第221話 二人きりの誕生日 3
今日の昼食と夕食、そして、あとは誕生日ケーキを買うために、俺と海はいつものスーパーへと向かう。
スーパー内は空調がしっかりと効いているのと、アイスや冷凍食品売り場からの冷気からもあって、ひんやりと寒い。ここに来るまで、海とはずっと手を繋いで歩いていたので暑かったが、今はくっついるぐらいがちょうどいいほどだ。
「真樹、お昼ご飯なんにしよっか? 夕ご飯はだいたい予想つくからいいとして……夏だし、やっぱり素麺とか?」
「それでもいいけど、冷やし中華とかにしようか。素麺、母さんの実家のほうから送ってきたヤツが大量にあるから消化したいところもあるけど、さすがに飽きるし」
「それ。
弁当についても基本は皆で作った常備菜が弁当箱の半分以上を占めていたわけだが、そこはご飯だったり、もう半分を冷凍食品に頼ったりで、飽きが来ないよう自分なりに考えた結果である。
ただ、それについては『自分以外の誰かにも食べてもらう』ので気を遣っただけで、それ以外については割と手抜きである。母さんと家事を分担してから身をもって実感したが、それぐらい、毎日の食事を考えるのは大変なのだ。
相談の結果、お昼は冷やし中華ということで、きゅうりやハムなど、冷蔵庫にストックがないものを買っていく。この手の商品の麺やスープは二人前一袋で売っているものが多いので、二人だときっちり使いきれるのもいい。
一旦買い物かごのものをレジに通した後、俺たちは併設の洋菓子店へ。いつもはスーパーに行っても、ここはそのままスルーすることがほとんどなので、ショーケースに並んだ色とりどりのフルーツで彩られたケーキやその他のスイーツを見るのは、何気に楽しい。
俺も海も、甘いものは好きだ。
「真樹、誕生日用のデコレーション、無料でやってくれるって。ねえ、せっかくだし書いてもらおうよ」
「そういうのって、自分でやってもらうと小恥ずかしい気もするけど……まあ、海が言うなら」
ケーキ代は海が出してくれるというので、余計な口出しは無用だろう。
ケーキの中央にあるホワイトチョコの板に、『まき おたんじょうび おめでとう』と書かれるのを見て、体がむずがゆくなってくる。こんなことをしてもらうのは、思えば、まだ両親の仲が悪くなかった頃、俺が小学校低学年以来かもしれない。
海が会計をしている間、俺は少し離れて待たせてもらうことに。
時折、海とレジ係の人(40代くらいのおばさん)の話声が聞こえてくる。
『もしかして、彼氏くんの誕生日?』
『えへへ、はい。そうなんです。付き合い始めて初めてなので、しっかり祝ってあげたいなって』
『あら、もしかして初彼?』
『あの……えっと、はい』
『あらら~、それじゃあ、もうちょっとだけサービスしてあげなきゃ、ねえ皆、この子……』
……レジ奥から同じくパートの人と思しき皆様が出てきたのか、なんだか俺を見る視線が二人、三人と増えている気が。
俺のことはいいから、とりあえず仕事をして欲しい。
お喋りがもう少し続きそうなので、俺の方はもう少しだけスーパー内をぼーっと見渡すことに。
ウチの高校からも近いこともあって、主婦と思しき人たちのほか、制服やジャージを着ている人たちも多く混じっている。部活の休憩用に麦茶やスポーツドリンクを買ったり、ただ単にこの後誰かの家で遊ぶからその際につまむものを買い込んだり――普段とは少し違うところにも『ああ、夏休みだな』と感じるところがあることに気づく。
「――ん? あれってもしかして……」
なにげなく男子ばかり五人組の制服の集団を見ていると、ふと、その集団の最後尾を歩いている人の顔に目が行く。
目を凝らして見ると、どうやら大山君で間違いないようだ。ということは前の四人は友達ということか。顔を見た感じ、今のクラスメイトではないので、ということは中学時代からの友達か。
『――』
『――』
遠くにいるので、何を話しているのかは当然わからないし、赤の他人の話にそこまで興味もない。
ではなぜ、その集団が気になったかというと。
「――真樹、お待たせっ!」
「っ……うん、お帰り海。ケーキは大丈夫だった?」
「おうよ。さっきレジにいた人が店長さんだったみたいで、彼氏との初誕生日なんですって言ったら、イチゴの数、2倍ぐらいサービスしてもらっちゃった」
「2倍? 2、3個の間違いじゃなくて?」
「うん。ケーキのサイズが小さいから、ほぼイチゴで埋め尽くされちゃった」
店長さんの判断ならとやかく言うつもりはないが、それはさすがにサービスしすぎではないだろうか。悪い気もするので、今度の買い物の際、お礼ついでに何か買っていくことにしよう。
「ところで、さっきまでじっと何見てたの? なんか気になることでもあった?」
「いや、別に。ただウチの高校の人たちが多いなって思って」
「そういえば……まあ、部活の人たちは言わずもがなだけど、応援団に参加する人たちなんかは早速今日から練習するみたいだから、これからは特にそうなるかもね。バッグボード班なんかも、明日から作業開始みたいだし」
「そっか。じゃあ、天海さんなんかは大変になるね」
班のメンバーの協力次第という前提はあるけれど、去年の文化祭のモザイクアートの原案からもわかる通り、彼女ならどの組も圧倒するぐらいの絵を仕上げてくるだろう。
おそらく自然と天海さんが先頭に立つことになるだろうが、モザイクアートとバッグボードだとまた勝手が違ってくるだろうから、助けがあれば、海と一緒に、皆で協力できればと思う。一応、責任者として天海さんと大山君に代表になってもらっているわけだが、協力するのは自由だ。今回は新田さんも同じ組になったので、声もかけやすいだろう。
「とにかく、ケーキも買ったし、早く帰ろ。お腹もすいたし、それに……その、」
そっと俺のほうに体を寄せてきた海が、ほんのりと頬を染めて耳元で囁く。
(……あのね、真樹)
(うん)
(今日、なんだけど……その、お母さんから、お泊りの許可……ちゃんともらってるから)
(それは……)
つまり今日は俺の家で一夜を共にするということだ。
(……そっか。じゃあ、今日はいつもよりずっと長く一緒にいられるな)
俺の言葉に、体をゆっくりと離した海がこくりと小さく頷く。
今日はあくまで俺の誕生日祝いだが、結局のところ、主な目的は『そういうこと』である。
泊りで何をするかは空さんも当然察しているはずなので、これから連絡をするのは非常に気まずいが、一日海のことを家に預かる身としては、きちんとするべきことはしなければならない。
母さんのほうにメッセージだけ入れておいて、俺は海の手を引いて自宅へと戻った。
俺も海も、自宅へと歩くスピードがいつもよりもかなり早かったような気がするが、それはきっと勘違いだろう。
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