」


 否定するなら、今俺の脇腹をつねっている指の力を少し緩めてくれるとありがたい。


 このまま行くと、ここから帰るころにはお腹まわりが真っ赤に腫れあがってしまいそうで心配だ。


 ということで、水着の感想の件はなんとか有耶無耶になってくれたわけだが、彼女たち三人の水着姿が魅力的かどうかは、俺たちの反応はもとより、周りの反応が示している。特に注目を集めるのは、目立つ容姿と圧倒的なスタイルの良さの天海さんだが、彼女が現れてから、俺と望の二人には今も嫉妬の視線が浴びせられ続けている。


 まあ、見られるだけなら俺たちすでに慣れたものなので、触ってきたり、声を掛けてきたりなどの迷惑が無ければ問題ない。


 プールに入る前にしっかりと準備運動をした後、俺たちはまずこの施設の目玉であるウォータースライダーの列へ。一番目立つアトラクションということもあり、オープン直後ながら、すでに15分待ちになっていた。


 コース終点の浅いプールからは次々とお客さんが滑り降り、キャーッという笑い交じりの叫び声と水しぶきがキラキラと散っていた。


 あれだけ見ていると、とても楽しそうではあるのだが。


「うわ高っ……ねえ望、俺たち、これからあんな高いとこを滑ってくの? 死なない? 大丈夫?」


 遠くからだと大したことないように思えても、いざ近くまでみると、スタート地点とゴール地点までの高低差に、ちょっとビビってしまう。


 スライダーは筒状になっており、コース途中で外に投げ出されるような心配はないものの、中で変な体勢になった時などの怪我などが心配である。実際、たまにそう言う事例があるようで、入口前の看板には滑る時の姿勢や注意点などがしっかりと掲示されていた。


「あはは、真樹君ったら大袈裟だよ~。あ、もし怖いんだったら、何人かで一緒に滑ろうよ。一応、三人までだったら一緒でいいみたいだし」


「みたいだね。前の人たちも、ほとんどは二人とか三人で入ってるし」


 『すべりかた』のところに、二人のとき、三人のとき、という形で推奨されている滑り方が図で示されている。


 体育座りのような形で前の人の腰に手を回し、密着して三人で滑っていく――だが、三人一緒に滑ると重量がある分、流れに乗った時のスピードの速さは一人の時とは段違いなので、恐怖感については差し引きゼロな気がする。なんという罠。


「真樹、せっかくだし、私と一緒に滑ろ? 私はこういうの大丈夫なほうだし、後ろから捕まってれば平気でしょ?」


「海がそう言ってくれるんだったら俺はありがたいけど、じゃあ、他のペアは……」


 ウチは5人グループなので、分けるとしたら3人:2人が望ましいのだが、俺と海で1ペアとすると、残りは必然的に他の3人となる。


 望、新田さん、そして天海さん。これが学校における班決め等であればなら何の問題もないが、今、俺たちがいる場所はプールである。やはり、人によっては気にする部分があって。


 ―――――――――――

(※ 本日、書籍版第2巻発売となります。よろしくお願いいたします)

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